第15話 風邪をひいた時は人恋しくなる

「それじゃあ申し訳ないけど彩音のことよろしくね晴樹君」


「すまないな。家にあるものは好きに使ってくれていいからな」


「お任せあれ」


 申し訳なさそうにしながらも慌ただしく出かけていく彩音の両親を見送る。ここに来る前に買ってきたスポーツドリンクやゼリーが入ったマイバッグを揺らしながら階段を登り、一応ノックしてからドアを開ける。


「起きてるか彩音」


「あー…いらっしゃい…お兄さん…」


 部屋の中には額に冷えピタを貼って顔を赤くした彩音がベッドで寝ていた。


「喉渇いてないか?もしくは何か食うか?ゼリーやプリンを買ってきたが」


「ケーキ…」


「買ってきてねぇよ」


 ケーキは元気になってからだなと言いつつスポドリをコップに注ぐ。体を起こすのを手伝ってやり、その体温の高さに驚きつつもスポドリを飲ませてやる。


「ありがとー…。それじゃあ何して遊ぼっか…?」


「アホか。病人は寝てろ」


 フラフラしてるのに遊ぼうと言う彩音をベッドに寝かせて布団をかけてやる。文句を言っていたがやはり辛いのか抵抗はなかった。


 寒かったかと思えば数日経つと暑くなったりする気候にやられたのか彩音が体調を崩した。幸いと言うべきかただの風邪らしいのだが、彩音の両親は今日は仕事の日だった。


 年度末でかなり忙しい中看病の為に休もうとしたらしいのだが、話を聞いた俺の母親がまだ春休みで暇を持て余している俺に看病させればいいと言い出した。特に予定もないので承諾したのだが、彩音の両親は申し訳ないからと断ろうとした。


 俺の母親の説得と仕事が本当にかなり忙しいのか最終的には俺に看病を任せて仕事に出かけて行った。働くって大変だな。


 そんな訳で適当に買い物してからやってきたのだが…。





「お兄さーん…プリン食べたい…」


「はいはい」


 プリンが食べたいと言うのであーんしてやり。


「お兄さーん…冷えピタ新しいのにしてー…」


「へいへい」


 冷えピタがぬるくなったと言うので新しいのに変えてやり。


「お兄さーん…汗かいて気持ち悪いから背中拭いて…」


「ほいほい」


 汗かいたと言うのでタオルで背中拭いてやってから新しいパジャマに着替えさせ。


「お兄さーん…何か面白いことやって…」


「無茶振りやめろ。それはある意味死刑宣告だ」


 雑な振りを適当に流した。


 人恋しいのか普段よりわがままになってあれこれと注文をつけてくる。


「お兄さーん…」


「今度はなんだ?というかそろそろ寝ろ。寝ないと治らないだろ」


「じゃあお兄さん…子守唄歌って…」


「子守唄なんて知らんぞ」


 今時子守唄なんて歌う人いるの?少なくとま俺は物心ついてから聞いた覚えはない。


「えー…じゃあなんか眠くなる歌か元気になる歌を歌ってよー…」


「無茶振りを…」


 その後も彩音のわがままを叶えたり叶えなかったりしていると玄関の呼び鈴がなった。ドアを開けてみるといつものメンツがいた。


「見舞いにきたぞハル。彩音ちゃんの具合はどうだ?」


「辛そうではあるがわがまま言う元気はあるみたいだぞ」


「風邪をひくと一人じゃ心細くなりますからね。構ってもらいたいのでしょう」


「早く良くなるようにお見舞いを持ってきたのです!元気になるものがいっぱいなのです!」


「何か足りないものとかあったら持ってくるから言ってね。彩音ちゃんに元気になったらまた遊ぼうねって伝えておいて」


 みんなは何人も部屋に押しかけるのは良くないだろうとお見舞いを置いて帰っていった。良い奴らだ。


「吉崎や氷上、小唄ちゃんがお見舞い持ってきてくれたぞ。ついでに夏川。今度会ったらお礼言っとけよ」


 吉崎がわざわざお粥を作ってきてくれた。俺が作ると味気ないお粥になるだろうからありがたい。「風邪を引いたのならスタミナをつけないとだな!」とか言ってスッポンやニンニクを持ってきた夏川は見習え。


 せめて調理してこいよと思いつつ土鍋片手に彩音に話しかける。


「ほれ、吉崎製のお粥だ。食えそうか?」


「食べさせて…」


「はいはい」


 お粥と言えば真っ白な味気ない物を想像するが、吉崎が作ってきたお粥はだしや卵、ネギで味付けがしてあり美味そうだ。


「あーん」


「あーん…」


 レンゲでお粥を掬って食わせる。


「美味しい…」


 食欲があるか分からなかったが、美味しかったからか意外にもお粥の入っていた土鍋は空になった。


「ご馳走様…」


「これだけ食えれば早く良くなりそうだな」


 よく食べてよく寝れば回復も早くなるだろう。という訳で寝ろ。


「えー…」


「えーじゃない。早く良くした方が気兼ねなく遊べるだろ」


「じゃあ寝る…」


「そうしろ。んでさっさと元気になれ」


 そう言って空になった土鍋を持って部屋を出るために立ち上がると服の裾を掴まれた。


「ここにいて…」


「寝るなら一人の方が寝やすくないか?」


「一人じゃ寂しい…」


「……分かった」


 そう言って再び座る。土鍋は後で片付けるか。


「お兄さん…」


「ん?」


「手つないで…」


 彩音が寝ている間は漫画でも読むかと考えていると彩音がベッドから手を出していた。


「……ほら、これでいいか?」 


「うん…ありがと…」


 彩音の小さい手を握ってやると安心したのか目を瞑った。少しすると寝息が聞こえてくる。


「片手じゃ漫画が読みづらいな…」


 そう思うが片手でなんとか漫画を読みながら彩音が起きるまで手を離すことはなかった。

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