photography

深茜 了

写真

人は誰しも生きていく上で、心に多かれ少なかれ穴を抱えている。

皆その穴を埋めようと、友達とはしゃいだり恋愛に嵌りこんだり、

あるいは漫画やゲームといった趣味に没頭する。


しかし僕の「穴埋め」は少し違っていた。


就寝前にベッドに横になり、部屋の明かりは点けたままスマホを操作する。

ネットの検索画面を開き、検索欄にいつもの文字を打ち込んだ。

入力した言葉は、「死体 画像」。


画面が切り替わり、様々な画像が表示された。その様に僕はひとまずほっとする。

けれどその画像たちは、他の人であれば顔を背けてしまうようなものだった。


一覧に出て来た中の一枚をクリックし、画像を拡大表示する。

それは人間の写真だったが、肌の色は青黒く、唇にはしわが寄っていて水分を感じない。目は開いていたが半開きで勿論光なんか無いし、墨汁を塗ったくったような黒い“物質”のようだった。


それらを眺めていると、僕の頭の中を仄暗い感覚が支配し、けれどそれは不快な感情ではなく、心が満たされていくような愉悦があった。穴が開いてしまっている部分に、その「い」感覚が蓋をしてくれるような安心感があった。


勿論それらの画像が本物でない可能性は十分にある。今のネット規制は何かと厳しいから、それっぽく作った偽物な可能性だってある。けれど、僕はどちらでも良かった。人間の死体「それっぽいもの」が見れれば満足だったのだ。


こう書くと僕が頭のいかれた社会不適合者に見えるかもしれないが、人と違う所といえばそのくらいで、他は至って普通の高校二年生だった。

家族との関係も問題無いし、あまり社交的ではないけど友達もいた。そいつらと遊びに行くことだってそれなりにある。ただそれが、僕の心の溝を十分に埋めてくれないというだけだ。


今日も何枚かの画像を眺め、そして気に入ったものは保存した。そうして明日を生きる準備ができた僕は部屋の明かりを消し、ゆっくりと眠りについた。



 街灯もまばらな闇に染まった夜道を、僕は自転車で走り抜けていた。学校が終わった後22時までバイトをして、その帰り道だった。

静かな住宅街なので、通行人は少ないし先述したように明かりは乏しかった。

バイト先と家までは、自転車でも二十分くらいの距離があった。それを半分も進まないうちに僕はトイレに行きたくなった。

心の中で舌打ちをした。バイト先で入ってくればよかったものを、うっかりしていた。家までもちそうか考えてみたが、微妙だった。確かこの先にある公園にトイレがあったはずだ。入れるうちに入っておいた方がいいと僕は考えた。


目的地には5分程で着いた。小さな公園だったが、明かりは敷地の中央に1灯あるのみで全体を照らしきれていない。管理が不十分なのか、ところどころ伸びた雑草を踏みしめながら僕はトイレへと向かった。

用が済んで公園の外に停めてある自転車へ向かおうとした時、何か物音が聞こえた。地面を靴でるような音と、くぐもった人の呻き声。靴の音は一人分ではないように聞こえた。

僕は不審に思って立ち止まった。何かのトラブルに巻き込まれる可能性だってあるのだから、すぐに立ち去った方がいいと思ったが、どうしても気になった。やめた方がいいという声が頭の中で聞こえたが、気付くと僕は足音をしのばせてそちらの方へ向かっていた。


目に入ったのは、公園の隅で右手に持った物を何度も振り下ろす女性だった。その辺りは照明の光が届かず最初はそれしか分からなかったが、目が慣れてくると女性が手にしているのは刃物で、地面には男性とおぼしき人が突っ伏し、その人物に向かって彼女は何度も刃を振り下ろしているのだった。

男性はもう絶命しているのか、動きもしなければ声も発しない。それなのに女性は執拗に、機械的に右手を動かし続ける。


見ていた僕は気づけば自分の両手をきつく握り締めていた。心臓がどくどくと激しく振動している。頭は血が昇っているかのように熱く緊張で張り詰めていた。あの女性に見つからないうちに逃げなければ。しかしその思いばかりが先走って、後ずさった僕は迂闊にも足音を立ててしまった。


女性の手が止まる。すぐにではなく、ひと呼吸おいて彼女は振り返った。僕は悲鳴を上げそうになる。けれど、悲鳴なんか上げたらすぐ彼女に襲われてお陀仏になると思った。闇の中で黒いシルエットがこちらを向いたまま静止している。どうする。どうすればいい。この局面を、どうしたら切り抜けられるのか——。


意識を失いそうになるほど僕は焦っていた。多分今まで生きてきた中で一番頭を動かしている。そうして決死の思いで発した言葉が、それだった。



「あの、写真、撮らせてもらえませんか」



「写真?」


思っていたより美しく滑らかな声が返ってきた。暗がりで顔はよく見えないけれど、髪の長い女性ということだけが分かった。

「はい、あの、僕死体の写真を見るのが趣味で。ネットで検索とかしてるんです。でもそういうのって本物かどうか分からなくて。だから是非本物の写真を撮らせていただきたいんです」

