27話


 夕方のスーパーは主に主婦層で賑わっていた。品出しを担当している僕は、バックヤードの整理をしていた。

「おっ。久しぶりだね」

 聞き覚えのある声がしたので、振り返るとさくら先輩だった。

「おお。今日、出勤だったんですか」

「そうだよ。バリバリ稼がなきゃ」

 彼女はそういうが、いつものような元気がない。

「なんか元気なさそうですけど、なんかあったっすか?」

 僕は適当に訊ねると、

「いや、最近、体がだるくってさ。幽霊にでも取り憑かれたかな?」

「それなら、みなもに見てもらったらいいじゃないっすか」

「でも、みなものお祓いって結構待たされるんでしょ?」

「人気ですからね」

「じゃあいいや」

 さくらはめんどくさそうに手を振った。彼女もバックヤードの整理を始めた。

「それにしても、今月結構シフト入ってますけど。また海外旅行ですか?」

「そうだよ。来月はイギリス。オアシスを産んだマンチェスターに行くんだよ」

 僕はオアシスと言われてもピンとこない。なんだろう、砂漠にでも行くのだろうか?

 さくらは高校卒業した後の春休みに、インドへ渡航したのをきっかけに、すっかり海外旅行にハマっていた。僕もインドへ行くことを勧められたが、僕は興味がないので、適当に濁していた。

「海外旅行ってここの給料だけで行けるもんなんですか?」

「いや、ここだけでも足りないから、掛け持ちのバイトで賄おうと思ってる」

「掛け持ちって何してるんですか?」

「なんか警察署の清掃員の仕事だよ。普段なら立ち入れないようなところに入れるから面白いよ」

「へえ」 僕は適当に受け流すが、しばらくして、不意に閃いた感覚が全身を駆け巡る。

 ……すでに八方塞がりなんだ。ここまできたら、悪あがきでもなんでもやってやる。

「普段なら立ち入れないところって、どこまで入るんですか?」

「ん? そうだね。なんか、刑事さんがいっぱい集まるところとか、取調室とかも入ったよ」

「へえ。すごいっすね。やっぱりドラマで見るような感じなんですか?」

「うん。だいたい一緒だよ」

「資料室とかも入ったりするんですか?」

「いや。資料室は流石に職員の人がやってるね。なんかおもしろそうなものあるかなって思って、一瞬覗かせてもらったけど、ファイルばっかりで大したことなかったよ」

 OK。さくら先輩は場所を知っている。

「あの。ちょっと頼み事があるんですけど……」

「ん? なに〜? 紹介してほしいの?」

「そうです、資料室の場所を教えて欲しいんですよ。それか、署内の見取り図を見せてくれれば。僕は一生、先輩に感謝します」

「ええ? そっちか」

 さくらはしばらく悩んだが、

「流石に機密だからね。簡単に教えるわけにはいかないよ」

「なら、僕からみなもに頼んで、すぐにさくら先輩のお祓いの手配をしますよ。僕から頼めば、みなもの聞いてくれますよ。それに、憑き物がついたまま海外旅行に行くのも、気持ち悪いでしょ?」

(すまないみなも。今度カラオケでもなんでも奢ってやる)

 さくらはしばらく考え込んでいた。

「お願いします。どうしても教えてほしいんです」

 僕は頭を下げた。

「……じゃあ、手伝って欲しいことがあるんだけど、それをやってくれたら、見取り図を渡すよ」

 僕は心の中でガッツポーズした。

「もちろん、手伝いますよ」


§


 僕はさくらの家の庭に訪れると、彼女が待っていた。

「そうちゃん。こっちこっち」

 さくらは手招きをした。

「どうも。手伝って欲しいことって何すか?」

「宝探しを手伝って欲しいんだ」

「宝探し?」

 僕が言うと、さくらは一枚の紙を僕に渡してくれた。それは、クレヨンで描かれた落書きに見えた。

「それは宝の地図。私が幼稚園の時に描いたヤツだね。それに、当時の私が埋めた宝物の場所が描かれているはずなんだよ。それを掘り返そうと思ってね」

「なるほどね……」

「本当はお父さんに手伝ってもらって掘り返すつもりだったんだけど、なぜかめっちゃ止められたから、そうちゃんにお願いするよ」

「任せてください」

 僕はさくらのお父さんの件に引っ掛かりつつも、地図を検めた。家の鳥瞰図とともに庭の敷地が線で描かれている。そこに女の子のキャラクターが3人描かれてあった。

「この女の子はなんですか?」

「たぶん、○リキュアじゃないかな? ちっちゃい頃にハマってたからね」

「このプ○キュアの描かれている場所は掘ってみましたか?」

「うん。だけど、何も出てこなかったよ」

 手掛かりがこれだけじゃ、場所を特定するには難しすぎる……いや、考え方を変えてみよう……きっと、子どもの描いた地図だから、謎を解けば場所がわかるような推論は用意されていないはずだ。そういうことであれば、宝の地図にプリ○ュアが描かれているということは……。

