第22話 奏黒、初陣

 かつて街だった場所には、建物だったものが散在し、血と臓物に染め上げられていた。

 その中心で、クレスは血塗れのイリスの首を掴み持ち上げていた。


「ふん。手間をかけさせやがって。お前がどれだけ抵抗しようと、俺には勝てない。分かってたことだろ?」


 意識を失い、声の届いていないイリスに、失望したように吐き捨てる。


「本当は国から逃げ出したような弱き者を連れて帰る気もなかったが……」


 彼は何もなくなった周囲を見渡す。


「貴様は、ただ一人で、ラスティア王国全軍以上の実力を持つことを証明した」


 クレスが率いてきた騎士団は、イリスの手によって全滅していた。

 この光景こそが、彼女の実力が誰よりも高いことの証明だった。


「それに、その葬具だけ持ち帰ったところで適合できる者は俺の国にはいない。性能の半分も引き出しきれていない半端者だが、いないよりはマシだ」


「──そんな言い方するなら、イリスはオレが貰っても文句ないよな!!」


 イリスを連れて帰ろうとするクレスの耳に、誰かの叫び声が響き渡る。

 その時、彼が闘いの中で培ってきた直感が、彼女から手を離させ、後ろに後退させる。

 次の瞬間、二人の間を裂くように影の刃が出現し、空を裂いた。

 そして、影の中からクレスの胴体を狙い、黒い拳が付き出された。

 咄嗟に葬具で防ぐが、想定外の威力に、クレスの身体は後方まで吹き飛ばされた。

 クレスの手から離れ、宙を舞うイリスの身体を、影の中から現れた少女が受け止める。


「……誰だ、貴様」


 見たこともない洋装に身を包む少女を、クレスは睨みつけた。

 どう見ても人間種だが、霊魔種のような圧力を感じさせる、正体不明の異様な雰囲気。


「──シオン。お前を倒して、イリスを貰っていく女の名前だ! よく覚えとけ!!」


 シオンは、イリスを優しく地面に横たえた。

 そして、警戒心を露わにするクレスに刃を向け、シオンは堂々と名乗りを上げる。


「そうか。この一撃を凌げたらな……!」


 クレスは、一瞬でシオンの懐に潜り込み、剣を振るっていた。


「……っ!?」


 もちろんシオン1人では、この速度に対応することは不可能だった。

 だが、今の彼女は一人ではない。

 彼女が反応できなくても、カノが反応し、ガードすることが出来る。


「影切(かげきり)!」


 そして、カノがガードをしている最中に、シオンが攻撃を放つことが出来る。

 自分の影を刃に変え、クレスに斬りかかる。

 反応も出来ていないのに間に合う防御。

 それが分かっているかのような、間髪のない攻撃。

 違和感の感じる光景ではあるが、歴戦の彼には関係のない話だった。

 シオンの攻撃を難なく防ぎ、すぐに攻めに転じる。

 一見、隙の無いように見えるが、攻防のバランスが何も釣り合っていない。

 どこからどう見ても素人の戦い方だった。

 つまり、厄介な防御さえ崩せば、簡単に殺せる。

 それがクレスの判断だった。

 実際、彼の判断は正しかった。

 クレスの剣技は、カノが戦ってきた中にはいないほど卓越したものだった。

 このままでは、彼女の防御は間に合わなくなり、二人の命に刃が届くだろう。

 その上、戦闘とは無縁だったシオンに戦いを任せている現状。

 冷静に考えれば、愚かで無謀と言う他ない。


「ちょっと……! もうちょっとちゃんと戦えないの!?」


 しかし、そんな無茶をカノが許すわけがない。

 ただ、彼女の作戦が形になるまでの時間が足りなかっただけだった。

 あのまま影の中にい続けていれば、イリスがどうなっていたか分からない。

 クレスの猛攻をどうにか凌ぎ続けるカノは、あまりにも戦い方が素人すぎるシオンに怒りをぶつける。


