第20話勘 違いとすれ違う叶芽

 気がつくと見知らぬ天井の部屋に寝かされていた。その横には叶芽……いや、この髪型は呼詠さん?が心配そうな顔で手を握ってくれていた。


 俺は途切れた記憶を手繰り寄せた。あの時、確か……叶芽とあの男が抱き合っていた事に、怒りを覚えて殴りかかった……そうそしたら、逆にぶっ倒れて……そこからの意識がない。

 

「五條君、目が覚めたの?大丈夫、どっか痛いところある、頭は、体は、どこも怪我してない?」

 早口では動揺しながら、やし立てるように問診された。呆気に取られた俺はなにも言えずにただ呼詠さんの顔を見ているだけであった。

「私の顔になにかついてるの?」

「そうじゃないんだ……ただ無事でいてくれて良かったと思ったんだ」

 

 俺は正気を取り戻したのだが、なにがどうなってここにいるのかよくわからなかった。呼詠さんがホッと一安心した表情で事情を説明してくれた。


「ごめんね。あの時すごい騒ぎになっちゃったね。

五條君、投げ飛ばされて気を失っちゃったんだよ。覚えている?」

「ぼんやりだけど……覚えている」

 そう俺は……あの男に投げ飛ばされてしまった。竹刀さえ持っていれば、遅れは取らなかったはずなのに……残念だ。

 

「あの男に何かされたの?」

 俺は呼詠さんの手を手繰り寄せ、気づけば問い詰める形となっていた。呼詠さんは驚いた顔を横に背け目を逸らしてしまった。

「あの男って……橘 火希たちばな ほまれさんのこと?」

 ――橘 火希って言うのか?あの男は……

「うん……呼詠さんを泣かせていたじゃないか」

「泣かされた訳じゃないのよ……ただ私の目に砂埃が入ったようで、涙が出ちゃったの。それで急に入れ替わっちゃって、びっくりしちゃっただけだよ」


ーーなんだそうだったのか……良かった。

 ホッと一安心したのもつかの間、呼詠さんが気まずい質問をしてきた。

 

「五條君こそ、あの場所で、なにしていたの?」

――マズい、呼詠さんを尾行していたなんて言えるはずがないだろう……

 俺はとっさにうそをついてしまった。

 

「俺は、まだこっちに来て間もなかったので、丘石先生にお願いしてドライブに連れて行ってもらったんだよ。そしたら呼詠さんとあの男に出会ってしまっただけさ!」

 

 呼詠さんはちょっと不機嫌そうな顔をして、『そんなこと言っちゃダメだよっ』という風に、俺の口を指で抑えた。

「橘さんだよ。あの男って言いちゃぁダメだよ」

「ごめんなさい。その橘さんのことがやっぱり好きなの?」

 

 最初呼詠さんは驚いた顔をしていたが、ゆっくりと橘さんのことを説明してくれた。

「違うの。橘さんはお母さん達が、神戸に住んでいた頃のお隣さんだったらしいの……あれ?でもこの話って、お母さんから、なにも聞いてないの?叶芽の日記には『カフェテラスで話してくれていた』って書かれてあったんだけど……」

 

ーーカフェテラスでの話?でもあの時そんな話はなかったぞ。 

 俺は驚き戸惑いながらも、苦い顔をして答えた。 

「いや……橘さんのことは……なにも聞いてはないよ。ただ世間話をして話は終わったんだよ」


――もしかして、あのことなのか……?

『あの子なら、きっと大丈夫!ちゃんと自分が進む道が見えているもの、あの子に任せていれば安心よ』って……そういう意味だったのか?


「そうなんだね……もしかしたら叶芽も心配してると思うから一度代わるね」

 

 呼詠さんはそういうと、目の前で小さい小瓶のフタを取った。すると玉ねぎの香りが広がり、すぐに涙がにじみ出てきた。


「うわぁぁぁ、ちょっと待ってくれ、呼詠さん!」

――今、代わってもなにを話せっていうんだ!

 

 その願いも虚しく呼詠さんは叶芽と入れ替わってしまった。呼詠さんを止めようとした途端、誤ってベットから転がり落ちた。そして横にいた彼女の上になだれ落ちた。


 その時、俺の唇が彼女の額とぶつかっていたことにさえ気づくことはなかった。

 

「痛った……ってあれ、ここは……えっ!」

 俺の顔が自分の目の前にあり、かなり驚いた表情をしていた。

 

「あっ、ごめん!これは、えっと……違うんだ」

「そう……そうなんだ。違うんだ」

 

 パチン!

