第30話

 引越し先だという家は、外見から分かっていたがやはり一人で住むには広い。通されたリビングらしき部屋以外にも、複数部屋があるのだろうことが家に入っただけで分かる。

 まだ荷解きが終わっていないのか、所々にダンボールが積み上げられているが引越しをしたと言うには少し少ない気がする。広い家だ、他の部屋に置いているのかもしれないが、リビングに置く家具があまりにも少なく、すかすかとしたアンバランスな印象が拭えない。

 寛ぐ訳にもいかず、立ったままきょろきょろと家の中を見渡す岡崎に平坂は恥ずかしそうに口を開く。

「あまりじっくり見ないで頂戴ね、まだ荷解きが終わってなくて汚いから」

「平坂さん、引越しにあたってお荷物はこれだけですか?」

「え? ええ、そうよ? それがどうかしたかしら」

「いえ、広いお部屋なのに家具が少ないなあと思いまして。ミニマリストってやつですか?」

「そうかもしれないわ、元々あまり家具は多くないから」

 平坂はそう言って、ペットボトルから紙コップへお茶を注いでいる。お茶請けとして出されたお菓子は、よくスーパーで売っている個包装のパイだった。

 遠慮せず手をつけた岡崎は、まだ部屋の中を見る目を止めずにじろじろと不躾に部屋を見渡している。島部と西園寺はそんな岡崎に呆れながらも平坂に問うた。

「いつこちらにお引越しを?」

「今日にでも引越しをする予定ですよ、戻って手続きをしようかと思ってます」

「戻るって向こうにっすか、ここから車だとだいぶかかるんじゃないっすか?」

「ああ、それは安心して。四茂野村では定期便が出てるの、船で戻るのよ」

「船? こんな山奥なのに船が出ますの?」

「ええ! 凄いでしょう? とっても住みやすいところなのよ」

 穏やかに笑う平坂に、西園寺は疑問を感じた。定期船として船が運行されていたとしても、車より時間がかかるはずだ。運転をしなくていいという利点はあるものの、それだけでは船を使う理由は薄い。

 加えて山奥なのにも関わらず、船が出ているのはおかしい。海や川に面した場所は、地理的になかったはずにも関わらず定期船が出ているというのはどういうことか。

 島部も同じことを思ったらしく、難しい顔をして手元の紙コップを見つめている。お茶請けにも手をつけず、思考をめぐらせているその姿は岡崎よりも信頼出来るかもしれない。

 当の岡崎は西園寺達の分のお茶請けまで平らげた後、お茶をすすりながら平坂にこんなことを問うた。

「平坂さん、この村の見どころとかありますか?」

「見どころ……そうですねえ。この村では夏にお祭りをするんです。その神社とかどうでしょう?」

「お祭りですか! どんなお祭りなんですか? 大変に興味があります!」

「ええと、確かこの村の守り神様に花嫁を面会させるんです。その後ろにその年に十八歳になった村の子供達が続いて、神様の加護を受けるんですよ。加護を受けた子供達はこの村で大人として認められるんです」

「ははあ、なるほど。この村は十八歳で成人と同じ扱いを受けるってことですね? なるほど、興味深いです! ちなみに、神様の名前とかってお伺い出来ますか?」

「はい、勿論です。ねむり神様っていうんですよ」

 にこにこと笑う平坂の手前、岡崎もにこにこと笑みを返した。しかし、岡崎はこの村に来たことを少々後悔していた。

 水込村の件は、オカルト的に面白かったといえば面白かったが、命がかかっているという絶体絶命感があった。流石にオカルト的事象に興味があり、詳しいと言っても命が関わることには出来るなら関わりたくない。

 故に、今になって岡崎は後悔していたのだ。村の神様に花嫁や生贄を捧げる村に、ろくな村はない。水込村がいい例だ。牛の代わりに生贄に捧げられるなど、たまったものではない。

 この村も、何か宗教関連で歪なのだろう。そんな先入観で岡崎は背筋を伸ばした。それは西園寺も同じようで、彼女は目に見えて頭が痛そうに表情を歪ませている。

「そうだ、是非皆さんに村の中を見て回ってほしいんです! 村の人達もとっても優しくて、この村に移住したいってきっと思うはずですよ!」

「そうなんですか? なら平坂さんにご案内を頼みたいですねえ」

「あ、ごめんなさい。私、少し村の方に呼ばれてまして皆さんのご案内が出来そうにないんです。本当にごめんなさい」

「あ、そうなんですね? なら平坂さんのおすすめの神社にでも行くことにします! お祭りと神様のこと気になるので!」

「はい、それがいいと思います。では私は少し席を外すので、皆さんお好きに村の中を見て回ってください」

 家の鍵はかけなくていいので。

 平坂はにこやかに笑って家を後にした。彼女の足音が遠くなり、聞こえなくなった頃真っ先に島部がフローリングに寝っ転がった。いつもは前髪で見えない目が顕になっているが、その目は固く閉じられしばらく開きそうになかった。

 西園寺は足を崩しながら溜息をつく。またか。そんな声が聞こえてきそうな溜息に、残る岡崎の気分も暗くなった。

「また、当たりを引いちゃったかもしれませんねえのれ」

「今回のは俺も悪かった、俺を認識できてる人間だからただのフィールドワークで済むと思ってたからな」

「そんな雰囲気ではなくてよ? あなた達どうして下さるの、わたくしまた前回のような目に遭うのは嫌でしてよ」

「私だって嫌ですよう! 嫌なので、この村について詳しく知る必要があると思うんですよ、神話形態とかを理解して手立てを考えないと。民俗学的に見たときにも有効な手立てとかあるじゃないですか」

「今回は村人に悪意がないだけ嫌ですわよ、この村自体がそもそもおかしいんじゃなくって?」

「それは言えてるかもな。そもそも地図から消えた村だからな。それだけで立派な曰く付きだ」

 寝転がったままの島部は、そのままの姿勢で唸るように声を出す。少々聞き取りづらい彼の言葉に、西園寺がまた溜息を漏らす。恐らく自身の判断を悔いているのだろう。今更になっても遅い話ではあるが。

 岡崎は意気消沈した二人とは裏腹に、やる気に満ちた目をして立ち上がる。そして窓の方へと歩み寄り、村の様子へと目を向けた。

 長閑な田園風景が広がるそこは、水込村と何ら変わりはない。さてここからどうしたものか。岡崎は神社が目視できる位置にないことを知るや否や、玄関へと飛び出して靴もそこそこに外へと飛び出した。

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