死防銃戯-Corpses and Bullets-

こうけん

序章:誘いと願い

第1話 たったひとつの願い

 退屈を解決してくれるのは興奮だ。

 興奮こそ退屈への特効薬。

 別に楽しさなど求めていない。

 我々はなんでできる。なんでもやれる。

 寿命も老いも顔形、性別、欲望も形にできぬものは、なにひとつもない。

 ない故に誰もが退屈たる倦怠と停滞の海に沈んでいる。

 楽しみがあろうと、それはただの一時凌ぎでしかない。

 ならば行き着く先は単純。

 退屈ならば、興奮の種を植えればいい。

 停滞を揺さぶり動かす興奮させるなにかを生み出せばいい。

 この世は広い。まさにユニバース!

 我々みたく常に満たされる者がいれば、逆に決して満たされぬ者たちが存在している。

 満たされぬ日々を鬱蒼と過ごす者、ままならぬ世に失望している者、身の丈に合わぬ欲望を持つ者、晴らせぬ恨みを持つ者。

 渓流の魚が海水を求めるように、誰もが決して満たされぬことのない渇望を抱いて日々を無作為に過ごしている。

 いつか叶う、叶えられると希望を抱こうと現実は無常だ。

 なにひとつ叶えられぬまま、悔恨と失望を抱いて生涯を終えることなどままあること。

 渇望とは決して満たされぬ心の飢餓。

 そのような渇望抱く者たちに理想が叶えられると囁けばいい。

 目の前で実演し、嘘偽りの詐欺ではないと奇跡の片鱗を見せつければいい。

 そしてゲームクリアの暁には、願いをただ叶えられると誘えばいい。

 渇望が満たされると知れば、誰が参加を拒もうか

 その者たちが生き残り、願いを叶えられれば良し。

 叶えられず、命を落とすのもこれまた良し。

 生死など関係ない。

 我々の心を揺さぶり、ただ興奮させてくれれば構わない。

 


 我々は楽しみを求めない。

 感動を求めない。

 求めてやまないのはただ一つ。

 生き様という興奮だ!



 ――殺せ! 殺せ!

 ――引き金ぐらい感情で引け!

 ――その銃は己のエゴを弾丸と共に打ち出す装置だぞ!


 黒髪の少年アレルの目は血走っていた。

 動悸は収まらず、顔全体を不快な汗が覆う。

 その眼下には自身が押し倒した少女レインが瞳孔を揺らめかせている。

 抵抗はない。

 アレルは馬乗りとなる体勢でレインの額に黒鉄のリボルバーを突きつけていた。

 下手に抵抗すれば、即座に引き金が引かれるとレインは分かっているからだ。

 安全装置は既に解除され、引き金には人差し指が添えられている。

 ほんの少し引き金を引くだけでレインの命は消える。

 脳漿を炸裂させ死ぬ――殺せる。

 殺された友達を生き返らせる願いを叶えられることなくゲームオーバーとなる。

 だがアレルの中にある最後の理性が、憎悪の声に反発して引き金にかけた人差し指を引かせない。

「おまえが、おまえさ、いなければ……おまえなんて生まれていなければっ!」

 憎悪にまみれた声と拳銃持つ手の震えが止まらない。

 殺さぬ理由などない。生かす理由がない。

 例えルールで参加者同士の戦いが禁止されていようと、一発で仕留めれば戦いは起こらないし撃ち返される心配もない。

 押し倒した際、レインの拳銃は早々に蹴り飛ばし遠ざけている。

 だから結果として起こるのはアレルがレインを殺したという事実。

 そう戦いではなく、殺害であるためルール違反とならない。

「父さんも、母さんも、死ぬことなんてなかった!」

 アレルの震えた声に対しレインの瞳は死の恐怖に揺るがない。

 その気丈さが憎悪に火をくべる。

 家族を奪う要因となった人間たちが今なお生きている。

 許せない。容認できない。認められない。

 胸の奥底より猛り狂うこの感情をもう制御できない。

 二年間、抑えに抑え込んできた鮮烈な憎悪という狂気。

 もう止まらない。止められない。

「仇を討たせろ! 恨みを晴らさせろ!」

 心の奥底で沈めていた憎悪が爆発するのは時間の問題だった。

 レインの正体を知らなければ良かった。

 知らなければ良き共闘者としてゲームを進めていた。

 だが、知ってしまった瞬間、憎悪の感情がアレルの身体を突き動かし、レインを押し倒しては額に銃口を突きつけていた。

 理性では分かっている。分かっていると何度も説き伏せようと、解放された憎悪が制止させない。

 女一人殺したところで家族は帰って来ない。

 例え両親を生き返らせる願いがかなおうと、両親を虐げた社会は健在――また家族を虐げる。虐げに来る!

 無意味と分かっている故、アレルは復讐を選んだ。

「おまえの存在が俺たち家族を殺したんだ!」

 アレルはまぶたを閉じる。レインを抑え込む力を込める。

 否応にも思い返される温かな家族との記憶。

 もう二度と帰ってくることのない記憶。

 不条理にも引き裂かれ、奪われた記憶。

 おかえりという母の声も、ただいまという父の声も二度と聞くことができない。

 家族の後を追わないのも、アレルたち家族を虐げ陥れた者たち全員を一人残らず生き地獄に落とすためだ。

 死など一瞬のこと、刑務所に叩き込むなど生温い。

 家族を引き裂き奪ったことを後悔しながら一生苦しみ続けろ。

 それが、アレルのたったひとつの願い。

 この女が、レインが家族を引き裂いた根源を為すのなら殺さぬ理由などない。

 例え、幾度となく協力し合い、窮地を共に潜り抜けてこようとも――


「俺を助けたこと、あの世で詫び続けろ!」



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