第34話


 涙を流しながら、来た道を戻る。

 せっかく遊びに来たのに、大切な友人と言い争いになってしまった。


 夢中で石階段を下っていれば、突然腕を掴まれる。

 そこにいたのはココナと叶で、合流するために頂上を登っている途中ですれ違ったのだ。


 「……叶ちゃん」

 「何で泣いてるんですか?一体何が……桃山さんは?」


 言葉を探していれば、叶とココナが目配せする。

 何かあったことを察したのか、ココナは階段を登って撫子の元へと駆けて行った。


 「少し喧嘩したの、撫子と。けど大丈夫……親友だもん、仲直り出来るよ」


 必死に笑みを浮かべる姿が、痛々しかったのだろう。

 人気の少ないベンチへ連れて行かれて、ハンカチを差し出される。

 よく海が見えて、綺麗な場所だった。


 「……アイドルのオーディションを受けるべきだって言われたの」


 ともに切磋琢磨している彼女だからこそ、何があったのかを正直に告げる。


 「………確かにそれは私の夢だった。けど今は、動画配信者として活動することが楽しくて…叶ちゃんと色んなことをするのがいちばんのやりがいで……」


 スラスラと出てくる言葉に、自分自身が戸惑っていた。

 あんなにアイドルになりたかったはずなのに、溢れ出る言葉は紛れもない夢実の本音だ。


 「自分でもよく分からないんだけど……真っ先に浮かんだのが叶ちゃんの顔だった」


 真っ白な彼女の手を握る。

 ギュッと力を込めながら、胸が締め付けられるようだった。


 「……叶ちゃんと色々な経験をしたいって、そう思ったの」

 「……私も同じ気持ちですよ」

 「本当?」

 「演技は好きだけど、いまは夢実さんと夢を見ていたい。動画配信者としてどこまで輝けるのか、進み続けたいんです」


 指先で涙を拭われて、安心させるように微笑んでくれる。


 「一切迷いのない選択のほうが少ないです。きっとこれから先も色んな選択肢があって、ひどく後悔するような選択をする時もあるかもしれない…けど、失敗を恐れてたら何も出来ないじゃないですか」

 「うん……」

 「進みましょう?乗った船が泥舟か豪華客船かなんて分からないけど、岸に辿り着けば同じですから」


 あまりにも言い得て妙で、つい笑みを溢してしまう。

 夢実の笑みを見て、叶も釣られたようにふわりと頬を緩めた。


 「やっと笑った」


 ポケットからスマートフォンを取り出して、カメラをこちらに向けてくる。

  

 「……ほら、泣き止んでくださいよ。せっかく江ノ島に来たんです。SNSに載せる動画でも撮りましょう」


 目元を擦ってから、カメラに目線を向ける。


 何を言おうか悩んだが、自然と思い浮かんだ言葉を彼女に渡した。


 「……カナちゃん、大好きだよ」


 するりと彼女の手からスマートフォンが落ちて、ガツンと音をさせながら地面に打ち付けられる。


 耳は真っ赤に染まっていて、クスクスと夢実は笑ってしまっていた。


 「な、何言ってるんですか!」

 「自然と思い浮かんだから」


 スマートフォンを拾ってから、彼女の手に渡すついでにそのまま握り込む。

 叶に伝えたいことが、山ほどあるのだ。


 「……本当にありがとう。私に色んなことを教えてくれて」

 「夢実さん……」

 「夢が叶わなくても、思い通りの人生を送れなかったとしても……別の道にもまた違う喜びがあるんだって教えてくれた」


 自分のポケットからスマートフォンを取り出して、夢実も同じようにカメラアプリを開いた。


 「本当にありがとう」


 彼女のほうへレンズを向けて、同じように言葉を求める。


 「ほら、叶ちゃんの番」

 「……私も大好きです、夢実さん」


 普段通りの言葉遣いに、ついキョトンとしてしまう。ユメカナ♡ちゃんねるとしての叶は夢実に対してタメ口を使っているため、敬語はプライベート限定だ。


 「その口調だとSNSに載せれないよ」

 「じゃあ消してください」

 「それももったいない」

 「……じゃあ、飽きた頃に消して?」


 コクリと頷きながら、きっといつまでも自分の携帯に残り続けるのだろうと考えていた。


 こんなにも可愛い叶の動画を消せるはずがない。


 「……撫子と仲直り出来るのかな」

 「大丈夫です。真摯に向き合えば分かってくれる」

 「だといいんだけどなあ」

 「大崎さんから連絡来てます。帰りましょう?」


 私が着いてますから、と促されて叶と共に頂上へ向かう。

 もう一度彼女と顔を合わせることは怖いけれど、叶がいるから安心することが出来た。


 彼女の存在が頑張ろうと、勇気づけてくれるのだ。

 頂上へ到着すれは、そこにはすでに撫子とココナの姿がある。


 「……撫子」

 「さっきはごめん」

 「私の方こそ……」

 「けど嘘は言っていない。夢実は才能に溢れてるから、アイドルとして輝くべきだって、そう思っただけ。言い方は最悪だったけど、傷つけたかったとかじゃ……」

 「分かってるから」


 7年も一緒に練習生として切磋琢磨してきたのだ。

 彼女がどういう人間なのか、自分でよく分かっている。


 「ほら、夕暮れ綺麗だよ。みんなで見ようよ」

 「……そうだね」

 

 多くは語らずとも、きっとお互いが分かり合える。

 親友と仲直り出来たことにホッとしていた夢実は、これから起こりうる未来なんて想像出来るはずがなかった。


 この出来事があんな大事件に発展するなんて、夢にも思っていなかったのだ。

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