第14話 金獅子杯は誰の手に



 ランドリー付きのリネン室で服を乾かす間、マリアージュはコーリーから学園に関する様々な話を聞くことができた。

 明後日開かれる金獅子杯の優勝者は、やはり炎帝のデニスと、月氷のユージィンのどちらかだろうと予想されているらしい。

 またユージィンはすでに王立第一魔道士団に入団することが決まっていて、それが余計デニスの癇に障ったらしかった。


「デニスも第一魔道士団を希望していたんですけど、結局第二魔道士団に入団が決まったらしいんです。だからユージィンに対する風当たりが強いんです。でもそれって別にユージィンのせいじゃないですよね!」

「ええ、そう思うわ」


 コーリーが悔しがる傍らで、ユージィンは相変わらず淡々としたものだ。


「そんなの別にどっちでもいいよ……。俺は給料さえちゃんともらえれば」

「よくないよー! もう、ユージィンがそんな態度だから、デニスがますます腹立てちゃうんだからねー!」


 コーリーがぽかぽかと叩くと、ユージィンは


「そんなことよりコーリーこそさっさと進路決めないと、路頭に迷うぞ」


 という痛烈なツッコミを入れていた。コーリーが「うっ」と言葉に詰まった瞬間、ローブの袖口から何かがカチャンと音を立てて落ちる。


「おやおや、これは君のかな?」

「あ、ありがとうございます!」

「ん? どうやらこれにはコーリーとユージィン、二人の名前が書いてあるようじゃが……」


 エフィムがコーリーに渡したのは、5センチ大の金属プレートだった。プレートの表にはコーリー、裏側にはユージィンの名前が刻まれている。


「これは新学年になると生徒全員に配られるネームタグです。魔法で文字が刻まれていて、例えば図書館で本を借りる時とか、寄宿舎に出入りする時とか、管理が必要な場所に立ち寄る際、ネームタグに刻まれた術式が発動して許可がもらえるんです」

「ああ、つまりICカードみたいなものかしら」

「あ、あいしー?」

「なんでもないの。説明を続けて?」

「ふむ、どうして裏側にユージィンの名前が刻まれておるのかな?」


 コーリーは自分のネームタグを裏返して、もう一度マリアージュ達に見せる。


「実はこのネームタグ、学年の終わりに銀龍賞の投票プレートに変わるんです。銀龍賞とは金獅子杯の優勝者とは別に、生徒が選ぶ最優秀賞のことで、自分が最もすごいと思った魔道士に投票できるんです。で、ネームタグの裏に、投票したい生徒の名前を刻むんです」

「ふーん、つまりコーリーはすでにユージィンに投票するって決めてるってわけね」

「はい!」

「馬鹿らしい。どうせ銀龍賞はデニスがとるよ」


 ユージィンは本当にどうでもいいという風に、椅子から足を投げ出した。

 優秀な魔道士でありながら、普段は無気力全開なのがユージィンのキャラなのだ。


「もう、そんなのまだ分からないでしょー!」

「デニスが必ず優秀賞……って。ああ、なるほど、組織票ってわけですわね」

「ご名答」


 マリアージュは得心した。

 ファムファロスのような上等の教育機関の生徒は貴族が多い。つまり庶民出身のユージィンを応援する層はほとんどおらず、伯爵家出身で実力者でもあるデニスが最も票を集めやすいということだ。


「どちらにしろ、その金獅子杯とやら、私達も観覧したいわね」

「そうですな。関係者以外でも可能じゃろうか?」

「ルーク殿下主催の大会ですから、殿下のご婚約者ならば大丈夫なんじゃないでしょうか」

「うっ……」

 

 ここでもルークの名が出てきて、マリアージュはあからさまに不機嫌になる。

 しかし魔道士職員確保のためには多少の我慢は必要。

 王太子の婚約者という立場を、逆に利用してやるくらいの気概を持たなければ……!


