第2話 搭乗口の攻防





黒づくめの男が思いっきり加速を付けて飛びかかってくる。


重なり合って、ドッと2人は倒れる。


次に追い付いた男が加わり、少年を2人掛りで押さえ込む。


少年も負けじと、キックで1人を弾き飛ばす。


1人の男がスタンガンを当てようとするが、通路が狭く仲間に触りそう。


顔面にパンチで、ストレートに決まる。


少年が反動で倒れたところへ、上にのし掛かり、3人でもつれあって乱闘。


誰かの手が少年の背中の荷物から垂れ下がっている紐を引っ張る。


プシューという音と共に、真っ白なパラシュートが狭い通路一面に広がる。


暴風が吹き込む狭い通路で、パラシュートの布とロープがバタバタと暴れる。


布とロープで視界と手足の自由を奪われ、黒づくめの男たちの動きが鈍った瞬間、少年は男を払いのけて立ち上がり、搭乗口に走る。



黒づくめの1人が襲いかかるが、少年は片足で軽く蹴り返す。


男は後ろに吹き飛び、更に後ろにいた別の男にぶつかる。その男は衝撃で搭乗口から弾き出される。


一瞬全員が息を飲む。が、かろうじて搭乗口の端を必死につかんでいる。


その手は今にも離れそう。


少年が駆け寄り、手を差し伸べ、間一髪で男の手をつかむ。


この機体は尾翼に3つのエンジンが付いている。この搭乗口のすぐ後ろに、直径3mの第3エンジンが唸りをあげている。


宙ぶらりんの男の数メートル後ろには、そのエンジンがぽっかりと口を開けて、ナイフの刃のような何十枚ものタービンブレードが高速で回転し、空気を猛烈な勢いで吸い込んでいる。


少年が手を離せば、男は確実にエンジンに吸い込まれる。


今まで無気質だった男の顔に、恐怖と手を離さないでくれという懇願の表情が広がる。


少年にはそれが分かった。


でも、通路内の他の黒づくめ達には分からなかった。


いや、状況は分かるが、他に手段がなかった。彼らの経験から、何よりも任務最優先であり、今回の任務は少年の捕獲。


少年が片手で機外の男をつかんで身動きが取れないのを見て、一斉に押さえ込みにかかる。


不自由な体勢のまま暴れ、反撃しようにも、とても身動きできない。


3人がかりで押し付けられてしまう。


あっ


急に手が軽くなった。


機外で宙を漂う男。真っ赤に血走った目と恐怖の表情が顔一面に広がる。


彼は第3エンジンに吸い込まれる。次の瞬間、第3エンジンがどす黒い湿った粉末を後方に吐き出す。


そして、ボンッというくぐもった爆発音。


真っ黒な煙をモウモウと吐き出し、時折オレンジ色の炎をその隙間から覗かせる。



コックピットで、ウーウーという警告音と、”ファイアー、ファイアー”という人工音声が響き渡る。


第3エンジンに赤いランプが点灯する。


「何やってんだ!」


パイロットは第3エンジンのスロットルを下げ、燃料供給を停止。みるみるエンジン回転数のメーターが下がる。


同時に消火剤のレバーを引っ張る。



第3エンジンから黒煙が急速に収まり、逆に白い泡の消火剤があふれだす。


ボロボロになったタービンブレードは、力なく惰性で回るが、やがて止まる。


機がじわじわと左に傾く。


バランスを崩した黒づくめの男たちは、搭乗口から落とされないように、通路の壁につかまる。


自分にかけられる力が減ったタイミングを、少年は逃がさない。


3人の男を押しのけると、駆け足で自ら搭乗口から飛び降りる。



彼の姿は通路から全く消えてしまう。後には通路内でバタバタと風になびくパラシュートの一部。


パラシュートのロープが絡まって、搭乗口から外に続いている。


黒づくめの男が搭乗口から頭を出すと、5mほど斜め下後方で、少年が切り揉み状態になっている。


パラシュートのロープが搭乗口のフックに引っ掛かり、今度は少年が宙ぶらりん。


「メモリは?」


「まだやつが持っている」


男たちはロープをたぐり寄せ始める。


暴風の中、エンジンが一つ停止しバランスを欠いた輸送機は右に左に揺れ、ロープの先の少年を引き上げるのに難航するが、少しずつ近づいて来る。


でも、少年は輸送機に戻るつもりはさらさらない。


切り揉み状態の中、手や足に絡まったパラシュートのロープを一つ一つ外していく。


とうとうパラシュート本体をしまっていた背中の収納袋のベルトのみが、輸送機との唯一の接点となる。


胸の前のフックに手をかけて外し、両肩をベルトから抜く。


最後に腰ベルトのみになる。


ためらいもなく腰ベルトを外す。



次の瞬間、少年は空中を転がるようにクルクルと回転しながら、輸送機の後ろに吹き流される。


気がつくと、はるか頭上に輸送機が見え、やがてそれも小さな点となり、漆黒の闇に紛れて分からなくなる。


背中を下に、そして今度は上にと、回転しながら、凄まじい速度で落下する。


そのまま雲海に突入。


濃霧のように暗く、全く何も見えない。


やがて、水滴が吹き付けてきて、すぐに洗濯機の中にいるかのように、あちこちから水の粒が嵐のように少年に向かってくる。


雲の中は、渦を巻くように、強風が吹き荒れる。


「あっ」


ポケットに入れていたクリスタルが割れて、ポケットから風に飛ばさる。さっき輸送機のアタッシュケースから盗み出したもの。そしてバラバラっと空中に放り出される。その数7個。


彼はとっさに手を伸ばしたが、1個も掴み取ることができず、あっという間に7個に割れたクリスタルは闇の彼方へ飛び散ってしまった。


そして、少年は落ち葉のように、飛ばされながら、でも確実に落下していった。

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