第3話 わたしの正体

「すみませんね。突然で驚いたでしょう?」


 校長室に連れて来られたわたしは、校長先生によってソファに下ろされた。わたしの傍には、町中でおいて来てしまったわたしの通学鞄が置かれている。探してきてくれたのだろうか。

 対面するソファに校長先生が座り、穏やかな口調で話し始める。


「実は、とある生徒が入学式後最初の登校日に来ないという事件がありましてね。その生徒のご自宅に電話をしたんです。すると、お母様が驚くようなことをおっしゃったんです」

「にゃあ?」


 わたしが首を傾げると、校長先生は肩を竦めて困った顔をした。


「これは、私が言うよりもお母様に聞いた方が良いでしょう。その姿のままで歩くのは危険ですから、車でお送りしますよ。猫山春花さん」

「!?」


 どうしてわたしが猫山春花だってわかったの!? そんな言葉を叫ぶことが出来るはずもなく、わたしは校長先生に抱き上げられて車に乗せられ、行きの半分以下の時間で自宅まで辿り着いた。

 校長先生がわたしを抱き上げて家のチャイムを押す。するとすぐにバタバタという足音が聞こえ、母がドアを開けた。その顔は焦りに焦っているように見える。


「ごめんなさい、お世話かけました!」

「いえいえ。私も驚きましたが、覚えがあるので大丈夫ですよ」


 ぺこぺこと頭を下げる母に、校長先生は笑ってわたしを差し出す。


「ああぁっ! 春花ちゃん! 何も説明しなかったお母さんを許して……」

「み……」

「猫山さんのお母様、苦しそうですよ」


 ぐえっとなっていたわたしに気付いた校長先生が母を注意してくれ、わたしはようやく母の手から解放された。

 それから校長先生が去り、母はわたしを居間に連れて行く。そしてソファの上に置き、隣に腰掛けた。

 猫のわたしは母の顔を見上げて、母の口からわたしが猫に変身してしまった理由を聞かせてくれるのを待っている。だって、ずっとこのままだったらどうしようという不安がずっと心にあるから。もう学校に行けないのかどうか、はっきりさせたい。

 わたしがあまりにもじっと見つめていたからか、母はガクリと項垂れた。そして「あのね」と話を切り出す。


「あのね、春花ちゃん。これからお母さんが話すことは、信じられないような話だと思う。それでも、最後まで聞いてくれる?」

「……みゃー」

「肯定、と受け取るわね」


 その通り、とわたしは頷く。

 母はほっとした顔で、ゆっくりと話し始めた。その内容は、きっと何度聞いても夢物語だと思われる程にマンガのような話。


「お母さんは日本人なんだけど、貴女のお父さんはね、なんとこの世界の人じゃなかったの」

「……み?」

「まあ、きょとんとして当然よね。異世界転移なんて、マンガや小説の中の話ですもの。でもね、実際に昔から何人もの人たちが転移して来ていたの。貴女のお父さんもその一人で、詳しくは教えてくれなかったけれど、猫の獣人だったの」


 異世界転移者の存在に、獣人が父親だというカミングアウト。わたしは目が回る錯覚を覚えながら、一言も聞き漏らさないようにと耳をそばだてる。


「お父さんの名前はハーフルド。貴女が物心つく前に元の世界に戻ってしまったから、覚えていないでしょうけれど」

「……」

「お父さんがね、言っていたの。『春花は人間と獣人のハーフだから、十三歳になった時にきっと猫になってしまうと思う。そうなる前に、この子に教えてあげてくれ』って。……なのにお母さん、今日が春花のお誕生日ってことは覚えていたのに、お父さんの注意をすっかり忘れていたのよ」


 うなだれる母を眺めながら、わたしはようやく納得した。

 猫になってしまったのは、父親が猫の獣人だから。これが嘘かどうかなんてものは、今問題にならない。実際問題として、わたしは今猫なんだから。

 驚きも戸惑いも感じていたけれど、わたしが現在一番知りたいのはそう言う話ではない。どうやったら人間に戻れるのか、ということ。

 わたしがじっと自分を見ていることに気付いた母が、ようやく気付いた。


「ごめんね、春花ちゃん。大事なことを伝え忘れていたわ。猫化した時は、強く念じるか負荷の大きい感情を持つと人間に戻れるから。これは、猫になりたい時も同じよ。……他の話は、人間に戻ってからしましょうか」

「……っ」


 わたしは母の言った通りのことを試す。つまり、頭の中で「人間に戻りたい」と何度も何度も唱えたのだ。

 すると、徐々に体が温かくなっていく。


「あ……戻れた」


 気が付くと、わたしは人間の姿でソファに座っていた。

 ほっと胸を撫で下ろすわたしの横で、母は嬉しそうに涙ぐんでいる。そして私を抱き寄せると、小さな声で「話すのが遅くなってごめんね」と謝ってくれた。


「本当だよ。本当にびっくりしたんだから! 猫になっちゃったから道に迷うし、教室に入れなかったし、どうしたら良いのかってとっても不安だったんだからね!」

「無事でよかった。事実を目の前にするまで話さなくて、本当に申し訳なかったわ……。改めて。お帰り、春花。お誕生日おめでとう」

「ありがとう、お母さん」


 その日の夕食は、わたしの好きなものばかりだった。ハンバーグにコーンスープ、そして苺のショートケーキ。

 朝から散々な目に合ったけれど、今は誕生日を楽しもう。わたしはそう心に決めて、寝るまでの時間をゆっくりと過ごした。

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