13話
アテナとは短い間の付き合いだったが、なんだかんだいって、僕は彼女に対して好感を抱いていた。それは恋愛感情とかではなく、普通の友だちとして、彼女の人格に対して、共感できたり、僕の好奇心をくすぐってきたからだ。だから、もう彼女に会えないのは寂しいが、彼女が未練を残さずに旅立てたことは素直に嬉しく思っている。ただ、お別れの言葉を言えていないのは心の残りだから、今度、アテナのお墓参りに行ってちゃんと別れを言おうと思う。その前に、上原さんにお墓の場所を聞きに行かないといけないな。
幽霊というのは怖いという偏見をなくしてしまえば、普通の人間と変わらないのかもしれない。当たり前か。幽霊だって元は普通の人間なのだから。
僕の中で、アテナが親友に一言謝れなくて幽霊となって彷徨い続けた話は、一生心の中に残り続けるだろう。こんなに愛おしい幽霊もいたんだって、いつか誰かに話せる日が来るだろうか?
「ただいま」
たまには声に出して言ってみる。みなもの言う通り、今日の一件を経験した後では、言葉を声に出すことはとても重要なことに思える。
「おかえり、漱石。遅かったわね」
アテナが玄関で出迎えてくれた。
「まあな、あけみちゃんを家まで送っていったら、こんな時間になった……って。なんでお前が居るんだよ!?」
「なんでって、漱石に取り憑いているからに決まってるじゃない」
アテナは不思議そうな顔をして言った。
「いやいやいや、あけみちゃんにあの手紙を渡せて、もうこの世に未練なんてないだろう?」
「いや、未練ありまくりなんだけど」
呆れた。親友と感動的な和解をしておいて、まだ、未練が残ってるなんて、どれほど世俗に対して厚かましいやつなんだ。
「つーか、どうして先に帰ったんだよ? てっきり成仏したもんだと思っていたよ」
「いや、みなもと目が合いかけたから、隠れていたのよ」
アテナは言った。
「どうせ、泣きべそ見られたくなくて、先に帰ったんだろ?」
「アホか! そんなことないわよ!」
アテナは怒った。
「そういえば、みなもとあけみちゃんがお前の幽霊を探そうとしてるぞ」
僕が言うと、アテナは動揺した。
「まさか、ゴーストバスターズみたいに、私を退治しようとしてるの!?」
「アホか。みなもはそんなことしないよ」
「だけど、どうして?」
「みなもが言い出しだんだよ。アイツのことだから、どうせ本気じゃないよ」
「まあ、それならいいけど」
僕の説明を聞いたアテナは納得した。
僕は自室に戻ろうとすると、アテナは何か言いたそうに、口をモゴモゴ動かした。
「どうしたの? なんかあった?」
僕が訊ねると、
「……今日はありがとう」
アテナは小声でボソりと言った。彼女が照れくさそうにしているから、僕も照れくさくなった。
「別に……」
僕はなんて返事していいかわからなかった。そして、しばらくの沈黙。タチの悪いことに、気まずくて気恥ずかしいタイプのやつ。どちらが先に動くか、一瞬の駆け引きがあった。こういう時は先制攻撃に限ると、口を開こうとした瞬間。
「もう一つ、漱石に頼みたいことがあるんだけど。さっきの未練と関係ある話」
アテナに先を越されてしまった。
「いったいなんだよ?」
アテナは一呼吸置いてから、
「私を殺した犯人を一緒に探してほしいのよ」と言った。
「はへぇ?」
想定外の言葉に動揺して声が裏返ってしまった。
§
「つまるところ、アテナは巻き込まれた殺人事件の犯人を探してくれって言いたいわけか……」
僕は自室にベットに腰掛けて、彼女の頼みを吟味していた。
「そういうことね」
アテナは深刻な表情で頷いた。
「だけど、殺人事件の犯人を追いかけるなんて、かなり危険なことだぜ?」
殺人犯を特定するということは、万が一のことがあれば、僕に危害が及ぶ可能性がある。あけみの件とはわけが違うのだ。
「ましてや、警察が1年かけても見つけることができていないのに、僕なんかが見つけられるわけがない」
僕が言うと、アテナは項垂れた。
「……私はね、自分が殺されたことはまだしも、私の両親まで殺して、さらに、親友のあけみを傷つけた犯人が許せないのよ」
アテナは悔しげな表情を浮かべた。僕は彼女を見て、胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
今まで起こったことの全ては、犯人がアテナを殺したことが引き金になっていた。犯人のエゴは暗闇の氷山のように冷たく立ちはだかり、アテナの人生と青春を奪い、あけみは心を閉ざし、さらには周りの家族まで、タイタニック号のように悲しみの底へ沈めたのだ。その中で、アテナが幽霊として蘇ったのは、事件の暗闇を灯す唯一の光……。
事件の傍観者たる僕は、その光が照らす道筋を辿れる足がある……。
やっすんの時もそうだ。彼は去ってしまったが、僕はずっと傍観者のままだった。あの時、僕はやっすんに優しい言葉をかけることができていれば、後悔なんてあろうはずもなかった。
アテナもそうだ。あの日に手紙を渡していたら、もっと違う結末を迎えていたはずだ。彼女はもう傍観者のまま、元には引き返せないけど、僕はまだ、自分の足で歩いて、やり直せることができる……。
「わかったよ。アテナがそういうなら、僕も協力しよう」
僕は言った。
「……ありがとう。本当にありがとう」
アテナは胸がいっぱいになって、震えた声で話した。
彼女が落ち着いてから、僕は話しかけた。