叶芽は俺を一発殴ったあと、なにも聞かず黙って部屋を出て行ってしまった。


 廊下に出た叶芽はドアに寄り添い、自分の額を手で撫でていた。頬の火照りと動揺している自分を抑えむことに必死になっていた。

 

ーーなんだ……違うのか?……残念


「あら呼詠、陸君の具合はどう、大丈夫なの?」

 ベッドから落ちた物音に気づき、一階の店から美和母さんが部屋へとやってきた。

 

「うん!もう、かなり元気だから大丈夫だよ」

「そう……なにかあったの?顔赤いけど……」

美和母さんが叶芽の顔を見て嬉しそうにしていた。

 

「別になにもないわよ……私、お店の方へ行ってるからあとお願い……今日は暑いね」

 

 叶芽はおでこを気にしながらも、いつものように髪をかきあげてポニーテールを作ると、一階のお店へと降りて行った。


 俺も叶芽のあとを追いかけて廊下に出ると、そこに美和母さんが立っていて、ぶつかってしまった。

 

「あっ……すみません」

「いいのよ陸君、もう大丈夫なの?」

 

「はい、すっかり元気です。お騒がせしました」

 俺は元気そうに振る舞い、大丈夫なところをアピールしたのだが、俺の顔も赤いことも見抜かれてしまった。

 

「大丈夫よ。それよりも、また呼詠となにかあったの?」

 俺の頬に付いた手形を見て、ニヤニヤと嬉しそうな顔をして首を突っ込んできた。

「いえ、別にやましいことなにもないです……絶対になかったです」

「そうなの?残念……」

 

 窓の外からトンビの寝ぼけた鳴き声が聴こえてきた。あまりの暑さにタラりと汗がこぼれ落ちた。


 フゥ〜んと覗いてくる美和母さんを誤魔化すために話題を橘さんのことに変えて聞いてみた。

「あの……橘さんのこと、どうして教えてくれなかったんですか?」

 

 美和母さんはキョトンとした顔で、不思議そうに俺を見て悩ましい笑顔をみせた。

「あれ……話さなかったかしら……?てっきり話したつもりだったのよね。勘違いしてたみたい。ごめんなさいね」


 美和母さんは俺の表情を伺いながら、ゆっくりと続けて話始めた。

「そうそう火希君のことよね。私達が神戸に住んでいた時に叶芽という子が居たことは話したわよね」

「はい……」

 

 美和母さんは廊下の窓から見える海を眺めながら、昔懐かしい話を嬉しそうに語り出した。

「叶芽は、よく火希君に遊んでもらっていたのよ」

 

――そういえば、橘さんはお隣さんだったって言っていたよなぁ。叶芽と歳も近かったただろうし一緒に遊ぶこともあったのだろう。なんて羨ましいやつだ!

 

「あんなに大きくなって、今じゃ花火師の仕事をしているらしいのよ。すごいわよね。」

 だからなのか、橘さんが喫茶店に来て、懐かしいさのあまり叶芽とも知らず、話をしていたのか……

 

 さらに美和母さんは、橘さんを我が子の成長を喜ぶ親のように自慢げに話を続けた。

「彼ね、明日行われる花火大会で、自分が作った花火を打ち上げてもらえることが決まったのよ」

 

――だから花火大会の準備と懐かしさを兼ねて、よくここに来ていたのか。

 

「だから、橘さんと呼詠さんのデートを許したんですか?」

――何言ってるんだ俺はこれじゃ、ヤキモチを妬いているみたいじゃないか……

 

「デート?そうじゃないのよ。ただこのあたりのことを、あまりよく詳しくないらしいらしくて、呼詠に観光案内してもらってただけなのよ。勘違いさせちゃったみたいで、ごめんなさいね」

美和母さんはなぜか嬉しそうな顔をして俺を見ていた。

 

ーーそんな顔で俺を見るのはやめてくれ……俺の早とちりと勘違いでみんなに迷惑をかけてしまった。俺はなんてことをしてしまったんだ。いくら謝っても償えない……とんだ大バカ野郎だ!

 

「俺、橘さんに謝ってきます」

「それがいいかもね……」

 

 俺は一階の店へと降りて行った。昼過ぎの忙しい時間帯はすぎ、閑散とした雰囲気の中、叶芽と福田先輩が椅子に座って話をしていた。多分今日の出来事を話していたのだろう。

 

「おぉー五條!生きておったか?良かったの……」

 福田先輩は俺を捕まえググッと抱き付いてきた。

 ーー先輩……近いよ、臭いよ、苦しいよ。

 

「はい、福田先輩にもご迷惑お掛けしました」

「五條よ、すまんかったなぁ!」

「はい?」

 

「橘さんが柔道三段の腕前だとは思わなんだんじゃ……」

ーー柔道三段だって……だからあんなに強かったのか……

 それを聞いて俺の闘争心に火が付いてしまった。

「橘さんは今どこですか?」

「あぁ、外で丘石先生と話をしとるよ」

 

「ありがとうございます。俺、橘さんのところに行ってきます」

「そうか……頑張れよ」

 福田先輩がグッジョブサインで俺を見送ってくれて、店のドアに手をかけて出ようとしていた。

 

「陸……」

 叶芽が俺の腕を掴み、なにか言いたげな不安そうな顔で引き留めてきた。


「大丈夫……喧嘩をやりに行くんじゃないよ」 

 そんな彼女の手に触れ、大丈夫っとにっこり微笑むとドアを開いて外へと出て行った。

 

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