第10話

 夜が開ける頃には、梶野も落ち着いて西園寺にもたれかかって眠っていた。西園寺も梶野を抱きしめたまま、うつらうつらと船を漕いでいる。

 しっかりと覚醒しているのは岡崎一人で、彼女は時間のことなど考えずに島部へと連絡を取ろうと試みていた。

 流石に電話をするのは良心が咎めたのか、メッセージアプリでひっきりなしにメッセージを送り続けていた。それはある種、電気をつけらない状況下での自分用のまとめのようでもあった。

『こんな朝っぱらから何だ』

「おはようございます、ニコシマ先輩。出ましたよ、変なもの」

『早々にか』

「はい。先輩件って妖怪ご存知ですよね」

『まあ知ってはいるが、それがどうした』

「あれに似たものが出ました。頭と足だけが牛か山羊かの人型のなにかです」

『そんな怪異、妖怪聞いたことないぞ』

「だからオカルティックなんじゃないですか! 先輩は依頼の時いらっしゃったので、聞いてたと思いますが幻聴も出現しました。下駄の音です」

『それで?』

「その二つに因果関係、あると思います? 先輩の見解が聞きたいんですよね、私としてはあるともないとも言えないというか? 卵が先か鶏が先かって話になるのかなって」

 岡崎のメッセージの後、既読が着いてから暫く島部からの返答はなかった。恐らく彼なりに状況立てて考えているのだろう。岡崎はのんびりとその返事を待ちながら、先程引き合いに出した件のことを思い返した。

 件とは、数年先の豊穣を言い当てたり、吉凶を言い当てるとされる妖怪のことである。豊穣を言い当てるという所が、岡崎としては特に引っかかっていた。

 すかわて様は五穀豊穣を司る神だと咲穂は言った。そしてすかわて様には使いがいる。その使いがもし仮に件に似た格好をしていたら、あんな風かもしれないと思ったのだ。

 件は現在の京都府宮津市にて現れたとされるが、その件が形を変えて根付いたのがこの水込村だったとしたら。今起こっていることにも説明がつく気がしたのだ。

 ただつく気がするだけで、情報が足りない今はまだ憶測に過ぎない上に、ただの過程として成り立つかすら怪しいところだ。だからこそ島部という村にいない人間の視点が欲しかった。

 数分待ったあと、島部からはこんな文面が返ってきた。

『お前が因果関係があるともないとも言えるならそうなんだろう。現に梶野梨奈は俺の事を認識できていなかった。ということはお前の専門分野であることは間違いないし、お前の勘は外れることがほぼないからな』

「やっぱりそうですか? ですよねえ、先輩のこと怖くてオロオロしてたのかと思ったんですけど、やっぱりあれ先輩のこと見えてませんでしたか」

『怖いってなんだ、お前』

 島部の返信には何も返さず、岡崎はすやすやと寝こけている梶野へと視線をやった。

 島部笑太郎という男は、列記とした人間である。大学近くの古書店の跡取りであり、そこそこ繁盛しているのか大学を何留もする自由気ままな人間だ。

 一見岡崎とかかわり合いのなさそうな彼が、何故オカルト研究部として彼女に手を貸しているかはその体質のせいであった。

 島部は怪異を祓うことができる人間であるが、それが故にあちら側へ存在が半分持っていかれている人物なのだ。早い話が怪異に魅入られている人間には島部が認識できない。それも近ければ近いほど、島部のことが認識できなくなる。

 大体の霊障でオカルト研究部を訪れる人間は、島部の声が聞き取りにくいといったり、やけにそこだけ埃が舞っているみたいだと言ったりする。五感のうちの一つだけが微妙に阻害された形で認識されるに過ぎないが、梶野の場合は違った。


 梶野梨奈は、島部を一切認識できなかった。


 それだけ今回の奇祭や怪異と近しいのだろう。きっと梶野にオカルト研究部の部室内のことを聞いても、島部がいたという言葉は出ない。それだけ近しいものが彼女には付きまとっている。それこそ血縁であったり、遺伝子であったりそういった人体を構成する上で必要不可欠な何かが。

「もう少し村の中を調べてみます。先輩は慣習の方をよろしくお願いします」

『お前に扱き使われるのも慣れたよ、今日の夕方までにはお前に一報入れる』

「はい、どうぞよろしくお願いします」

 そこで島部からの返信は止んだ。また文献を漁る作業に戻ったのだろう。岡崎はスマートフォンを布団の上へと投げてから、同じように体を布団の上に投げ出した。

 梶野にだけ先発して出現した怪異である音。それから昨日の奇妙な人影。二つが結びつきそうで結びつかない。このなんとも言えないもどかしさが岡崎をずっと蝕んでいる。

 一度筋が通れば、怪異に対する手立ても自ずと分かるというのに筋が通りそうで通らない。島部にその補強を頼んではみたものの、彼の言葉もそれに足るものでは無かった。

 情報が少なすぎる。情報さえあれば、仮説までは立てられるというのに。そんなことを考えているうちに岡崎まで眠くなってきてしまった。

 大広間にいる誰もが布団に入っていないという奇妙な状態のまま、薄らとカーテンから陽の光が差し込み始めた。

 その光で目を覚ましたのは西園寺で、まだくうくうと小さく寝息を立てている梶野と、安らかに眠っている岡崎の肩を揺する。二人とも睡眠時間が短いだけ起こすのには苦労したが、無事に起きた二人に告げる。

「さ、今日から調査をするんでしょう。なら身だしなみを整えなさいな。布団も上げなければいけませんしね」

「西園寺先輩やる気ですねえ」

「昨日のことがありましたから! わたくしも流石にただ事では無いことぐらい分かりますわよ!」

「すいません、私のせいで厄介なことに巻き込んでしまい……」

「いいのよ、わたくしは気にしていませんわ。余裕を持つものが常に施しを与える側にいるというのは当然というもの。ですからわたくしの行いは全て貴女への施しなのですわ」

「は、はあ……」

「先輩、気にしなくていいって言ってるんですよ、なので大丈夫ですよ。私達ちゃんと外にも連絡取れる人いますから、いざとなったら迎えに来てもらいましょう」

 その言葉に、少しだけ梶野の顔に光が宿った。まだ助かる手立てがある。それだけで少し精神的な余裕が出来たらしい。

 梶野の精神状態が少し元に戻ったところで、まずは身支度から整えなければ話は始まらない。三人はテキパキと身支度を整え、起きてから二十分後には布団を上げてちらりとキッチンの方を見やった。

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