「わかりましたわ。分院に戻ったらルーク殿下に観覧のご許可を頂きましょう……」

「うむ、それが良かろうて」


 こうしてマリアージュ達は服が渇いた後、一度分院へ戻ることになった。

 学園内を案内をしてくれたコーリーとユージィンにお礼を言い、馬車で学園を後にする頃には、天高くあったはずの太陽も西に傾き始めていた。






 そうして分院に戻り、すぐにルークの住む太陽宮へと使いを出したマリアージュだったが。

 戻ってきた使者はなぜかルークの返信だけでなく、豪奢なドレスと宝石一式を携えていた。


『大切な婚約者からの願いとあらば、どんなことでも叶えよう。金獅子杯には僕が贈ったこのドレスを着てきてくれると嬉しいな。もちろん婚約者として精一杯君をエスコートさせてもらうよ。今から楽しみだね。 ――永遠に君だけのルーク』


「……………………っ!!!」


 ツッコミどころ満載のメッセージカードを見て、マリアージュは鼻血が出るのではないかと思うほど顔が真っ赤になった。


 大切な婚約者? 

 永遠に君だけのルーク……だと?

 

 どの口がいけしゃあしゃあと言うか!

 私は騙されない!

 結婚詐欺師の甘言なんて、絶対信じないからなぁぁ―――!!


 脳裏に浮かぶルークのドヤ顔に、右ストレートと左ジャブを何度も何度も叩き込むマリアージュ。

 エフィムは情緒不安定な同僚を横目で眺めつつ、「通常運転じゃなぁ……」と、優雅に茶を啜るのだった。




             ×   ×   ×




 金獅子杯が開催される当日。

 空はコバルトブルーの絵の具をキャンバス一面にばらまいたかのような快晴だった。

 学園内にある魔道闘技場にはすでに多くの生徒が集まり、多くの歓声と熱気が渦巻いている。


 午前9時。学園の正門玄関に王家の馬車が到着した。学園長や職員・代表生徒らが出迎える中、皆の前に優雅に現れたのは――王太子・ルークと彼にエスコートされたマリアージュだ。


「王太子ルーク殿下と、ご婚約者・マリアージュ様、ご到着!!」


 護衛騎士の号令と共に、馬車の周りに集う者は一斉に平伏する。王太子ルークに手を引かれたマリアージュは、見事な青のドレスに身を包んでいた。


「僕の見立ては完璧だね。よく似合っているよ、マリアージュ」

「お褒めにあずかり恐縮です、殿下。でも私、青よりも赤のほうが好きなんですの。殿下はわたくしの好みをちっとも理解していらっしゃらない。とても残念ですわ」


 いつものようにキラキラと光の笑顔をまき散らすルークと、そんなルークに対し嫌味全開のマリアージュ。

 二人の会話を聞いている者は、二人がいつ痴話喧嘩を始めるのかと、ヒヤヒヤした。


「フフフ、相変わらずだね、マリアージュは。そういうはっきり物を言うところ、嫌いじゃないよ」

わたくしも何を言われてもめげない殿下の神経の図太さには毎回感服しておりますのよ」


 フフフフフフフフフフ。

 ホホホホホホホホホホ。


 口元は笑っているのに、なぜか目は笑ってない。

 殺気さえも感じさせる異様な二人に、学園長などはすでに涙目だ。

 護衛騎士筆頭のオスカーの、


「お二人とも、お戯れはそのくらいで。本日は将来有望な魔道士達の晴れの舞台でございますれば」


 という一言がなければ、二人の腹の探り合いはいつまでも終わらなかっただろう。



「本日のご来校、生徒を代表し心より御礼申し上げます。我ら生徒一同は今大会に臨むにあたり、ヴァイカス王国の大いなる未来の担い手として、正々堂々と闘い抜くことを誓います」


 