「しかし、事件を追うとなると、それなりの情報が必要になるな」
「それなら、漱石のお母様が警察の刑事をしてるって言ってたじゃない。何か知ってるんじゃないの?」
「そういえばそうだな。さっそく母さんに会いに行こうか」
母は事件を追っていて、しばらく警察署に泊まり込みになると言っていた。居場所はわかっている。
僕らは家を出た。
§
警察署の前につくと、ちょうど母が同僚たちとともに外に出るところだった。母はすぐに僕の姿をみつけた。
「あら、何しにきたのよ?」
「着替えを渡しにきたんだよ。泊まり込みになるんだろ」
僕が着替えを詰めた紙袋を渡すと、母は礼を言った。
「あれ? 漱石君かな?」
母の後ろから、見慣れない男が僕に声をかけてきた。見覚えのあるような気がするが、記憶のモヤをいくら振り払っても、思い出せない。
「はい、そうですけど」
「僕のこと覚えてるかな? 灘あけみの父の灘祐介です」
「ああ。あけみちゃんのお父さんですか」
言われて、モヤが一気に晴れた。あけみに似ているその男は、僕よりずっと体格が大きくしっかりしていて、威厳が漂っていた。
「あけみの件。母からさっき聞いたよ。あけみを外に連れ出してくれてありがとう」
あけみの父は丁寧に頭を下げた。
「いえ、とんでもないです。友だちとしてできることをしただけなので」
僕も慌てて、頭を下げた。
「今からみんなで晩御飯食べに行くのよ。そーちゃん警察官になりたいって言ってたでしょ? 一緒にくる? みんなの話が聞けるから参考にしなさいよ」
「いや、いいよ。警察官になりたいだなんて昔の話だし」
僕は首を振った。
「それよりも、ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「いいけど、ちょっと待って」
母は振り返って、同僚たちに先に行ってと促した。
「で、話ってなにかしら?」
「実はさ、去年の資産家一家の殺人事件があっただろ? あの話を聞きたいんだけど」
僕がいうと、母は驚いた。
「そんな話をきいてどうするの?」
「いや、学校の授業でさ、自由研究の発表しなくちゃいけないんだ。それで、警察と未解決事件の関係をテーマに研究をしようと思ってね」
流石に、僕が事件を調査すると言ったら、止められるに決まっているから、適当に茶を濁した。
「やな研究テーマね」
そう言って、母さんは僕の目をじっと見つめた。しばらくして、何かを感じ取ったのか、
「ちょっと待ってなさい」
そう言って、母は警察署へ戻って行った。
「漱石のお母様。さっぱりしててカッコいい人ね」
隣にいたアテナが言った。
「そうか? 別に普通の人だと思うけど」
「私のお母様は厳しい人だったわ」
アテナは苦々しく笑った。
「ちなみにお父様は何をしているのかしら?」
「発明家をしてるんだ。現代に転生したエジソンを自称してるけど、親父の発明品が世の役に立っているのを見たことがない。あと、発明品のほとんどがキモい」
ちなみに、最近発明した道具は、女子高生の肌の柔らかさと同じ柔らかさのグリップにになっているボールペンだ。そんな発明品を思いついた時点で充分にキモいし、実際に試作品を作る時点で最高にキモい。
「へえ、発明家のお父さんと、刑事のお母さんって変な組み合わせね。私の両親はお見合い結婚だったわ。お互い財閥の家元同士の政略結婚よ。仲は良かったけどね」
「僕のところは、もともと父さんが母さんに逮捕されたのが出会いって聞いたよ」
「本当? なんか映画みたいな話ね」
「まだ親父が大学生で三回目の留年が決まったときに、ヤケクソになって警察署にサイバー攻撃を仕掛けたんだ。当時はまだ警察もネット攻撃に対して知識も経験も人材も無かったから、たまたま専門外の母さんまで捜査に入れられたんだよ。その因果で親父は母さんに逮捕されたんだ」
「めちゃくちゃ面白いわね」
アテナは興味ありそうに食いついてきた。
「結局、親父は逮捕されたけど、サイバー攻撃を仕掛けた知識と経験に目をつけた警察が親父のことをベッドスカウトしたんだよ。それで、何年か働いてたけど、なんか違うなって思って仕事を辞めて、何を思ったか、女子高生のにおいのする香水を作って売り始めたんだ」
「最後の最後で全部台無しになったわ」
アテナは僕の話にドン引きしていた。
「それが意外に儲かって、その資金で研究所を建てて、今は親父の気まぐれで、作りたいものを作ってるんだ。最近は降霊術を研究している大学教授と共同で研究して幽霊の論文を書いたりしてるらしいよ」
「そんなくだらないことを大学で勉強してる人がいることに驚きだわ。そんなこと役に立つのかしら?」
「幽霊なんだから、将来おまえの役に立つかもしれないだろ?」
どう役に立つのかは知らんけど。
「お待たせ」
戻ってきた母は、僕に一冊のノートを渡した。
「何をブツブツ独り言を言ってたの?」
「あっ、いや、なんでもないよ」
僕は首を振った。
「まあ、いいけど。それは私の捜査メモよ。ここにだいたいのことが書いてあるから、これを参考にしなさい」
「ありがとう」
「それと、このことは誰にも話ちゃダメよ。私のクビが危ないから」
母さんは自分の首に親指で線を引いた。
「わかった。かならず約束する」
僕は礼を言って引き返した。振り返った一瞬、母が見たことないような表情をしていたけど、一体なんなんだろうか。
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