第2話  春 その二

やがて、少年たちはフェンシングの話を始めた。

イザベラの背後で少年たちは、とうとう剣を抜いて、図書館という場所もわきまえずその若者に手取り足取り教えてもらっているらしかったが、イザベラは何故か振り返って見ることが出来ず、ただ全身全霊で若者の話に聞き入った。

剣の持ち方から戦場での心構えまで、若者は請われるままに少年たちに語って聞かせた。 その言葉の一つ一つにイザベラは涙が出るほど心を揺さぶられた。


暫くしてイザベラは、足元にジョバンニの羽根ペンが落ちているのに気がついた。

イザベラは羽根ペンを拾い、そっとジョバンニに渡した。

途端に、ジョバンニも若者も話すのをやめ、若者はイザベラの顔を見つめた。

ジョバンニはいつになく満面の笑顔でイザベラの顔を見上げ、いつになく優しい声で

「有難う。」

と言った。

イザベラはどぎまぎして、目を伏せたまま会釈して自分の席に戻った。

やがて、少年たちは後に残り、若者は独り帰って行こうとした。

若者はイザベラのテーブルすれすれに通って行こうとした。

驚いてイザベラは、思わず顔を挙げた。

途端に若者は立ち止まり、ぎごちなく振り返って少年たちに何か話しかけた。

その時イザベラは、はっとした。 若者の胸に紋章が見えるのだ。 目を凝らして見ると、それは黄金の獅子と黒い鷲だった。イザベラは、どこかで見たことのある紋章だと思ったが、どうしても思い出せなかった。

我に返ってイザベラは若者に会釈した。

すると、立ち去ろうとしていた若者は、もう一度立ち止まってぎごちなく振り返り、ジョバンニたちに何か呼びかけてから帰って行った。


その夜、イザベラは毎日の様に母の部屋に行った。

毎晩、寝る前に母にだけ、その日あったことを全てお話しするのだ。

「ねえ、お母様。」

話しながらイザベラは母を揺り起こした。

「ごめんなさいね。 今日は本当に疲れているの。」

そう言いながら、母はまた居眠りを始めた。

春の夜は空気もぬるみ、燭台の光が壁の絵を柔らかく照らしていた。

「今日、図書館で不思議な人に会ったの。」

イザベラは「ラテンの部屋」で会った若者の事を話し始めた。 すると、今までいくら揺り起こしてもすぐに眠り込んでしまった母が、急に目を覚ました。

「何ですって?

今、黄金の獅子と黒い鷲って言わなかった?」

「お母様、一体どうなさったの?」

「それは、ゴンザーガ家の紋章なの。 

きっとフランチェスコ様に違いないわ。」

「えっ?」

イザベラは、息が止まるほど驚いた。

                 つづく


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