第12話 月氷のユージィン




 ファムファロスは、かつてボツニア戦役で首都を守った城塞の一つを改造して建てられた。

 郊外に位置する学園は、周辺を広大な森に囲われており、また疑似戦闘を行うための闘技場や訓練所も完備されている。

 魔法にも色々種類があるが、最も重要視されるのが【攻撃魔法】だ。優秀な魔道士を集めた魔道士団、および魔道騎士団の活躍により、ヴァイカス王国は他国の侵略を悉く退けてきた……という歴史がある。

 よって各地の魔法教育機関を卒業した学生の多くが、魔道をさらに極めるために王立魔道院、もしくは魔道師団への入学・入団を希望する。それは稀少な魔道士からさらに選ばれた者だけが進める、スーパーエリートの道だった。


「なんだか校内が騒がしいわねぇ」


 案内役のコーリーの後に付き従いながら、マリアージュは学生達の顔を見渡した。

 ある者はクラスメイトと激しい議論を交わし。

 ある者は足早に往来を行き来し。

 なかなか活気がある学園である。


「ああ、みんなが忙しそうにしているのは、明後日に金獅子杯が行われるからなんです」

「金獅子杯?」

「卒業式直前に行われる、大規模な魔法の対抗試合です。毎年恒例で行われる大会の主催は、ルーク殿下なのですよ」

「げえっ!?」


 ルークの名前が出た途端、マリアージュは苦虫を潰したような顔になった。

 ファムファロスの象徴となっている金獅子は、かつてこの国の建国にもかかわったとされる聖獣だ。その聖獣の名を頂いた対抗試合で優勝した生徒は、その年一番の名誉を与えられると言う。


「特に卒業生にとっては、ここで学んだ6年間の集大成と言える試合なんです。それでみんな今から訓練や情報集めに余念がないのです」

「なるほどねぇ……」

「もしその金獅子杯を見学できれば、有望な魔道士の引き抜きにも役立つかもしれませんなぁ」


 エフィムが髭を撫でながら言うと、コーリーは眼鏡の奥の目を丸くした。


「マリアージュ様とエフィム様は、魔道士をご所望なんですか?」

「ええ、特に解析魔法を使える魔道士をね」

「まぁっ!」


 マリアージュの言葉を聞いて、にわかにコーリーの頬が紅潮した。

 渡り廊下の途中で足を止め、積極的にアピールする。


「解析魔法ならば、黒ネクタイの私でも使えます。一体どんなお仕事なんでしょう?」

「ええと、そうじゃな。ある場所に残された遺留物の成分を分析したり、植物の種類を調べたりとかじゃな」


 エフィムが具体的な表現を避けて無難な言い回しをすると、コーリーはさらに興味を引かれたようだった。


「それならば黒ネクタイの私にもできそうな気がします! お恥ずかしい話ですが卒業式を控えたこの時期に、まだ進路が決まってなくて……」

「黒ネクタイ? それが何か関係あるの?」


 マリアージュは小首を傾げ、素朴な疑問を口にする。

 コーリーは苦笑しつつ、魔法階級について説明してくれた。


「ご存じの通り私達魔道士は扱える魔法によって、厳しく等級分けされています。この学園ではまず1等から3等のクラスに分けられ、さらに各級の中で上級・中級・下級に細分化されます。ネクタイの色は主に、上から紫、青、赤、緑、橙、黄、白、灰、黒……の順になります」

「えーと、じゃあつまり黒ネクタイは――」

「あははは……。お恥ずかしい話、3等下級―――つまり最下層のランクとなります……」


 コーリーはバツが悪そうに、すいませんすいませんと何度も頭を下げた。

 ……なるほど。つまり彼女は落ちこぼれの中の落ちこぼれということか。だからこそ卒業シーズンを迎えても、未だ就職先が決まっていないのだろう。

 一般人からしてみれば最低限の魔力を持っているだけで羨ましいものだが、上には上、下には下がいるものである。


「黒ネクタイでも使えるということは、解析魔法ってそんなに難しくないのかしら?」

「ええと、そうですね。まず最初に学園で習うのが解析魔法です。例えば戦闘時、まず相手の弱点や属性を見抜くのが基本ですからね」

「ああ、なるほどねー」


 マリアージュは頷いた。

 そういえば学生の頃にプレイしたRPGゲームで、最初に覚える魔法が【アナライズ】などの支援魔法だったように記憶している。レベル1などの低レベルから習得できるのだから、魔道士的に難易度は易しいのだろう。


