第5話

 高速道路を数本乗り継ぎ、その途中で岡崎に運転を代わって数時間。三人を乗せた車は水込村から一番近いインターチェンジを下りて下道を走っていた。

 インターチェンジから少し離れた場所にあったコンビニで車を停め、岡崎が運転席から下りてぐっと伸びをした。途中からの運転とはいえ、かれこれ二時間は運転をしていたことになる。体の隅から隅まで凝ってしまったような感覚がしてたまらなかったのだ。

 カーナビは依然目的地を指し示している。岡崎に変わって運転席へ乗り込んだ梶野が、カーナビを少し操作しながら周囲を見渡した。

「どうかなさったの? 先程から周囲を見渡してらっしゃるけど」

「いえ……前来た時から、随分変わったなと思って……。前はコンビニもなかったんです。なので、記憶を頼りにするには心もとないなと……」

「そういうことでしたの。道自体はそう大きく変わりはないでしょう。貴女の記憶通り進んで大丈夫なんじゃなくって?」

「そうですよお、なんか違うなあと思ったら引き返しましょう! ナビを見た感じだとほぼ一本道って感じですし、迷うこともないとは思いますが、なんか違ったら戻りましょう!」

「そ、そうですね、到着すればいいんですもんね」

 梶野は自分に言い聞かせるように呟き、シートベルトを締める。助手席には岡崎が座り、スマートフォンの地図アプリとカーナビとを連動させながらナビをするようだ。

 車がゆっくりと発進して約一時間。岡崎とカーナビのお陰で、道に迷っているということはなさそうだった。次第に木々が鬱蒼と生い茂り、車の行き来も少なくなる道に西園寺は多少不安げに表情を歪める。

 車の行き来が少ないこと自体は構わない。村と呼ばれる所は人の往来がそうなく、よく言えば独立、悪く言えば孤立しているような場所にあることが多い。それ故に車の数が減っていくのは分かる。

 だがしかし、あまりに道が悪いのだ。途中まではコンクリート舗装されていた道はいつからか土がむき出しになり、左右に大きく曲がりくねっている。

 まるで無理矢理山を切り開いたような悪路に、西園寺は少しだけ違和感のようなものを感じていたのだった。

 村である以上は、悪路も仕方ないのかもしれない。だがこんな山の奥にこの令和の時代になってまで住み続けるなど、時代錯誤も甚だしいのではなかろうか。

 そんなことを思っているうちに、車の視界がぱっと開けた。どうやら水込村に到着したらしく、周囲には田畑や家屋が立ち並んでいるのが確認できる。

 その光景を見てほっとしたのか、梶野が深く息を吐いた。それは安堵から出たもののようだ。

「無事到着出来ました、ここが水込村です」

「山の中なだけあって田んぼと畑ばかりですねえ、これ買い物とかはどうしてるんでしょう? 移動スーパーもここまではなかなか来れませんよねえ」

「通販もここでは中々使えないでしょうしね。仕事をするにも、生活をするにもこの時代ですから大変なのではなくって?」

「私はよく知らないんですけど、ちゃんと移動スーパーとかは来てるみたいですよ。祖母が買いに出かけているのを何度か見たことがあります。もう祖母はいないので、どうしてるのかは分かりませんが……」

「あら、お祖母様は亡くなられたの? てっきりわたくしお祖母様が成人の祭りをするのだとばかり思っておりましたわ」

「私もです、おばあさんじゃないならおじいさんですか?」

「祖父は祖母より前に亡くなってまして……。今回お祭りをやろうと言ったのは母なんです。母は離婚してから祖母の身の回りの事をするのに水込村へ戻って、それからずっとこちらにいるんです。仕事もリモートワークだとかで何とかしてるみたいです」

「あらそうなの、先入観って良くないわね。……あら、何かしら、村の人たちこちらに集まってらしてるわね」

 西園寺の不思議そうな言葉に、岡崎と梶野も車の外へ視線を移した。西園寺の言葉通り、彼女たちの乗る車に気がついたらしい村人達が車の方へと足を進めてきている。

 その動きは鈍くはあったものの、なぜだか統率が取れているかのように見えて気味が悪かった。農作業をしていたであろう村人は農具を放り出し、また井戸端会議をしていたらしい村人はぴたりと話すのをやめて車の方へと向き直る。

 それは異様な光景だった。村人達は車が通るであろう道に沿って誰が声をかけるでもなく綺麗に一列に並び、一様に車の方へ向かって拝み出したのだ。

 誰も声を出さぬまま、誰もがそうするのが当然とでも言うように手を合わせ頭を下げている。まるでそこを神様でも通るかのように。

 村人を引いてしまっては大事だと低速で車を動かしていた梶野は、その異様さにひっと息を飲んでブレーキをかけそうになった。それも仕方ないだろう。久しぶりに帰ってきた母方の実家でこんな扱いを受けるなどとは露にも思っていなかっただろうから。

 岡崎は梶野に止まらないよう指示を出しながら、車が通り過ぎた後を見るために体を後方へと捻った。車がとおりすぎたあとの道にいた村人達は、何事も無かったかのように農業や井戸端会議へと戻っている。

 その奇妙な道は、梶野が向かっているらしい一軒家までずっと続いていた。車が通り過ぎればなんてことは無い風景へと戻るが、進行方向に拝んでいる人がずらりと並んでいるのはとにかく異様な光景だった。

「……まれびと信仰でしょうか、先輩」

「ええ、その可能性はあるわね。ここ、車が出入りすること自体少ないでしょうし。わたくし達の来訪に合わせてこの御出迎えですもの、可能性としては十分にありますわ」

「あの、まれびと信仰というのは……」

「民俗学的な話になりますから簡単に説明しますけれど、要は外からの来訪者を異界からの神としてもてなす風習のことですわ」

「これ以上は難しいことになるので省きますが、とにかくあの人達にとっては私達がまれびとーー要するに神様と同じなんです。なのでああして拝んでいるんでしょうね、流石に色々あたってきましたが拝まれたのは初めてです」

「わたくしもですわ、まだまれびと信仰が廃れていないところもありますのね」

 梶野はまだ不安げな顔をしたままだったが、自身達が拝まれる理由に一応は納得がいったのか怯えることはなくなった。そして車は人の列に沿って進み、とある一軒家へと到着した。

 その一軒家の表札には「神凪」の二文字が荘厳と刻まれているだけであった。

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