次に冷凍庫を開ける。もともとそんなには入っていないが、アイスがひとつなくなっている。

 一人暮らしの生活で、ご褒美がなくなることが無いひゃっほーと喜んでいた過去の私よ、ご褒美は突然消えるぞ。まあ、いいんだけど。


「抹茶のアイス食べました?」

「俺デース……」

「そう言えば、昼に冷蔵庫の下の引き出しを開けていましたね」

「いや、いいんですけど。お口にあいました? 他の味も買ってきましょうか」

「確かに色の違うのが入ってたな……抹茶がおいしかった」

「基本はミルク味。そこに、抹茶とかイチゴとか味や風味をつけていく、感じかな。たまに、ご褒美で買うんです」


 申し訳なさそうに後ろめたそうにしていたのは一瞬だった。

 冷蔵庫に今残っているのは、ミルクとイチゴ味だ。瑞枝も興味が湧いたらしく聞いたら後で食べてみるということだった。お風呂上りに食べるのがお勧めだと伝えたら、せっかく体を温めたのに冷やしてどうするんですか? という目で見られた。その目、後で絶対思い出させてあげます。

 こういう点は藍の方が、手が早いかもしれない。食に貪欲、ともいうが瑞枝に用意する食事の半分以上は藍の胃袋に消えていく。あの骨と皮だけの身体のどこに吸い込まれていくのか、いつも不思議でならない。

 反対に瑞枝は、食よりも文化的なものだったり今の人間の暮らしに必要だったりするものに対して興味を引かれることが多いように思う。

 まどかがパソコン代わりにしているタブレット端末も、使用したい時は言って返してもらうが使用していない日中は、瑞枝の知識を補完する端末へとすり替わってきている。

 瑞枝が今まで生きている間に得た知識と現代における知識のすり合わせをしているようで、検索欄に歴史の授業で聞いた事がある名前や言葉で溢れてきている。


 レンジでの温めが終わり、出来たお味噌汁も持ってリビングに行く。あとはお箸と取り皿を並べて食べるだけ。簡素で手間暇をかけていない気もするが、それはまた出来る時にやればいい。

 お風呂を洗ってない事を思い出して、先に準備しておこうと風呂場へ行くと、浴槽や周りが綺麗になっていた。

 聞けば瑞枝が掃除をしてくれたとのことで、ありがとうと伝えた。ちょっとずつ瑞枝が万能主夫になり始めていることに危機感を覚えなくもない。

 居候に家事を任せるなんて、漫画や小説にありそうだな、と思いながら。


「少し慣れて来たので、いろいろ試しているだけですよ。雨風しのげる場所に置いてもらっている訳ですし」


 瑞枝はひょうひょうとして何でもない事のように言ってのけたが、お風呂だって入る習慣がなかったし食事も皿に分けることが一般的ではない彼らにとって、それらは不要なことで余分なことではないのかと不思議になる。


「そんなことないです。学業とバイトでへろへろだから、とても助かります」

「瑞枝がやりたくてやってるうちは放っておいていいと思うゼ」

「藍は何もしなさすぎですよ、一日根付けになってるか食べて寝ているだけでしょう」

「俺は物理攻撃の要だから、いいんですよー」


 夕飯を食べながら談笑する。二人が来てからの時間は不思議だけれど、ルーチンワークになっていた夕飯を温かくて楽しいものにした。

 一人も楽だと思っていたけれど、本当は少し淋しかったのかもしれない。

 まあ、ここにいるのは、人間の姿をしているけれど人間ではない妖怪と人間の姿にはなれないがストラップほどの大きさに伸び縮みできる傘の妖怪なのだけれど。

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