 学園長の次にマリアージュ達の前に跪いて挨拶したのは、生徒代表のデニスだった。「今日は君達の活躍に期待しているよ」というルークのお決まりの一言で、その場はそれで終わるはずだった。


「あ、あの……っ」


 しかしデニスは闘技場へと向かおうとするルークを慌てて引き留めた。

 いや、正確には、


「大変恐れ多いことながら、公爵令嬢マリアージュ様に一言申し上げたき儀がございます。個人的な発言をお許し頂けるでしょうか」


と、マリアージュ名指しで、懇願してきたのだ。


「殿下……」

「いいよ、別に。どうぞ?」


 視線でお伺いを立てると、ルークはすんなり許可をくれた。

 マリアージュは膝を折って平伏するデニスの前に、ゆっくりと立つ。


「わたくしに何か御用かしら?」

「はい、先日は大変ご無礼を致しました」


 今日のデニスは先日の不遜な態度のかけらもなく、至ってマリアージュに対して従順だ。


「伯爵家の子息という身分に胡坐をかいていた私に、マリアージュ様が放ったお言葉はあまりに鮮烈過ぎました。もう二度と貴方の前であのような醜態は晒しません。王国の魔道士として、本物の誇りを取り戻した心地でございます」

「……まぁ」


 先日とは打って変わり、デニスの瞳の奥に固い決意のようなものを感じた。

 マリアージュはあの時思ったことを口にしただけだが、それが彼にいい影響を与えたなら素直に嬉しい。

 真っ赤な唇は緩く弧を描き、極上の笑みへと変化した。


「そう言って頂けると私も助言した甲斐があります。デニス=ドレッセル。本日のあなたの活躍、期待していますわよ」

「は、はい……っ!」


 マリアージュに特別な言葉をかけられ、デニスは興奮したようだ。大きく身を乗りだし、マリアージュの足元にさらに近づこうとする。


「あっ………!」

「!?」


 しかし気が急き過ぎたのか、デニスはグラリと軽く体勢を崩す。慌ててマリアージュは手を伸ばし、彼の上半身を支えてやった。


「ちょ、ちょっと大丈夫?」

「も、申し訳ありません。あまりの嬉しさで我を忘れてしまって……」


 頬を紅潮させるデニスは、純情少年そのものだ。先日とのギャップがあり過ぎて、マリアージュは思わず苦笑してしまう。


「あー、うん……ゴホン!」

「!」


 そんな優しい空気を割ったのは、不躾なルークの咳払いだった。

 何事かと振り返れば、ルークがこちらを見ながらアルカイックスマイルを浮かべている。


「どうやらマリアージュは、僕以外の男には優しいんだね」

「当然でございましょ? 他の女にうつつを抜かしてばかりいる男が、どうして優しくしてもらえると思っているんですの?」

「!」


 ストレートにルークの女癖の悪さを皮肉れば、さすがのルークのこめかみにも一つ青筋が浮かぶ。


「あのさ、マリアージュ、君ねぇ……」

「あー、えー、ゴ、ゴホンッ!」


 ルークがマリアージュに詰め寄ろうとした刹那、今度はオスカーが空気を読んで二人の間に割って入った。闘技場への道を指し示し、二人を素早く誘導する。


「では殿下と公爵令嬢はこちらへ。おい、誰か先導しろ」

「畏まりました!」


 オスカーの号令と共に、護衛の列が動き出した。

 ルークはそれ以上の追及を諦め、再びマリアージュに左腕を差し出す。


「では我が婚約者殿、今日は特別席に案内させてもらうよ」

「ありがとうございます、殿下。楽しみですわ」


 鼻息荒いマリアージュは、嫌々ながら再びルークの手を取った。

 そして立ち去る間際にもう一度デニスを振り返り、軽く手を振る。

 

 その仕草に気づいたデニスは大きく目を瞠ったかと思うと、深く深く頭を垂れた。彼の視線はマリアージュの姿が遠ざかって見えなくなるまで、ずっと熱く注がれていた。




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