「プリキ○アの話の中で宝探しをする話しってありました?」

「えっと……あっ、あったあった」

 さくらは思い出したようだ。

「その話って、詳しく思い出せますか?」

「確かね。プリキュ○のみんなが宝探しを頼まれるんだ。それで、町中を探すけど、見つからなくて、どういう過程があったか忘れたけど、結局、宝が主人公の庭にある桜の木の下に埋まっているって話だったよ。灯台下暗しって諺をその回がきっかけで覚えたよ」

「なるほど。ということは、○リキュアは場所を指し示すヒントを書いているわけじゃなくて、ヒントになる回を指しているかもしれません。そこに植っている桜の木を掘り返したら案外出てくるかもですよ」

 僕は庭の桜の木を指差した。

「あっ。なるほどね。確かに」

 さくらは納得した。

「子どもの頃に考えたものだから、きっと謎解き要素なんかなくて、めっちゃ単純な隠し方をしているはずだ」

 僕は桜の木の下へ行くと、芝生が薄くなっている場所があった。

「ここじゃないですか?」

「おお、さっそく掘り返してみてよ」

 僕は大きなスコップで穴を掘っていると、さくらは僕の姿を見て笑っていた。

「そうちゃん、へっぴり腰すぎてヤバい」

「おいおいおい、人に穴掘らせておいてその言い方はなんだァ? てめェ……」

 僕はさくらにメンチを切ると、彼女もメンチを切り返す。

「手本を見せてやるよ」

 さくらは僕からスコップを奪い取り、続きを掘り始めるが、彼女もかなりのへっぴり腰だ。

「アンタもへっぴり腰じゃないですか!」

「うるさい! 親ガチャハズレだったんだよ!」

「いいから、貸してください!」

 僕はスコップを奪い取り穴を掘り始めた。

 一掘りすると、カチーンと手応えを感じる。

「おおっ、なんか掘りあてましたよ。宝じゃないですか?」

 僕は取り出してさくらに見せた。それは綺麗な器の形をした縄文土器で、うどんを入れるにはピッタリの大きさだ……いや、そういうことじゃない。

「土器じゃん。ここは家を建てる前は、遺跡だったらしいからね」

 さくらが器を見て感心していた。

「よくそんな所に家建てられましたね」

 僕はさくらに土器を渡すと、それを遠くへ放り投げた。

「いや、貴重そうなもの放り投げないでください!」

「あんなのいらないよ、いいからスコップ貸して」

 彼女はスコップを奪い取って、一掘りすると、手応えを感じたらしい。

「おお、宝が出てきました?」

「いや、また土器だ」

 今度はお箸とコップの形をした土器が出てきた。

「お箸とコップですね。縄文時代にここで食事をしていたんですかね?」

 僕はさくらからそれらを受け取ると、それを遠くへ放り投げた。

「いや、そうちゃんも貴重そうなもの放り投げるな!」

「いいから、貸してください」

 僕はスコップを奪い取り、一掘りすると、手応えを感じた。

「おっ、今度こそ宝じゃない?」と、さくらは期待した。

 僕は掘り当てたものを取り出すと、四角いトレーの形をした土器が出てきた。

「縄文時代からトレーがあったんだね。それがあれば持ち運びしやすいもんね」

 それをさくらに渡すと、彼女はそっと足元に置いた。

「いや、遠くに投げないんですか!」

「いいから、貸して」

 さくらが一掘りすると、手応えを感じ、穴から取り出した。

 今度は、手のひらに収まるサイズの長方形の箱だった。しかも、真ん中にはボタンがついている。

「いや、フードコートのアレ!」とさくらは叫んだ。

 僕はそれを受け取ると、そっとトレーの上に置いた。

「いや、遠くに投げろよ!」

「いや、そうじゃなくて、家の下にイオンの遺跡が埋まっとる!」と、僕は叫んだ。

「いいから、貸してください………

 軽い茶番を挟んで、しばらく掘り進めると、今度は今までとは別の手応えを感じた。見てみると、ボロボロになったお菓子の缶が埋められていた。

「おっ」

 僕はそれを取り出した。

「これじゃないですか?」

「おおっ、これだよこれ!」

 さくらは懐かしそうな顔をして、缶を受け取り、早速中身を見ていた。

 僕は宝を見つけられたことに満足した。

「掘り返したところ埋めときますよ」

「うん、よろしく」

 穴を元に戻そうとすると、奥にもう一つ缶が見えた。それはさっきのと比べれば、ちょっと新しいものだ。それも取り出そうと掴むと、缶の蓋の部分を持っていたらしく、蓋だけが勢いよく外れた。あっ、ヤバっ。大丈夫かな? 僕は缶の中身を見ると、同人誌が入っていた。しかも、結構な数がある。何冊か取り出してみると、全て同一の作者だった。表紙にはプリキュアが可愛らしく描かれていて、内容は日常系の4コマ漫画だった。

 ……へえ、結構上手なのに、どうしてこんなところに封印しているのだろう……きっと自作したけど、恥ずかしくなって隠したんじゃないか?