僕は普段よりも饒舌になっていた。自分がいかに彼女と同類かをアピールし、彼女の警戒心を解こうとしていた。もちろん僕は写真を眺めているのが好きなだけで、人を殺したいと思ったことはない。けれど、彼女と似た人間だと思ってもらえれば口封じをされることも無いかもしれないという算段だった。


「いいわよ。好きに撮って」

僕が冷や汗を浮かべながら彼女の出方をうかがっていると、予想よりもあっさりと彼女は答え、立ち上がると場所を譲ってくれた。まだ襲われないと決まったわけではないが、とりあえず第一段階をクリアしたと僕は少し息を抜いた。


彼女のどいた場所に移動すると、おそるおそる死体を見る。いや、ほとんど見れていなかったと思う。僕は急いでスマホを取り出すとカメラを起動し、かろうじで顔に焦点をあてると撮影ボタンを押した。カシャッ、という音が夜の公園に響く。その音一つにさえ僕はびっくりした。


ありがとうございます、と言って僕が遺体から離れると、薄暗いながらも女性が微笑んだのが分かった。そして彼女は微笑んだまま僕に、「少し話していかない?」と予想もしていなかったことを告げた。



園内に1灯しかない照明の下に移動した。頼りない光ではあったが、僕はそこでようやく女性の全貌を捉えた。

まずいだいた印象は、綺麗な人ということだった。年齢は二十代の半ばくらいだろうか。黒くて長い髪に色白の肌、切れ長の目を長い睫毛が飾りたてている。身長は女性にしては高かった。

そしてその白い肌の何箇所かが、返り血を浴びて赤く染まっていた。服装が赤色のニットだった為、少なくとも上半身の血は目立たなかったけど、あれだけ何回も襲っていればおそらく服も相当汚れているのだろうと思った。


「君は高校生?」

顔についた血を拭おうともせず彼女は話し掛けてきた。ぶらりと下げた右手にはまだナイフを握ったままだ。何でもいいからとりあえずその刃物をしまってほしいと僕は思った。

「はい・・・、高校、二年生です」

途切れ途切れに僕は答えた。制服のままバイトに行った帰りだったから高校生だと思ったのだろうか。

「名前は?」

僕はぎくりとした。本名は答えない方がいい気がした。けれど緊張で働かない頭で偽名は浮かんで来なかったし、彼女の一連の僕に接する態度から何となく僕に危害を加えるつもりが無い気がした。

「・・・永生ひさきです」

無難に下の名前だけ答えた。そんな僕を見た女性は微笑んだ。それは優しい笑みというよりは、どこか寂しげな儚い笑みだった。

「いい名前ね。私は七菜子ななこっていうの」

そこで一旦会話は途切れた。僕は逃げ出すというよりは、何か話さなくてはという気持ちにかられた。

「あの、さっきの男性はどうして殺したんですか?何か恨みがあったんですか?」

何度も刃物を振り下ろしていたのを思い出し、僕は聞いてみた。想像したのは痴情のもつれとかそういった類のことだった。しかし返ってきた答えは違った。

「え?全然そんなのじゃないわよ。恨みなんてないし、偶然この公園で見つけた人よ」

「偶然・・・・・・」

少し頭の整理が追い付かなかった。しかし依然として沸騰した意識で懸命に考えると、シリアルキラー、という言葉が浮かんできた。彼女はただ、殺したいから殺すのだ。相手も理由も関係なく、ただ殺す。僕は全身がぶるっと震えたような気がした。


「ところで永生ひさき君、さっきの写真、全然ちゃんと撮れてなかったでしょう」

再び心臓の鼓動をフル回転させた僕に七菜子さんは言った。「え?」と今日何回目かの間抜けな反応をした僕を見て彼女はくすりと笑った。

「だって、この暗さでフラッシュを焚いてなかったもの。・・・ねえ、これからは、私が撮って送ってあげましょうか」

彼女の言葉に僕はたじろいだ。「これからは」ということはまだ何人も殺すということだ。「送る」ということは・・・、僕と継続的な関係を持つということだ。


彼女の提案を呑むのはどうかしている。今回殺されなかったとはいえ、そのうち僕が標的にならないとも限らない。

・・・けれど、僕はこの死体の写真を見ることでしか癒されない毎日に少しうんざりしていた。何かを変えたい気がしていた。リスクを冒してでも、彼女の醸し出す危険に触れたいと思い始めた。

僕は顔を上げると、七菜子さんに「よろしくお願いします」と言った。それを聞いた彼女は照明の光を浴びてうっとりとしたように微笑んだ。

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