第5話 辺境へ

 卒業パーティーから帰ってきた私は、婚約破棄を告げられたことを父に報告した。それから、イジメの冤罪を被せられた件についても報告する。


 返ってきたのは、淡々とした反応だけだった。特に何も言われること無く終わったので、私はホッとした。


 それから、婚約を破棄するための手続きが行われるだろうと思っていた。ついでに、イジメの件について事実調査を早く進めてほしい。真相を明らかにしたい。そうすれば、新たな縁談の申し込みも来るかもしれないから。家のためにも早く、新しい相手を見つけておきたい。


 だけど、色々と事情が変わった。フィリベール王子から私に、代わりの婚約相手を紹介してくれたから。


 王子が紹介してくれた相手は、何やら色々と事情がある人物のようだ。けれども、辺境伯らしい。王子から婚約破棄を言い渡された私にとっては、十分過ぎる相手だ。父も、その相手を認めて早々に婚約が成立した。新たな繋がりが出来たから、結果的に良かったと喜んでいた。私も、家のために役に立てて良かったと思う。


 私と結婚してくれる相手なんて見つけられるのかと、心配していた。だけど新たな相手が思いのほか早く決まってくれたので、私の心配は無くなった。


 貴族の令嬢として、家のために結婚する相手を見つけるのは非常に大事なことだ。


 婚約する相手が決まったので、イジメの件についてわざわざ調査する必要もない。 


 名誉を回復するためには、調査を行って真実を明らかにしたほうが良いとは思う。だけど、そこまでする必要性を感じないから。調査するためには費用や人手が掛かるし、それで得られる成果も少ない。事実がどうなのか、気にしている人も多くないと思う。


 それに、向こうの協力者は王子。強大な権力者と争うことになる。ロザリーという令嬢は、彼のお気に入りのようだったし。


 私が彼女をイジメたなんて事実は無いので、争ったら負けるつもりはない。でも、色々と面倒そう。全てを終わらせるのに、長い時間が必要そうだった。


 どうせ私は、婚約相手が居る辺境に行くことになる。王都から離れることになる。気にする必要もなくなる。貴族令嬢の醜聞なんて、放っておけばそのうち消えるものなのだから。


 だから、王子と争うなんて面倒なことはスルーしたほうがよさそうだと考えた。


 親友のミリアンは、私の名誉が傷つけられたままなのは許せないと、調査を進めるべきだと主張してくれた。何人かの友人も、協力すると約束してくれた。


 友人たちが味方になると申し出てくれたのは、とても嬉しかった。だからこそ、今回の件についてはスルーするべきだと思った。こんな面倒なことに優しい友人たちを巻き込みたくはないし、必要のない争いだから。


 そんな些細なことよりも、フィリベール王子の新たな婚約相手が誰なのかについて注目を集めることになるはず。イジメの件について、すぐ忘れ去られるだろう。


 私も新たな婚約相手を紹介してもらって、その話も順調に進んでいる。なので名誉の回復とか、事実を明らかにする必要なんて無いのよね。


 そんな事よりも今は、やるべきことがあるから。




「本当に行っちゃうのね?」

「ごめんね、ミリアン。色々と手助けしてくれる、って言ってくれたのに」

「いいのよ、レティシア。貴女の事情は理解しているから」


 これから私は、新たに婚約したスタンレイ辺境伯のもとへ向かう。親友のミリアンが旅立ちを見送りに来てくれたけど、ここで彼女とお別れだ。


 私達は泣いていた。出来ることなら、別れたくはない。けれども、お互いに将来を約束した婚約者がいる身。このまま一緒に居たいとワガママを言っていたら、色々な人達に迷惑をかけてしまうだけだろう。


 私は辺境に行って、彼女は王都でそれぞれの道を進む。別々の道を歩むのが正しい選択だと思う。


 それでも寂しいものは、やっぱり寂しい。ミリアンと一緒に学園で過ごした日々はとても楽しかったし、彼女の優しさには何度も助けられた。


 彼女の存在は、私にとってかけがいの無いものだった。

 

 この場を離れたくない気持ちはあるけれど、仕方がない。もう決めたことだから。しばらく泣き続けた後、ようやく落ち着いた私達は笑い合うことが出来た。


 名残惜しいけれど、もう行かなくちゃ。


「そろそろ、時間だ」

「そっか……」

「うん。行ってくる。到着したら、手紙を送るわね」

「待ってる。絶対に、向こうで幸せになってね。貴女は、幸せになるべきなのよ」

「ありがとう。ミリアンも幸せにね」


 向こうに到着したら、最初は絶対にミリアンへ送る手紙を書く。そう心に刻んで、私は馬車に乗り込んだ。


 ガタゴトと揺れながら走る馬車の中。窓から外を見てみると、どんどん遠ざかっていく王都の姿が見える。やがて、その姿は完全に見えなくなった。

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