第20話 血と狂気と白光
青空の中に佇んでいたイリスは、軽やかに地に降り立つ。
その様子を睨みつけながら、クレスもゆっくりと立ち上がった。
静寂に支配された時の中、二人の視線はぶつかり、殺意と狂気が充満する。
「クレス様！ 支援いたします！！」
「ちっ……馬鹿どもが」
そして、その沈黙を破ったのは、力量差も分かっていない、クレスの部下たちだった。
二人の殺し合いの場に乱入してくる騎士たちに、クレスは舌打ちをする。
それを合図に、葬具を銃に変化させたイリスが動き出す。
クレスの心臓と頭を狙って放たれた弾丸の嵐。
その弾幕を、クレスは切り刻みながら、騎士団の軍勢の中へと飛び込み、身を潜めた。
「あれぇ？ さっきまでの威勢はどこにいたんですか、クレス兄さぁん！」
姿の見えなくなったクレスをあぶり出すため、雪崩れ込んでくる騎士団たちを撃ち殺していく。
血と臓物と悲鳴が飛び交う光景の中、イリスはワルツを踊るように、軽やかに舞っていた。
「っ！？」
その背後から、静かに刃が付き出される。
突然姿を現した殺気に、イリスは驚き、身を捩じり、ギリギリでクレスの一閃を回避する。
それと同時に、葬具の形態を変化させ、背後を切り付けようとする。
だが、葬具が刃に変わる前に、今度は彼女の右側から、刃が振り下ろされる。
「その葬具、確かに便利だが、形態を切り替えるときにタイムラグがある」
彼の一撃を銃身で受け止めるイリス。
次第に、葬具の形態が変化し、刃へと姿を変えたその時、クレスは再び雑踏の中に姿を隠した。
再び銃で狙い撃とうとするが、その隙を突くように、彼女の心臓を目掛けて鋭い突きが放たれる。
「そのタイムラグを狙われたら、防戦一方になるしかない。俺が昔使ってた葬具の改良版だからな。弱点はよく分かってるぜ」
クレスは彼女の葬具を跳ね上げ、またしても雑踏の中に姿を隠す。
何度も何度も、同じことが繰り返され、徐々にイリスの反応が鈍くなり、小さな傷が増えていく。
「どうした？ 威勢の良いこと言った割には、反応が悪いな。どこか怪我でもしてんのか？」
「余計なお世話……！」
彼の指摘は事実だった。
イリスは霊魔種との戦いで負った傷は、全くと言っていいほど癒えていなかった。
それ故に、彼女の反応は徐々に鈍っていく。
どれだけ狂気に蝕まれていようと、イリスの身体が限界なことに変わりはなかった。
「……！」
不意に、イリスの視界が眩み、身体がよろめく。
その僅かな隙を、彼は決して見逃さなかった。
血を流し倒れゆく騎士。
溢れ出す血ごと、彼女の背中を切り裂いた。
地面に倒れゆくイリス。
だが、血に濡れた銀翼の向こう側で彼女は笑っていた。
「お、かえし……！」
そして、イリスはいつの間にか張り巡らせていた弦を指で弾く。
「くそが！」
放たれた空気の弾丸が、イリスの真横を通り過ぎ、背後にいたクレスの身体を狙い撃つ。
後方に吹き飛ばされる彼を逃すまいと、網目状張り巡らせた弦で、辺り一帯を切り裂く一撃を放つ。
どうにか急停止をし、顔を上げたクレスの目に映ったものは、白銀の槍を手に、こちらに向かってくるイリスの姿だった。
「反理銀翼、白翼槍（ターユゲイター）」
彼女の持つ白銀の槍に、翼の持つすべてのエネルギーが集約されていく。
クレスには、彼女が何を放とうとしているのか、おおよその見当がついていた。
反理銀翼の元となったもう一つの葬具の名を冠した奥義。
葬具の耐久限界まで破壊力を突き詰めた一撃。
「白翼一奏（ヒアデス）！！」
どれほどクレスの剣技が卓越していようと、爆発的な威力を秘めた一撃を剣技だけでどうにかすることは困難であった。
完全に退路を断たれたクレスには、イリスの一撃を打ち破る以外の選択肢が無くなった
仕方ないとため息をつきながら、迫る白銀の槍を睨みながら、小さな声で呟いた。
「──葬具、起動」
その直後、二人の葬具がぶつかり合い、街を白い光が包み込んだのだった。
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