バーバリアン聖女異世界を往く

たにたけし

第一話 バーバーリアンの聖女

「青コォォォナァァァ!!バーバリアンの聖女!エーリカァァァ!!」


甲高い女性特有の、だが良く通るレフリーの女の子の大声が里に響く。

里…というにはここは少々未開…竪穴式住居が立ち並ぶ集落だ。

文化レベルは弥生時代位だろうか?男女の比率は一対九程度でほとんどが女…何故か顔面偏差値だけは無駄に高いお嬢様ばかりである。

そんな原始人お嬢様共に私はバーバリアンと呼ばれ怒涛のブーイングに晒されている。

頭が痛い。人を、文明を求めてなんとかこの集落までやって来たというのに…私の胸の内には絶望しかなかった。


私の名前はエリカ、この肥溜め以下のクソ世界に紛れ込んだ世界の異物、正真正銘の異物である。私は令和の文明人だ。文明人の誇りを持っている、こんな下等な蛮族共などとは決して交わる事のない明確な異物である。


「このバーバリアン!男みたいな細腕でベロニカとマリアンヌをやった女だーーー!!」

「皆ーーー!どうしたらいいと思う!!?」


レフリーの女の子が叫ぶ。黙っていればアイドルみたいに可愛い顔をしているのにその口から出てくる言葉が全体的に酷い。あと殺してはいないのだが…そしてフェアプレイの精神をレフリー自ら全力でかなぐり捨てる煽り発言…それに呼応する場外の蛮性味溢れる観客お嬢様方からイカレタ怒声が上がる。


「殺せー!!」

「蛮族を生かして帰すなー!!!」

「八つ裂きにしろーー!!!」


蛮族はお前らだ…次々にクソ物騒な歓声が蛮族お嬢様方の侵入を阻む為のロープが張られただけの闘技場に響く。

この闘技場には入ってはいけない事になっているがロープに近付くと観客のお嬢様方から髪や腕を掴まれ羽交い絞めにされる。もちろん羽交い締めにされた者を対戦相手は自由に殴る事が出来る。公平性など微塵も考えない蛮族仕様のリングなのだ。

そんな蛮族仕様のリングの観客席のお嬢様方からは「殺ーせ!殺ーせ!殺ーせ!」と一様に殺気立った奇声を上げている。

ホントなんなのこの蛮族共…


「対する赤コーナーからは…我らが誇る最強の聖女!「厳粛なる」メリッサ・ロットンンンンン!!!!!」


「うわあああああああああああああ!!!!!」


観客の大歓声を掻き円形の闘技場に分け入ってくるのは周りの女より頭一つ、私より二つは大きい大柄の女性。メリッサと呼ばれた彼女は赤い髪に浅黒い肌、立派な筋肉を誇る偉丈婦だった。

大きく隆起した大胸筋を隠すのはお気持ちだけ巻かれた布切れ一枚。引き締まった腹筋は綺麗に割れ、発達した腿は私の胴より太い。筋肉の塊の彼女だが、その眉は端正で切れ長の目と相まって意志の強さを感じる美しい女性だった。


「メリッサ!今日の獲物は何にするぅ!?」


レフリーの女の子が問う。

ヤベーことにこの蛮族の饗宴は武器の使用が許可されている。一応殺しはダメなようだが理由がまた酷い。殺したその後に遺族の報復で乱闘騒ぎになるから気を付けろというものだ。実際に予選の立ち合いで負けて死んだ者の縁者が怒りに任せ場内に乱入し、それに乗じて関係ない者までもが飛び込み大乱闘となった。ついでにその乱闘で関係のないお嬢様が二人死んだ。蛮族が過ぎる。

