第14話


 クローゼットの中からお洋服を引っ張り出して、ベッドの上に並べていく。

 お気に入りの紫色のシャツに、可愛らしい水色のスカート。

 どれを着るべきか、もう悩んで1時間は経っているかもしれない。


 「……何着たら良いんだろう」

 「ねえちゃん、なにしてんの」


 ひょこりと顔を出したのは、弟の大翔だった。今日も元気にサッカーの練習に行くらしく、すでに練習着に着替えている。


 ベッドに並べられた服を見て、弟はげんなりした顔をして見せる。


 「……なんでピンク色とTシャツと赤色のズボンなの。変だよ」

 「変じゃないよ」

 「ねえちゃんダサいもん。かあちゃんと買いに行けば良いのに」

 「お母さんは忙しいでしょ。ていうかダサいって言うな」

 「だってダサいもん。友達にも言われたし」

 「撫子は可愛いって言ってくれる!」

 「あの人は……そういうひとじゃん」


 言っている意味が分からずに、小首を傾げる。


 「どういうこと」

 「ねえちゃんのこと大好きだから絶対否定しないってこと」

 「……でも、ダサくないし」

 「はいはい。けど服で悩むの珍しいね」

 「今日、デートだから」

 「は!?デート!?」


 浮いた話のない姉が、突然デートをすると言い出した。この面白い話を誰かと共有したくなったのか、弟は部屋を飛び出して母親の元へ走って行った。


 ドタドタとうるさい足音がした後に、「かあちゃん!ねえちゃんがデートするって!」と楽しげな声が聞こえてくる。

 

 「……ダサいかな?これ」


 夢実が持っている中で特にお気に入りの服だ。

 なぜそんなにボロクソ言われるのかちっとも分からない。

 

 「いや、やっぱり可愛い」


 誰がなんと言おうとも、自分のセンスを信じてあげたい。

 散々悩んだ末に、夢実は黄色のスカートと赤色のカーディガンを纏って待ち合わせ場所へ向かった。




 人通りの多い駅前にて、ボブヘアで小柄なあの子を待つ。少し早めに家を出たため、手持ち無沙汰にスマートフォンを弄っていた。


 カップルの動画配信者はたくさんいるが、同性同士のものはそう多くない。

 異性同士のカップルと求められる需要は同じだろうが、人気を博すためにはどうするべきかと考える。

 

 「すみません、おまたせしました」


 申し訳なさそうにしながら叶が到着したのは、待ち合わせ時刻の5分前だ。


 「全然待ってないよ」

 「けど待たせてしまったことに変わりはないですし……それより夢実さんの私服初めて見ました」

 「休みの日会うの初めてだもんね……あのさ、私ってダサい?」


 恐る恐る尋ねた質問。

 弟はダサいとしか言わないが、撫子は可愛いと言ってくれる。


 一体どちらなのだろうと、客観的な意見を聞きたくなったのだ。


 「いえ、可愛いですよ。オムライスみたいで」

 「それって褒めてないよね?」

 「顔が可愛いから何着ても可愛いです」

 「絶対褒めてない!ねえ、私ってダサいの?」

 「ダサくないですって!ほら、行きますよ」


 話は終わりだと言わんばかりに、スタスタと叶が歩き出してしまう。

 その後に続いて歩きながら、私服の叶も可愛いと考えていた。


 マスクをしていても目鼻立ちがはっきりしていることが分かるし、私服はカジュアルだけど女性らしさのあるフォルムで可愛らしいのだ。


 「今日どこ行くの?」

 「まずはショッピングです」

 「やっぱり私がダサいから…?」

 「違いますよ。ユメカナ♡ちゃんねるにあげる動画で着る服です。ペアルックだったら可愛いかなって」

 「なるほど……」


 数億のマンションをポンと買ってしまう金銭感覚の持ち主だから、てっきり超高級店にでも連れて行かれると思っていた。


 しかし叶がまっすぐに向かったのは、夢実もよく利用しているファストファッションブランド。

 

 全国展開していて、見知らぬ人とお揃いになると言われるほど多くの人が愛用しているブランドだ。

 

 これなら夢実でも買えると、ホッと胸を撫で下ろす。


 「叶ちゃんもここで服買ったりするの?」

 「たまに買いますよ。高校生のカップルチャンネルとなれば、ここら辺で買う方が同年代からも年上からもウケが良いと思います」


 手にしているカゴに、何着かワンピースを入れている。

 決断力があるようで、悩むことなく洋服をセレクトしていた。


 「この2着はデート撮影の時に着ましょう。あとは動画撮影ですし、トップスだけ買いましょうか」

 「そっか、下は映らないもんね」

 「はい。トップスはMサイズでいいですか?」

 「大丈夫」

 「よかった。そしたら色違いで着回しが利きますし、枚数も少なくて済みますね」


 年齢の割にしっかりしていると感心してしまう。あのマンションを購入したことも、色々と考えた故なのだろう。


 一度試着してみろと、黒色生地に白色ドットのワンピースと共にフィッテングルームへ押し込まれる。


 スカートとカーディガンを脱ぎ捨ててから、叶が選んだワンピースに着替えた。


 偶然にも、今日履いてきた白色のバレエシューズとよくあっている。


 「見せてください」


 言われるままに、カーテンを開く。

 そこにいたのは白色生地に黒色のドットワンピースを着た叶。夢実が着替えていた合間に、叶も色違いのワンピースを試着していたようだ。


 「叶ちゃん可愛い!」

 「……夢実さんも。じゃあ行きますよ」

 「え、着替えないの?」

 「せっかくだからこのままデートしましょう。すみません、この服買ってそのまま着ていきます」

 「承知致しました」


 そんなシステムがあるのかと驚きながら、ワンピースのタグを切ってもらう。

 お会計は一人、ワンピース2着とトップス3着で10000円。


 たくさん買った割には安いと思うが、高校生にしては痛い出費だった。


 「結構高いね」

 「私が出すのに」

 「ダメ!恋人同士は対等じゃないと」

 「……偽物のですけどね?収益化したらすぐに取り戻せますから、投資だと思ってください」

 「はーい」

 「メイク道具は……私のを使うとして。それじゃあ雑貨屋でも行きましょうか」

 「今度は何買うの?」

 「夢実さんの好きなものを知りに行きます」


 休日にお揃いのワンピースを着て、相手の好きなものを知るために可愛らしい雑貨屋へ行く。


 これではまるで本当に2人が付き合っていて、デートをしているようだとこっそりと考えていた。

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