「うるさいなぁ! こっちは、つい数日まで、戦闘と無縁な日々を送ってた男子高校生だぞ!?」


「もう、だから無茶だって言ったのに! ブラック・レイン!!」


 クレスが触れている影の防壁から、黒く鋭い刃が雨のように放たれる。


「ちっ!」


 全てを切り落とすことは、不可能と判断したクレス。

 急所は確実に防ぎつつ、可能な限り切り落としながら、少しだけ距離を取ろうとする。


「逃がすかっ!」


 だが、それをシオンたちは許さない。

 このままでは、一方的に、クレスのペースになっていく。

 二人がクレスに勝利するためには、戦いの主導権を常に自分たちが握り続けなければ、勝機はない。

 そして、主導権を握るなら今しかなかった。

 離れようとするクレスの影を、自分たちの影と繋ぎ、自分たちの方へと引き寄せる。

 同時に、シオンは影の雨の中を駆け出し、黒刃で斬りかかり、二人の剣はぶつかる。

 シオンとクレスの視界に火花が散る。

 次の一撃をクレスが放とうとしたその時、彼の背後の影にシオンは既に回り込んでいた。

 心臓目掛けて突き立てられる刃。


「はぁ!?」


 確実に決まったと思った一撃は、クレスの刃に阻まれ、届くことはなかった。

 弾かれる刃と、がら空きになった胴体。

 影の防御速度も、クレスは既に把握しきっていた。

 確実に殺せる。


「死ね」


 シオンの胴体を切り裂くべく放たれた一閃。

 彼の読み通り、カノの影の防御は間に合わない。


「そう簡単に、死ねるか……!!」


 だが、シオンは影を纏った片腕で彼の斬撃を受け止める。

 さらに影は彼の葬具に纏わりついていく。


「こいつ……!」


 その狙いは、クレスの動きを封じること。

 即座に気が付いた彼は、影から逃れようと、後方に大きく飛び退こうとする。


「逃がさないって、言っただろ!!」


 そんな彼の背後から、シオンの声が響く。

 影を介し、クレスの背後に先回りしていた彼女だったが、そんな彼女とクレスの目が合う。


「やることが短絡的すぎるんだよ、素人が」


 何をしようと、どう足掻こうと、シオンが戦闘の素人であることに変わりはない。

 体勢を崩して、背後を取る。

 それで殺すことが出来る相手は、数段格下の雑魚相手だけだ。

 クレスは空中で回転し、そのまま刃を振るう。

 急所だけではなく、四肢も狙い放たれた斬撃。

 体勢の安定しない空中で、的確に狙いを定め斬撃を放つなど、並大抵の剣才では成し得ない。

 故に、彼は『剣聖帝王』と呼ばれるまでに至ったのだ。

 その事実をシオンは知らない。

 だが、あそこまでカノを圧倒していたイリスを、目立った傷もなく圧倒している男の実力を見誤るほど、シオンは愚かではない。


「っ!?」


「下だよ、バーカ!!」


 二回も同じ手が通じる相手ではない。

 次は確実に対応してくる。

 そこまで読んでいたシオンは、クレスの背後に、自分によく似た影の人形を創り出しておいた。

 そして、自分はその下に潜り、斬撃を放った後という決定的な隙を待っていた。

 切り裂かれた影の人形を貫くように、シオンの拳が、クレスの顔面に直撃し、彼の身体は空中に撃ち上げられた。


「八岐影竜(はっきえいりゅう)!」


 成す術なく宙を舞うクレスに致命傷を与えるべく、巨大な八又の影竜で彼を包囲する。

 さらに、彼の実力を考慮し、影の弾丸も放つ。

 致命傷は避けられない確実な一手。

 強者が故の慢心と、素人相手という油断が招いた事態。

 クレスは頬の痛みを噛みしめながら、剣を掲げる。


「──葬具、起動」


 刃はクレスの声に呼応し、白く光り輝く。



「無明穿天(ゼロ・インヴァース)……!」

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