(たぶん先輩が黒歴史にしているのだ。おもしろい。イジってやろう)

「先輩って漫画書いてました?」

 僕は先輩が恥ずかしがるだろうという期待を抱いて、訊ねると、

「いや、私は書いてないけど……そういえば、昔にお父さんが漫画家目指してたって話してたっけ」

 と、期待外れの返事が返ってきた。

 振り返ると、さくらは庭の縁側に座り、自分が埋めた宝物を熱心に眺めて、懐かしそうにしていた。

 ありゃ? あの様子だと、本当に描いてないっぽいな。どうしてだろう。

(……もしかして、お父さんが宝探しを嫌がった理由って)

 僕はさらに同人誌を取り出して眺めると、途中から表紙がエロくなり、主人公がヌメヌメの触手で絡まれているものや、恥ずかしげにパンツを見せているものばかりになった。

「おお、さくら。そんなところで何してるんだ?」

 声の方をみると、さくらのお父さんが仕事から帰ってきたところだった。

(これはアカン!!)

 慌てて、同人誌を元に戻し、蓋をした。

「おかえり、お父さん。ちょうど、高校の後輩に宝探しを手伝ってもらってたんだ」

「あっ、どうも……」と、僕は気まずさのあまり、ちょっとだけ会釈しかできなかった。

「宝探しっておまえ……み、見つけたのか?」

 お父さんは動揺のあまり、冷や汗を滝のように流していた。やはり、あの様子だと、同人誌の作者は彼に間違いない。

 最悪だ。『神は死んだ!』とニーチェが言っていたが、まさにその通りだ。

「見つけたよ。私が埋めたやつ」

「おまっ……ほ、他には、み、見てないか」

「他? そうちゃんが掘ってくれたから……」

 さくらが言った刹那、僕とお父さんの視線がぶつかった。気まずさに耐えられる気がしなかった僕は視線を逸らした。

「他になんか埋まってた?」

 さくらは僕に聞いた。それと同時に、お父さんのすがるような表情を僕に向けた。

「あっ、いや。何も見てないですよ」

 僕は思いっきり首を振った。

「あのっ。掘った穴、元に戻しときますね」

 僕は慌てて、証拠を隠滅した。

 お父さんは僕の言葉を聞いて、涙目になりながら、胸を撫で下ろしていた。

(しかし、あんなに真面目そうな人が、あんなエロい同人誌を描いているなんて……)

 僕は、お父さんの黒歴史を埋葬した。穴を埋めていて、男の恥ずかしい秘密を守れたことに、誇りにさえ思えた。


§


「そうちゃん、今日はありがとな」

 さくらは言った。彼女は宝物をひとしきり楽しんだ様子で満足していた。

「いえいえ、それより見取り図ありがとうございます」

「そうちゃんって人を頼ることをあんまりしないよね?」

 さくらは突然切り出したので、僕は驚いた。

「そうかもしれません」

 思えば、僕が頼る相手といえば、両親以外だとみなもぐらいだろうか?

「そうちゃんが真剣に頭を下げて頼んできたのははじめてだったからさ、なんか新鮮だったよ」

 さくらはしみじみと言った。

「そうですか」

「どういう風の吹き回しなの?」

「いや、ちょっとどうしても、やりたいことがあってですね……」

 流石に警察署に忍び込むとは口が裂けても言えない。

「じゃあ、質問を変えるよ。それはさ、誰のためにやってるの?」

「それは……」

 言われて、言葉に詰まってしまうのは何故だろう?

 幽霊の為にやっていると言って、頭のおかしいヤツ扱いされるのが嫌だから?

(違うよ……きっと恥ずかしいからだ)

 そうだ。それでいて……きっと自分で自分を恥ずかしいと思うぐらいに、アテナのことが……好きなんだ。今まで僕はアテナのために、いろんなことをしてきた。それは、きっと彼女の期待に応えたいとか、いいところを見せたいとか、そんな想いでやっていたんだ。

「僕の大切な人のためですよ」

 僕はお茶を濁した。だけど、間違ってはいない。

「そっか。それは青春ってやつだね」

 さくらはニヤニヤしながら言った。

「いや、青春って……」

 まさか、人を好きになることが青春だとは思わない。もっといろいろあるはずだ。

「そうちゃん、前までは何もかもくだらねえみたいな顔してたけど、肝試しに行ってからは、なんか変わったね。なんていうか……楽しそうだね」

 さくらの言葉を僕は否定する。

「いや、楽しくなんかないですよ。なかなか大変ですよ」

 正直なところ、いろんな出来事に振り回されて、疲れている。

「そういうのが、楽しいっていうんだよ」

 さくらは僕を弟扱いするように、親しみを込めて言った。僕は彼女の言葉がうまく飲み込めなかった。

「そうなんですかね……」

「まあ、そうちゃんがどう思おうと、私はその変化はきっといいものだよ思うよ」

「はあ、そうですか……」

「それじゃあね。楽しみ続けるんだよ」

 さくらは家に戻っていった。

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