3話


 スマホのアラームで目が覚める。寝覚めで機嫌の悪い中、昨日のことが夢のように思えた。そうだ。あれは夢だったのだ。美少女の幽霊が取り憑くだなんてありえない。マンガかラノベの読みすぎで頭がおかしくなっていたのだ。スマホのアラームを止めて、起き上がる。

「おはよう、漱石」

 昨日の幽霊がさわやかな笑顔で迎えてくれた。彼女は僕の隣で寝転んでいた。

「ああ、おはよう」

 どうやら、まだ夢の中にいるらしい。やれやれと首を振ってため息をついた。もう一度布団の中に潜り込んだ。

「ちょっと、起きないと学校に間に合わないんじゃないの?」

 幽霊が話しかけてくる。

「なんでここに居るんだよ?」

 僕は布団越しに問いかける。

「漱石に取り憑いたからに決まってるでしょ?」

 幽霊は首を傾げた。

「っていうか、どうして僕の名前を知ってるんだよ?」

「そりゃ、昨日教えてくれたからじゃない」

 言われて、思い出した。昨日、風呂から出た後、お互いに自己紹介した。彼女の名前は三ノ宮アテナ。変わった名前だ。ギリシャ神話の女神が由来らしい。彼女は一年前にあの館で殺されて、気がつけば幽霊になっていて、自宅の辺りを彷徨っては、通りがかる人を驚かせたり、取り憑いたりしていたらしい。彼女は霊感のある者にはおそろしい様相をした幽霊に見られるらしいが、その気になれば生前の姿を見せることができるらしい。ただし、一名限定だけど。

 この記憶を本気で忘れていたあたり、幽霊に取り憑かれるというのが僕にとってはかなりの恐怖に違いないらしく、防衛本能が働いていたらしい。

 さて、現状を整理すると、僕は、幽霊とはいえ美少女と共に朝を迎えたことになる……おいおい、僕の初めての相手が幽霊って、流石に……いやいや、冷静になれ。

 僕はまだ寝ぼけていたので、頭を振って、深呼吸して、冷静に考える。だいたいそういうことを夜にした後、朝には裸になっているのが相場だ。ハリウッド映画を見れば一目瞭然だ。

 僕は起き上がって、自分の体を見るが、ちゃんとパジャマを着ていた。

 アテナの方を見ると、彼女は昨日の装いのままだった。念のために確認を取る。

「なんか変なことしてないだろうな?」

 アテナは僕のセリフに首を傾げるが、しばらくしてから意味を理解したようで、

「それはこっちのセリフよ!」

 アテナは顔を赤らめた。

 不意に乱暴なノックの音が響く。

「ちょっと、お兄ちゃん起きてるの?」

「ああ、起きてるよ」

「ひとりごと聴こえてきて、気持ち悪いんだけど。とっとと朝ごはん作ってよ」

「ほら、妹さんもああ言ってるじゃない」

 アテナがホラホラと促した。

 何だコイツ? まだ、ろくに会話もしてないのに妙に距離感が近い。たぶん、友達作りとかが下手くそなんだろうな。僕も人のことは言えないけど。

 これ以上、妹から罵声を浴びたくないので、ベットから抜け出して、リビングへと降りた。


§

 

 幽霊が取り憑いたと言えば、悲惨に聞こえるが、その幽霊が美人であれば、悲惨さもいくらか薄れてしまう。怖いものは、その様相が怖いから怖いのであって、可愛らしいものだと、愛おしく感じるし、カッコいいものだと、ちょっと誇らしげに感じるものなのである。つまりは、アテナがあまり幽霊っぽくないので、僕は幽霊に取り憑いているという実感が薄まり、現状をあっさりと受け入れそうになっていた。

 妹は僕の作ったフレンチトーストを口に運びながら、スマホをいじっていた。僕はコーヒーをチビチビと飲みつつ、新聞に目を通す。

「ちょっと漱石、テレビつけてよ。N H Kのニュースが見たいわ」

 アテナは暇を持て余していたのか、僕に言った。

「へえ。N H Kをチョイスするなんて、渋いね」

 そう言いながらテレビをつけた。

「うん。他のチャンネルだと、コメンテーターが鬱陶しいのよ」

「なるほどね。めっちゃ大人な考え方だ」

 去年まで女子高生だったとは信じられないほど大人びた発言だ。コメンテーターの発言でニュースの印象が左右されるのを嫌っているのだろう。資産家の娘なだけあって、教育がしっかりしているのかもな。

「……お兄ちゃん。やっぱり昨日からおかしいよ。本当に病院に行く?」

 妹は珍しく本気で心配そうな表情をしていた。普段は冷たいトーンで「お兄ちゃん。頭おかしくなった?」みたいな罵倒で終わるのに、本気で心配されると、心臓がキュっとなる。

 やってしまった。妹にはアテナが見えていないのだ。

「……いやいや、大丈夫。アレだ……通話してるんだよ」

 誤魔化すために慌てて机の上に置いていたスマホを耳に近づけた。

「みなもと話してたんだ。N H Kで面白いニュースやってるって」

「面白いニュースって、これが?」

 画面には昨日、僕が訪れた館が映っていた。

 ——事件発生から1年が経ちましたが、犯人は未だ逃走中で、犯人についての目撃情報については、警察のホームページへ問い合わせをお願いします。次のニュースです。降霊術を研究している摂津教授が——

「ああ。あいつは根っからのミステリー好きで、未解決事件とかに興味あるんだ」

 僕は話を逸らそうとするが、妹は態度を変えないので、次の弾を撃った。

「ほら。もう部活の朝練の時間だろ? さっさと支度して行けよ。食器は片付けておくからさ」

 ほらほらと、僕は無理やり妹をリビングから追い出した。誤魔化すことに成功した僕は安堵し、アテナの方を見ると、ニュースに釘付けになっていた。

 ……やはり、自分が巻き込まれたニュースが未解決事件なら後味が悪いものなのだろうか? 解決したところで割り切れるかどうかも怪しいのに……気になるところではあるが、朝からそんな話はちょっと重すぎる。

 やがて、自分のニュースが終わると、アテナは明るい表情で、

「私、学校に行きたいわ!」と言った。

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