#21「脚本会議(前編)」


 六限目の授業が終わり、月曜日の終了を告げるチャイムが鳴り響く。


 担任の先生が教室に戻ってくると、帰りのホームルームが始まった。


 先生の連絡がひと通り終わった頃合いで、おもむろにクラス委員長の宇佐見うさみが教壇の方に歩み寄り、連絡事項を報せてくれる。


「この後、脚本会議を行うので文化祭の脚本係の人は残ってくださいねー」


 そう、宇佐見の言うようにこれから脚本会議があるのだ。


 帰りの挨拶を済まし、放課後に突入すると周囲のクラスメイトがぞろぞろと教室を後にする。


 席に座ったまましばらく待っていると、委員長の仕事を終えた宇佐見が脚本係のメンバーに召集をかけた。


 そして教室の端の方。数台の机をくっつけて、全九名のメンバーが着席する。


 宇佐見は脚本係が全員揃っていることを確認すると、ゆっくりと口を開いた。


「それでは、脚本会議を始めたいと思います」


 と、宇佐見が場を取り仕切るように言うが、数名のメンバーはまるで聞こえていないように雑談を繰り広げている。


 わりと聞き取りやすい声量だったはずだが、別の話に夢中なのだろう。


「それでさー、部活の先輩が――」

「うわぁ、まじバイトだりぃわ……」


 だの、と特にいつもクラスの中心にいるようなお調子者の男子たちがガヤガヤと騒がしくしていた。


 もしかしたら彼らは普段仲の良い連中で同じ係になるために示し合わせて脚本係を選んだのかもしれない。


 宇佐見が困ったように苦笑いを浮かべながら皆が注目してくれるのを待っている。


 そんなこんなで、予定よりも十分ほど遅れて脚本会議が開始した。


 まぁ、学生が集まった会議なんて進行に難があるものだ。


 それより、他の人がどんなプロットを持ってきたのか少し楽しみだった。


「それじゃあ、みんなプロットを用意してきてくれてると思うので……うーん、どうしよう。じゃあ順番に発表してもらおうかな」


 そう言って、宇佐見が一番端の席に座る男子生徒へと視線を向ける。


 以前に係決めをした時、ハーレムもののプロットを書くと意気込んでいた男子だ。


 しかし、その男子生徒は言いづらそうに視線を逸らした。


「あー、ごめん。部活が忙しくて書く暇なかったわ……」

「そ、そっかー……。まぁ、大城くんはサッカー部で忙しいもんね」

「マジごめん! 次は絶対に持ってくるから……!」

「うん、分かった。多分来週もあるからその時に持ってきてね」


 宇佐見は大城を飛ばして、その隣に座る男子生徒に視線を移す。


「じゃあ、那須くんから発表してもらえるかな?」

「いやー、実は俺もバイトめっちゃ入れてて書く時間なかったんだ……」

「じゃ、じゃあ那須くんも次の会議の時に用意してきてね」


 苦笑いを浮かべた宇佐見がさらに隣の男子に視線をズラす。


「山田くんは? プロット持ってきてくれた?」

「ごめん……」


 そんな感じで、結局ちゃんとプロットを書いてきたのは俺や宇佐見を含めてたったの四人しかいなかった。さっきまで騒がしくしていた五人は全滅だ。


 ちょっと残念だな、どんなプロットを書いてくるのか楽しみにしてたんだけど……。


 宇佐見が困ったように眉尻を下げながら笑う。


「じゃあ、相模さがみくんのプロットから見ていこっか」


 早速、俺からか……。


 プロットを持ってきた四人の中で俺から発表することになったのだ。


 俺は少しばかり緊張しながら、声の調子を確かめるように咳払いをする。


「あー、俺の考えてきたプロットは――」



 幼い頃に結婚の約束をした幼馴染が三人いて、高校でその幼馴染三人と再会した主人公が修羅場に巻き込まれる……というのが簡潔なあらすじだ。



 他にも、先輩たちと考えたプロットを二つほど発表した。


「――と、まぁこんな感じ……」


 説明し終えると、俺は肩の荷を下ろすように息を吐き出す。


 他人に自分が考えた話を発表するのってこんなにも緊張するもんなんだな……。


 俺が不安になりながら周囲の反応を窺うと、宇佐見がパチパチと拍手してくれる。


「いいねー、どれも面白そう! でも、わたしは特に一つ目の幼馴染のやつが良いと思ったなー」


 宇佐見は俺の発表した内容を咀嚼するように言葉を続ける。


「幼馴染三人と修羅場になっちゃうんだねー。ちょっとコントっぽいけど、そっちの方がお客さんに受けそうでいいかもね! 当日は中学生の子とかも来るしさ」

「そう言ってくれて助かるよ。思ったよりもコントっぽくなって心配してたんだ」


 俺は案外良い反応をもらえて、ほっと胸を撫で下ろす。


 ホント、全部先輩たちのおかげだ……。


「みんなはどうかな、なにか感想とかある?」


 宇佐見が他のメンバーに意見を求めた……のだが。


「ん、なんだっけ? あー、相模の脚本? いいんじゃね」

「え、うん。オモシロそうだし」


 って、アンタら絶対聞いてなかっただろ……。


 さっきからコソコソと声を潜めながら言葉を交わしてはクスクスと笑ったり、机の下でスマホを触っていたのも全部見えてたし。


 まさかここまでやる気の欠片も感じられないとは……。


 これからの文化祭の準備のことを考えると前途多難とはこのことだろう。


 まぁ俺は振られた仕事をやるだけだから別にいいけど、委員長の仕事や他の係を掛け持ちしながらもちゃんとプロットを書いてきた宇佐見が可哀想だと思った。


 その後、真面目に脚本会議をする四人とガヤガヤと騒ぐ五人に分かれて会議は進んだ。


 気が付けば、プロットを持ってこなかった連中は会議にすら参加せず話に花を咲かせている。


 それから大体三〇分くらいが経った頃合いで、ふと雑談をしていた男子の一人が席を立った。


「あ、俺そろそろバイトだからお先っす~」

「オレも部活に顔出したいから~」

「んじゃ、おれも」


 そう言って、次々と脚本会議をすっぽかして帰っていく。


 そんなこんなで、結局残ったのはプロットを持ってきた四人だけだった。


 しばらくして、四人でのプロットの意見交換が終わると宇佐見が言う。


「じゃあそろそろ終わろっか。みんな放課後なのに残ってもらってごめんね、次はもっと円滑に進められるようにするから……」


 宇佐見が申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、宇佐見はなにも悪くないと思うけど」


 脚本会議にこんなにも時間がかかったのは騒いでいた連中のせいだし。


 その証拠に、連中が帰ってからは驚くほど円滑に進んだのだ。


「ううん、一応私がリーダーなんだし。もっとしっかりしなくちゃ……」


 そうやって、宇佐見は気丈に笑ったのだった。

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