5話目 平凡と非凡の間に

「今日からこのサーカスでよろしく頼む。見ての通り人材には恵まれているようでな、みんないいやつだ。」


明るい口調でその声は三月に語りかけていた。

目の前には紅茶が置かれていてお菓子なんてついている。

三月は柔らかいソファーに座りながらその声に反応をしていた。


状況整理。えーっと、自分は団長に呼ばれて席につきましたと。

そしてニコニコ顔の団長のおじさんに話しかけられている。

お菓子なんて振りまわれて、

…どんな状況だ?

もっとこうなんかさ…怖いっていう印象あったんだけど!ねえ!


「ワイはサーカスの表舞台を退いた身だが、まだ新人に劣っている自覚はない。困ったことがあれば聞きに来い」


握りこぶしを胸に当てて笑う団長さん。

まったくのご機嫌顔だあ。

ここで俺が【才能】を持っていることがバレたらどうなんだろう。

考えたくねえ。


まあ、ココノコが言ってた通り団長はいい人だ。

こんなにも暖かい場所は他にないだろう。

なぜかって?それはもちろん

サーカスとは命の危険と隣り合わせの仕事だからさ。

つまり重要になってくるのが「」。

お互いをお互いに支えあって、なすべき技がサーカスにはある。


「分かりました。団長さんの言う通り、ここのサーカス団の仲間の人間性を私は尊敬しております。近いうちに私も後輩を指導できるような立場の人間になり、サーカスをより活発化させます!」


俺はお菓子を食べることも忘れて席を立った。

紅茶はまだ熱く、白い湯気が膝あたりまで登ってくる。

団長さんの方を向いて真剣な眼差しで言葉を言い放った。


「活発に…か。それは夢話だな。だが夢を追う奴はこのサーカス団が歓迎する。 ようこそ【東京タッチサーカス団】へ」


目の前の光景にココノコとピエロさんが重なった。

それはサーカス団特有の世界観が俺に見せた団結の印のような気がした。





…チュウ!!!!!!!



ゑ?

三月の背後から謎の鳴き声が聞こえる。

頭の中で何かが流れ出した。

とたんに三月の顔は真っ青になって焦点がずれ始めた。

やばい、これは、本当にまずい…


三月が恨めしそうな目で振り返る。

そこにはソファーが置いてあり、背もたれと座る部分の隙間からネズミが顔を覗かせていた。

あー。愛くるしい目だー。

灰色で地味に大きかった。

…いや、そんなことを気にしている暇ではない。

多分今の状況は本当にまずい。

団長が心配そうな顔で俺を見つめている。


「大丈夫か?少し気分が悪かったらこっち側のソファーに座ったらどうだ?」


そう言いながら俺に手を差し伸べようとしてくる。

どうやら肩を貸そうとしてくれているらしい。

ダメだ!それだけは駄目だ!


「すいません!放って置いてください!」


俺は団長から少し後ずさった。

ここまで気を使ってくれたことを無碍にするのは心苦しい。

しかし、俺は目の前のことで手一杯で周りのことを気にすることなんてできない。

あぁ、まさか初日からこうなるとは…

俺は…











…俺の【能力】が今、発動した。








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