令和の文明人として絶対こんな世界認めない…

そしてメリッサと呼ばれた偉丈婦が武器を選択する。


「槍を」


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


いい加減テンションを下げることを知らない蛮族共の喚声に頭が痛くなる。


「へぇお嬢ちゃん、よく見ると蛮族のクセに男みたいに可愛い面してるんだね」


対戦相手であるメリッサが私の顔を見て見下したような物言いをする。


「…それって褒めてるんですか?」


正直言葉の通り意味が分からなかったので聞き返したのだが返ってきた応えもまたしても意味が分からなかった。


「雄々しいって言ってんだよ!」


突如として振るわれる槍、開始の合図などは無い。ルールは「双方が納得したら負け」

一応例外として場外に飛ばされ観客にボコられ気を失った場合は試合終了となる。だが基本的に双方が納得するまで殴り合うルールらしい。何が頭おかしいかって優勢な方が「殴り足りるまで」戦闘が継続するという、無限の蛮性を感じるルールなのである。


ここにいるお嬢様方はただの観客も含め一人残らずあくびをしながらりんごを握り潰せる程度の力を持ってる。そんなお嬢様共を圧倒的な武威を以って束ねる偉丈婦がこのメリッサである。

彼女の槍は決して大振りをしない、堅実な衝きの連打を繰り出してきた。


だが令和の文明社会を離れて二年、私はこの異世界の森で一人さ迷い人外の力を身に着けていた。捨てたものもあるが得たものも多かった。


刃先は私の体の外側を撫でるように振るわれる。槍の長さで牽制を考えているのなら無意味だ。そんなモノで私は傷つかない、そして不意に槍が私の脚を捕らえた…捕らえたはずだったが刃先は肉に食い込まず柄がたわむ。その人体にあるまじき不自然槍の挙動にメリッサの表情が変わる。瞬間、私は槍自体がなかった事のようにメリッサへと突っ込んだ。

槍が無意味なものと理解した彼女は柄から手を離し、その巨躯から繰り出される長いリーチを以て迫る私の拳よりも早く顎に一撃を叩き込んだ。

だが甘い。私の体は槍が脚に当たっても、顎に拳が当たろうがもし目に指が食い込もうがかすり傷一つつかない。

顎を殴り抜いた拳の違和感から何かを察したのかメリッサの端正な眉が捻じ曲がるのを見た。


次の瞬間、私は彼女の腹筋を殴り飛ばしていた。拳に伝わる感覚は分厚いタイヤを殴ったかのような衝撃、この分厚いタイヤというのは文明人特有の感覚だ。だが彼女はタイヤではない、筋肉の塊でありせいぜい百キロかそこらなのである!

文明人の矜持を胸に私の拳は一撃で観客のお嬢様方十数人を巻き添えにメリッサを場外へと吹き飛ばす。彼女は途中竪穴式住居を破砕し、三十メートルほど吹き飛び動かなくなった。


「しょ…勝者、エーリカアアアアアアアアア!!!!」


観客のお嬢様方から悲鳴とも怒声ともつかぬ歓声が沸き、場外からゴミが投げつけられた。


◇ ◇ ◇


「約束通りの景品だ!」


村の長である妙齢の美女が悔しそうに吐き捨てる。約束…果たして何の約束だったか?

そうして闘技場に連れてこられたのは怯えた色白の少年、年の頃は十二くらいか。髪の色は金で瞳は翠、傍目に見ても美少年である。だがその少年の首には首輪とリードが付けられていた。

何の約束…何の冗談だ…


「約束通り優勝景品のデュオ!奴隷として売って良し!ヤッて良し!娶って良しの童貞よ!!」


黙れレフリー、可愛い顔して何言ってんだおまえ。


「ウワー私のデュオクンの童貞がー!」

「あんな雄々しいバーバリアンにぃー!!」


観覧席のお嬢様方からは悲鳴やら怨嗟の声やらが上がる。しね。

私の常識と乖離したこの世界の蛮族性に気が遠くなりそうになるのを抑え、眉間にシワを寄せつつも私は私の常識と良識に従い言葉をつむいだ。


「……いりません」

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