第6話 サツキちゃん

「おーい、林! お父さんが来てるぞ!」

 部活動の最中、顧問の先生から声がかかる。

「え? お父さん? なんで?」

 今はバドミントン部の練習が始まったばかりで、準備運動の真っ最中だ。

「サツキのお父さん?」

 すぐ近くにいた、同じ二年生のカナが首を傾げる。

「おかしいなぁ……お父さん、まだ仕事中の時間だと思うんだけど……とりあえず、ちょっと行ってくる」

 そうカナに言い、部長に事情を告げて私は仕方なく体育館を後にする。

「……誰、この人……」

「え、誰って……林のお父さんだろ?」

 先生の隣に立っていたのは、見知らぬおっさんだった。

 なぜか嬉しそうに笑って私を見ている。しかし、まったく見覚えのないおっさんだ。正直、気味が悪い。

「あぁっ、そんな表情かおしないで、サツキちゃん!」

 途端におっさんは泣きそうになった。

「ちょっと、なんで私の名前知ってるの⁉ ますます気持ち悪い!」

「なんでって、サツキちゃんはオレを助けてくれたじゃないか! 空き地でクソガキ共の玩具おもちゃにされそうだったところをよ!」

「はあ? なに言ってんの……それウチの猫の話じゃん」

「そうだよ、その猫! オレはサバオだよ!」

 おっさんは、自分のブルーのストライプのシャツの胸をバシンと叩いた。

「おい、林……この人、お前のお父さんじゃないのか?」

 先生が怪しむ視線をおっさんに投げかける。

「サツキちゃん、オレがこの姿でいられるのは三十分だけなんだ! オレには、どうしても伝えたい事があって!」

 確かにこのおっさん、顔はイケメンだし体つきはスマートで、身長も高い。つまり、私の好みではある。

 だが、見知らぬ人に名前や愛猫の名前まで知られているとなると、不気味なことこの上ない。

「サツキちゃん、大好きだ!」

「おい、お前……ちょっと来い」

 色白の頬を赤らめて私に告白したおっさんは、にじり寄る先生に今度は青くなった。

「あっ、こら、待て!」

「先生、ちゃんと捕まえて!」

 逃げたおっさんを追う先生に、私はエールを送った。

「サバオがもし人間になったら、もしかしてあんな感じなのかなぁ……ん? なに言ってるんだ、私は……」

「サツキ、話終わった?」

 体育館の出入り口から、心配そうな表情かおをしたカナがひょっこり顔を出す。

「うん、今戻る!」

 あの変なおっさんが逃げて行った先を、私は一度だけ見た。

「なんだか、サバオに会いたくなっちゃったなぁ……」

 呟き、私は足早に体育館に戻ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る