#7「無自覚」


「ひゃあああ~~~っ!? な、なんで裸なんだよ、お前はぁぁあっ!!」



 樹里じゅり先輩の甲高い声が部屋に反響する。


 俺は慌てて丸出しになっていたモノを隠し、弁解を試みたが……。


「い、いや、これは……ち、ちがっ――」


 しかし、樹里先輩は顔を真っ赤にし涙目のままぷるぷると肩を震わせていた。


「ま、まさかお前、アタシを襲いにっ……⁉」

「ち、違いますって! ていうか、なんで樹里先輩が俺の部屋にいるんですかっ!」

「ア、アタシはただ花火の部屋にあった漫画の続きが読みたくて……。そしたら、お前が急に裸で襲いに来たんだろっ!」

「だから、誤解ですよ……!」

「じゃあなんで裸なんだよ」

「そ、それは……風呂に入ってたら着替えの服がなくなってて」

「風呂? いま双葉が風呂に入ってるはずだろ」

「えっ、あ、いや……」


 マズい。さっきまで双葉先輩と一緒に風呂に入っていたことがバレたら俺の人生が詰む……。


 ぶわっと冷や汗をかいていると、樹里先輩が怪しむような鋭い視線を向けてくる。


 猫のような鋭い瞳。金髪のショートボブと耳のピアスが相まってかなり迫力が増していた。


「お前、隠し事なんてできると思ってるのか……?」

「や、そ、その……なんていうか……」


 ど、どうする……。正直に言うべきか?


 いや、正直に言ったからってどうにかなる問題じゃない。


 しかし、樹里先輩の迫力に圧倒されて俺には隠し通すなんてことはできなかった。


「す、すいませんでし――」


「やっぱりお前、アタシを襲いに来たんだろっ……!」


「え、えぇ……。なんでそうなるんですか……」

「なんでもなにも、お前がそんな下手な嘘を吐くってことは……そ、そういうことだろ! ま、まぁお前がそこまで言うなら……す、少しくらいなら――」

「ちょ、ちょっと待ってくださいって!」


 最後の方、樹里先輩がなんて言っていたのか、声が小さくてよく聞き取れなかった。


 しかし、そんなことより風呂の件はうまく誤魔化せたからまぁいいとしても、俺が樹里先輩を襲いに来たって誤解されたらそれはそれでマズくないか?


 いや、マズいに決まっている。なんなら悪化してるまであるぞ。


 ちゃんと弁解しなければ、これじゃあ立派な性犯罪者だ。


「本当に樹里先輩を襲おうとしたわけじゃないです。誤解なんです! 変な気持ちになったりとか、全然してないですから……!」

「ご、誤解……」


 樹里先輩はボソッと呟き……。


 そして、なぜかしゅんと肩を落とした。


 なにか変なことを言ってしまっただろうか、と心配したが不意に樹里先輩が肩を震わせる。


「あ、あはは……冗談に決まってんだろ。なにホンキにしてんだよ」

「えぇー、冗談ですか……? ちょっと、ほんっと心臓に悪いですって……」

「少し考えればすぐわかるだろ。アタシなんか、普通そういう対象として見ないって。全然女の子っぽくないしさ……」


 そう言って、「たはは……」と笑う樹里先輩。


「そうですか? そんなことないと思いますけど」

「なんてな。変な気遣いとかいらねーよ」


「気遣いとかじゃないですよ。樹里先輩、可愛いですし」


「か、かわっ⁉ な、なに言ってんだ、おまえっ……!」

「えっ、変なこと言いました……?」


 すると、樹里先輩が怒りで耳まで赤く染めながらムッとした顔を向けてくる。


「お前、それ無自覚でやってんのかよ……」

「えぇー、すいません?」

「ま、まぁでも……あ、ありがとな……」

「は、はい。どういたしまして?」


 なぜ感謝されているのか、よくわからなかった。


 怒ったかと思えば、急に感謝されたり……よくわからない人だ。


 それより、なんで樹里先輩が俺の部屋にいるのか、の方が重要だ。


「ていうか、人の部屋に勝手に入らないでくださいよ」

「えっ、ご、ごめん……。お前がどんな部屋で過ごしてるのか気になって、つい――あっ……」

「え?」


 つまりどういうこと?


 俺が混乱していると、樹里先輩がさらに顔を赤くして怒涛の勢いで言葉を紡ぐ。


「は、はぁ? だ、だから、花火が弟の部屋に漫画の続きがあるって言ってたから嫌々この部屋まで来たというか……仕方なく部屋に入ってやったというか……そ、そんな感じだ」

「どういう感じですか……」

「ふん、アタシだって好きでお前の部屋に来たわけじゃないってことだ……臭いし」

「ちょっと、全然臭くないですから!」


 え、臭くないよね……?


 ちゃんと定期的にファブってるし、部屋はきれいにしているはずだ。


 俺がクンクンと部屋のにおいをチェックしていると、不意に視線を下げた樹里先輩が噴火しそうなほど真っ赤になって、涙目で睨み付けてきた。


「――ていうか、服着ろよ!」


「あっ、すいません……」


 床に落とした服を拾い上げ、着替えていると妙に視線を感じて顔を上げる。


「なに、見てんすか……」

「み、見てねぇよ!」


 樹里先輩はぷいっと顔をそらした後、おもむろに立ち上がると部屋の扉の方に歩いていく。


 ドアノブに手をかけ、顔をそむけたまま口を開いた。


「ヘンタイ旭……」



   ◆ ◆ ◆



 逃げるようにあさひの部屋を後にした樹里じゅりが一階のリビングに降りると、階段のすぐそばに凪紗なぎさの姿があった。


 なぜか凪紗は白いバスタオルに顔を埋めたまま立ち尽くしている。


「……なにしてんだ?」

「はっ、じゅ、樹里っ⁉ な、なんでもありません……!」


 凪紗は咄嗟にタオルを背中の後ろに隠し、取り繕うように口を開いた。


「じゅ、樹里こそ一体どこにいたんですか。随分探したんですよ?」

「べ、別に……どこでもいいだろ」


 樹里がふいっと視線をそらすと、凪紗が訝しむような目を向けてくる。


「樹里、なにか隠してますよね?」

「……お前もな」

「へっ、え? な、なんのことですか? 私は別に隠し事なんて……」


 互いに探るような視線が交錯した。


 その空気を破ったのは脱衣所の方から聞こえてきた声。


「あぁー、いいお湯だったぁ~。次、誰が入るのぉ~?」


 脱衣所から出てきたのは髪を濡らしたパジャマ姿の双葉ふたばだった。


 樹里は軽く息を吐いて凪紗から視線をそらすと、頭の後ろで手を組みながら脱衣所へ向かう。


「じゃあ次、アタシ入ろっかなぁー」


 そして樹里が凪紗とすれ違った瞬間。


 凪紗がすん、と鼻を鳴らす。


 樹里からかすかに匂う男の子のにおい。


 この匂い……旭さんの……。


 脱衣所へと入っていく樹里を見送る凪紗は背中の後ろに隠したタオルをぎゅっと握りしめていた。

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