「別に黒ネクタイだろうが、我がメメーリヤ分院ではどんな魔道士も大歓迎よ! 他の職場よりも解析魔法の重要度が違いますからね!」

「ま、まぁ、それでは……!」


 ますます期待に胸膨らませるコーリーだったが、次の瞬間、マリアージュの容赦ない言葉に撃墜される。


「ところであなた、腐りきってデロデロになったチーズの臭いは嗅げて?」

「……え? ―――え?」

「それからハエの卵や蛆などの昆虫類は大丈夫かしら? 人の内臓や悩の断面図を直視する覚悟はある?」

「あ、あのぅ……それって一体何のお仕事………」


 最初はノリノリに見えたコーリーも、すぐさま前言撤回。顔を真っ青にし、うるうると涙目になった。

 エフィムはため息をつき、


「マリアージュ。儂が言葉を濁した意味を考えてくれ。そのような具体例を出されたら、一般人はドン引きじゃ」


と、もっともらしい忠告をするが、


「あら、本当のことを伝えるのが、真の誠意というものではなくて? 後で騙されたー!なんて訴えられるのは真っ平ですもの」


 と、どこ吹く風のマリアージュ。

 その間に立って、ただ瞳を潤ませることしかできないコーリーだった。




「コーリー」





 その時だった。

 足を止め渡り廊下の中央で雑談に耽っていたマリアージュ達に、早足で近づいてくる一人の学生がいた。

 ネクタイの色は――紫。

 つまり1等上級クラスの生徒である。


「あ、ユージィン」

「この前頼まれていた魔導書、図書館にあったから借りておいた。……なんだ、珍しく頼まれごとか?」

「うん、こちらドミストリ家のマリアージュ様と、元医術院院長のエフィム様よ。今学園の中を案内しているの」

「……ようこそ、我らがファムファロスへ」

「マリアージュ様、エフィム様。こちら私の同級生のユージィン=バロウズです」


 コーリーの横に立つ栗色の髪をした男子生徒は、無表情のまま一礼した。

 やや線は細く、眉目秀麗という四文字熟語がよく似合う少年だが、いちいち紹介されなくてもマリアージュは彼に見覚えがある。


(ちょ……、なんでここでこの子に出会ってしまうんですの……)

 

 マリアージュは無意識に一歩後ずさり、痛みを覚える瞼の裏を指で押さえた。

 ユージィンと呼ばれたこの少年。

 ……そう、彼は『CODE:アイリス』に登場し、人気投票第3位を獲得した攻略キャラなのである。


(確かユージィンは王立魔道士団に所属するエリート魔道士でしたわね。氷魔法を得意とし、容赦なく敵をせん滅する冷酷さから【月氷のユージィン】の異名を持つ……。というか、今さらながら厨二病満載の設定ですわね!)


 現代的ツッコミを入れながら、己の不運を嘆くマリアージュ。

 ルークといいオスカーといい、一体なぜ。

 どうして。

 近づきたくないキャラベスト3に、こうも早く邂逅してしまうのか。

 『CODE:アイリス』の中でユージィンは、魔道士としてアイリスと遜色ない活躍を見せる。また彼は貴族ではなく庶民生まれという設定で、それゆえに似た境遇のアイリスと意気投合していくのだ。


(でも確かゲームの中盤、ユージィンルートを進むと、彼がある王族の隠し子だということが判明するのよね。つまり彼もルークと同じ王族の血を引いている……)


 マリアージュは、現在彼自身さえ知らないであろう出生の秘密さえ、前世の記憶のおかげで網羅していた。

 それは異世界で生きていくには、またとないアドバンテージとなる……はずである。

 だがしかし。

 だがしかし……!


 『CODE:アイリス』の攻略キャラには極力近づきたくない。

 たとえ彼が、学園一の優秀な魔道士だろうとも――!

 破滅フラグさんとは、永遠にさよならしたいのだ!!


(ここは何か理由をつけて退散するのが一番ですわね。ファムファロスの見学はまた別の日で構いませんわ……!)


 危機管理能力をフルに発揮したマリアージュは、にっこりと笑いつつも一歩一歩後退した。

 ――逃げるが勝ち。

 日本の古い教えがぐるぐると頭の中を駆け巡り、躊躇わずそれを実行しようとした。


 ………が、しかし。



「おい、ユージィン!」

「!」

「!?」


 ――バシャリッ!


 次の瞬間、複数の男子生徒の声とともに、ユージィンの後ろから冷たい水が大量にかけられた。

 ユージィンのローブをびしょ濡れにした水は、彼の向かいに立っていたマリアージュ達までをも派手に濡らし、新たなトラブルの元となるのだった。

 



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