第3話 森にお菓子を持っていくと、思わぬ客が来る

 会議室のいすは固いのに、すごく眠い。女王になった一週間前の緊張は、消えてしまっていた。


 今日も話し合いの時間が長すぎるよ。朝ごはんを食べてすぐ、四十五分も話を聞いている。中学校に入っていたら、授業が五分伸びるんだよね。むりむり。体育とか音楽なら嬉しいけど、ずっと文字を見ると逃げたくなるよ。ゲームのシナリオなら、自分に合ったペースで読めるのに。

 あくびを我慢していると、大臣がわたしに話しかけた。


「陛下。いかがなさいますか?」


 わたしは何を選ばされているの? イエスかノーで答えられない質問は、答えに困る。

 まばたきをすると、ルドヴィカが紙を見せた。会議の内容をメモしていたみたいだ。


 魔獣の被害が出た村に、補助金を出すこと。ジェンティ女王の戴冠式は来年だけど、今から大がかりな準備を進めること。

 特にダメなところがなさそうだし、オッケーでいいよね。空を飛べない人間が、火を吐くドラゴンに勝てる訳がない。だからこそ壊されにくい家を建てるお金が必要だ。羽があるなら、誰かを助けるために使えばいいのにな。わたしは大臣達に視線を向ける。


「承認します」


 割れんばかりの拍手に、まゆをひそめた。えらいのはわたしじゃなくて、民のために考える大臣達なのに。女王の顔色を見る必要はないと思うんだけどな。じゃあ、わたしはエーデルスタイン王国のために何ができるんだろう。界くんは、魔獣を倒せばヒーローになる。おとものジェンティも、民に尊敬されるはずだ。ジェンティが持てはやされるのは気に入らないけど、ほかの人に入れ替わりを分かってもらえないから仕方がない。わたしは城でやれることをがんばるしかないよね! 黄金の泉を掘り当てたり、新種の鳥を見つけたりしたら、大手がらのはず! 今日から自由行動の時間が増えるから、さっそく探索してみよう。


 自分の部屋に帰ると、侍女が紅茶を入れてくれた。


「午後はどのように過ごされますか? この天気ならば、狩猟に行けるのではないでしょうか?」


 わたしの頭の中に、白馬と矢が浮かぶ。ときどきジェンティの記憶が入ってくるんだよね。

 ひょっとして、ジェンティはウサギとかシカを捕まえていたのかな。馬に乗って弓を放つなんて、かっこいい!

 わたしも馬に乗ってみたくなったけど、今日の目的は探索だ。自分の足でいろんなところを歩きたい。


「森に行きたいわ。絵を描きたいの」

「かしこまりました。画材をご用意いたします。軽食もすぐにお持ちいたしますね。これから料理長のところへ行って参ります」

「ありがとう、ロミー」


 侍女の名前を呼ぶと、オバケでも見たように青い顔をしていた。名前を呼ばれたら嬉しいものじゃないの? 仲よしになるのは難しい。森の探索で少しは距離が縮まればいいな。


 料理長は、サンドウィッチとたくさんのお菓子を持たせてくれた。バスケットの大きさは、家族と行ったお花見を思い出させる。公園に行く途中で界くんと合流して、一緒に砂遊びをしたんだっけ。


 はぁ。界くんを思い出すとジェンティのことも考えちゃうから、別のことを集中しなきゃ。たとえば、ふんわりと膨らんだ帽子を胸元に抱えた、赤い髪の衛兵とか。細い目でにらんでいると誤解されがちなのに、心の中では怖がらせてごめんねって謝っていると見た! そういう子ほど、ヒロインの何気ない言葉にときめいちゃうんだよね。「あなたの目、ルビーみたいにすてきね」みたいな。


 ちょっと待って! 妄想していた衛兵が、だんだん近づいて来てる! じっと見ていたことがバレちゃったのかも。ごめんなさい、ごめんなしゃいいっ!


「女王陛下。お初にお目にかかります。護衛をさせていただくガリオンです」


 セーフ! 機嫌が悪そうに見えたのは、自己紹介を考えすぎていただけみたい。顔に感情が出やすいの、かわいいなぁ。


「こんにちは」


 わたしが頭を下げると、ガリオンは大きく手を振った。


「陛下は堂々となさってください。宰相殿に叱られてしまいます」


 むーん。あいさつする習慣がなかなか抜けないだけで、女王らしくないって思われてる。出会った人に頭を下げてあいさつをするのは、日本だと当たり前のことだったのに。立場のせいなの?


 むしゃくしゃする気持ちを絵筆にぶつけていると、小さな顔がキャンバスを見下ろしていた。


「きゃっ!」

「きいちご、おいしそう。きみ、絵がうまいんだね」


 コスモスの花で作ったような羽から、金色の粉がこぼれ落ちる。「ピーター・パン」みたいに、妖精の粉をつけたら飛べるのかな。好奇心がくすぐられ、人差し指を近づけた。


「空を飛んでみたい? それならお菓子をちょうだい。きみが飛べるだけの粉を、たくさんかけてあげる」


 妖精にクッキーをあげていると、子犬が足元にすり寄って来た。


「あなたもお腹が空いているの?」


 くぅんと鳴き声を上げた子犬に、にっこり笑顔になる。


「はい、どうぞ」

「陛下! その犬から離れてください!」


 ガリオンが大きな声を出した。

 びっくりするわたしの横で、犬はうなり声を上げた。金色だった毛は、深い緑に変わっていく。さっきまで子犬だと思っていたモフモフは、わたしの背丈と変わらない大きさになった。丸々としたしっぽで、えりまきが作れそう……じゃなくて!


「どうしちゃったの?」


 牙をむくぐらい怒らせた覚えはない。ガリオンはわたしの前に立ちながら、犬だったものの説明をする。


「あれは妖精の守護者、クー・シーです。陛下が危害を加えようとしたことを怒っているのです」

「わたくしはただ、クッキーをあげようとしただけよ」

「妖精をおびき出すえさだと思ったようです。クー・シーの近くには、妖精の国へ通じるゲートがありますから」


 わたしは妖精を捕まえるつもりなんてないのに! ただ空を飛んでみたいだけだったの!

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