17話
さて、容疑者への聞き込みに取り掛かりたいところだが、なんの後ろ盾もない高校生相手だと、鼻であしらわれているのは目に見えている。彼らは警察という権力があるから従うだけで、ただの高校生から容疑者呼ばわりされたら、怒るか、無視するに決まっている。しかし、それは高校生だからの話であって、警察かそれに準ずる捜査機関、あるいはそれらに相当する信用を持っていれば、解決する話である。
その解決策はいたって単純だ。僕がスーツを着て、七三分けにして、メガネをかけて、探偵事務所の名刺を持てば、即席探偵の完成だ。
「こうやってみると、やっぱり漱石って渋い顔をしてるのね」
アテナは姿見に写ったスーツ姿の僕を見て言った。
「実年齢よりプラス10歳ぐらいに見える」
僕はアテナの悪意のない一言にいたく傷ついた。27歳っていえば、ロックスターなら死んでいる歳だ。カート・コバーン、ジミ・ヘンドリックス、ブライアン・ジョーンズという世界的ビッグネームが旅立った年齢である。その時の僕は何をしているだろう? 少なくとも、ギターを弾いて歌っていないことは断言できる。
「だけど、その格好で上原さんには会えないね」
アテナは言った。
「うん。僕の顔がバレてるからね。上原さんに限っては、近隣住民から情報を集めよう」
さっそく、僕らは上原邸宅の近くで、通りがかった人に話を伺う。挨拶をしても、無視する人もいるが、快く引き受けてくれる人もいる。
時間をかけて情報を収集するが、上原に関して悪い情報や、暗い話は全く出てこなかった。
「やっぱり上原さんて執事だから真面目でいい人なのよ」
アテナは言った。
「うーん。そうなのかな……」
僕は書き留めたメモと睨めっこしていた。
上原氏は近所付き合いに精力的で、顔が広い。夫婦で揃って、地域振興会の会長をしていて、地域に対して発言力があり、休日は地域清掃ボランティアに積極的に参加したりしている。地域住民からは慕われていて、息子と娘がいるが、彼らはすでに成人し、会社勤めに出ている。こんな人が犯罪に手を染めるような悪い人には思えない。
思い悩んでいるうちに、買い物帰りらしい、中年の主婦が通りかかった。上原氏の聞き込みは彼女を最後にしよう。
「こんにちは」
僕は丁寧に頭を下げた。主婦は無視しようとせず、僕の出方を伺う素振りを見せたので、すかさず自己紹介をした。
「わたくし、ホームズ探偵事務所の山本と申します。ここに住む上原さんについて調査しているのですが、ご協力願えないでしょうか?」
僕の名刺を見て、彼女は警戒心を解いた。
「ああ、探偵さんですか、構わないけど……私が言ったって、言わないでくださいね」
「もちろん。お約束いたします」
そもそも、そんなことを話す相手もいない。
「上原さん夫婦はここの地域振興会の会長役をしてるのよ」
他の人からも同じことを聞いたので、新しい情報はなさそうだと思った瞬間だった。
「それで、ここら辺に新しく移り住んできた人には愛想がいいんですけど、私みたいな昔から住んでいる人には少し冷たいのよ、いい人なんだけどね」
「そうなんですか」
僕は新しい情報に食いつきそうになるのを我慢して、務めて冷静を装った。
「ここら一体は昔は農村だったのよ。だけど、ベットタウン化の計画があって、畑や田んぼを埋めようって話になったのよ。知らないかしら?」
「いえ、聞いたことありません」
「当然、昔から住んでいる農家は反対するわよね? 私はどっちでもよかったんだけど、灘さんのところが反対派を仕切って、計画を止めようとしたらしいのよ」
灘という名字は、この地域ではあけみの家だけだ。つまり、あけみの家族が筆頭になってこの地域の変化を拒んだのだろう。
「でも、もうここら辺の農家さんも食っていけないからって廃業するひとが多かったから、結果的にベットタウンの計画は進んで、新しい家がどんどん建てられたわ。それで、地域振興会も新しい住民の人たちが参加してきて、その中で目立ってたのが上原さん一家だったわ。
「聞けば、三ノ宮家の執事で、立ち振る舞いも立派なものだったから、彼が振興会の会長をするってなった時は、誰も反対しなかったわ。その時の灘さんは隠居されていて、警察官の息子さんが代理でたまに顔を出してたぐらいだから、反対しなかったのよ。
「上原さんはケチのつけようがないんだけど、やっぱり新住民だから、昔から住んでいる人と馴染めない部分もあるのよ。でも、旧住民も上原さんが時々棘のあることを言っても、言い方に筋は通してるし、人柄は紳士だから、何も言えないわけ。
「だけど、私たちみたいな中立の立場としては、ちょっとしんどい部分はあるのよ。みんなが住むところなんだから、みんなが仲良くできればいいのだけどね……」
主婦はため息をついた。
「そうなんですか……大変な思いをされているのですね」
「いえいえ、大変だなんて思っていません。ただ、みんなが仲良くできれば、私はなんでもいいのよ」
主婦は寂しげに笑った。
「他にお話はありますか?」
「そういえば、ちょっと前かしら……上原さんのところ、株式投資に失敗して損失を出したっていう噂があったのよ。本当かどうか知らないけど。まあ旧住民でもちょっと厄介者がいるから、その人がホラ吹いてるだけかもしれないけどね」
主婦は一転して、冗談めかして話した。
「上原さんのところといえば、それぐらいかしらね」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げると、彼女は笑顔で立ち去った。
「本格的にきな臭くなってきたわね」
アテナは僕のメモを眺めて言った。
「うん。上原さんの犯行動機が見つかった」
僕はボールペンの尻で、デコを軽く突いた。
アテナは難しそうな顔をして腕を組んでいた。彼女の顔を見て、僕は今まで聞きたかったことを、思い切って聞いてみることにした。
「上原さんが容疑者にあがっているけど、正直なところどうなんだ?」
「正直なところって?」
「知ったような口をきくようで悪いけど、雇われている執事と言っても、身内みたいなもんだろ?」
「確かに」
言いたいことはわかるわという風にアテナは頷いた。
「はたから見れば疑わしいのは充分理解できるわ。けど、身内だからこそ言えるんだけど、上原さんは、お金のことに関しては、慎重で用心深い性格だから、私の家の家計を預かっていたのよ。それに、困ったらお父様に相談すると思うの。わざわざ、犯罪を犯すようなことはしないと思うわ」
「だけど、地下の隠し金庫を開けようとしていたじゃないか」
「それを言われると弱いわね」
アテナは苦笑いする。
「今いった私の話は根拠のない感想だけど、でも、私の感覚がそうだって言ってるのよ。たぶん私たちは何かを勘違いしていて、上原さんの行動も、たぶん別なところに理由があるんだと思う」
アテナの話ぶりから上原との信頼関係は相当なものなのだろう。無条件で彼女から信頼されるなんて、側から聴いていると、魅力的で、素敵で、苦々しい。
……いや、どうして苦々しいなんて思ったのだろうか?
僕はアテナを見た。ラムネ瓶に閉じ込められたビー玉のように魅力的な瞳の向こう側で、初夏の陽射しのような光が揺れている。白い砂浜と同じ色の肌に、あざやかなカーブを描いた唇が、何か言いたげにしていた。僕はきっと彼女に……。
「次は美術商人のところに行くんでしょ?」
「えっ?」
僕は彼女の一言で我に返る。
「ああ。そうだね」
僕は気を取り直して、歩きはじめた。
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