第5話 穿刺

 リオは老人の熱が伝染病ではないと確信し、マスクを外した。

 そして、老人に状況と対策を説明した。


「おそらく、この膝が熱の原因です。関節の中に液体も溜まっているので、針を刺して溜まっている液体を除去します」


「は、針を、体に刺すんですか!?」


 老人は狼狽した。


 この世界の医療は存在せず、白魔術が傷や病気を治している。

 ゆえに、注射も存在せず、体に針を刺すなどこの世界の人々には考えられないことなのだ。


「安心してください。これは最新の白魔術です」


 この世界に存在しない医学という概念を説明して理解してもらうのは一朝一夕ではないので、リオはいつもこの方便を使って同意を得ていた。


 後ろでライナが「あー、また、平気でそんな嘘を」という顔をしているが、老人は気づいていない。


「関節内に溜まっている液体の種類にもよりますが、液体を除去するだけですっかり良くなる場合もあります」


 リオは、ややこしいことを省いて、今から行う処置の有益性を説いた。


「わかりました.........お願いします..........」


 老人は最終的にリオの言うことを信じて同意した。

 膝はとてつてもなく痛く、熱で体は重だるい。

 この辛さを一刻も早くなんとかしてほしかったのだ。


「ご理解いただき、感謝します」


 リオは鞄を開き、必要な器材を取り出した。


 消毒薬、綿球、注射針、注射器である。


 いずれもこの世界には本来存在しないものである。


 リオはこの世界で優秀な協力者を何人も手に入れいていた。


 主にはクラフターと呼ばれる生産職で、錬金術師、裁縫師、鍛冶師、ガラス工芸師といった人々だ。


 消毒薬は錬金術師、綿球は裁縫師、注射針は鍛冶師、注射器はガラス工芸師とそれぞれ協力して、長年かけて制作した。

 もちろん、元の世界の器具とはかなり劣るが、それでも実用に耐えうるレベルに達していた。


 リオは、老人の右膝の外側を消毒薬を浸した綿球で消毒し、注射器に注射針をセットし、膝蓋骨上方3分の1の位置の外側に針先を構えた。


「ちょっとちっくとします。動くと危ないので、頑張ってじっとしててくださいね」


 老人はうなずいて、ギュッと目を閉じた。


「それじゃ、刺しますよー」


 そう言って、リオは針先を皮膚の中へ押し進めた。

 老人は、言われた通り、ぐっとこらえて我慢した。


 1-2cm押し込んだあたりで、注射器の押し子を引き注射器内に陰圧をかけると、針を通って黄白色の液体が出てきた。

 リオは針の向きや深さを微調整し、膝関節の中の液体をできるだけ引ききってから針を抜いた。


「終わりました。お疲れ様でした」


「ありがとうございます.........」


 老人はふうと息をついて安堵した。



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