第8話 フラグの行方



 王宮の舞踏会で起きた前代未聞の殺人事件は、凶器と死亡推定時刻が判明したことにより異例のスピード解決を果たした。


 結果から言うと、犯人は第3聖騎士団の騎士・ダヴィット=シャンボンだった。

 ダヴィットはローザと恋人関係であり、結婚の約束をしていたと主張している。

 しかし恋人のローザが王太子のルークと噂になり、日々不安が募っていたそうだ。


 そして王宮舞踏会が開催された夜。

 休憩室のある南棟の警護担当だったダヴィットは、一人でいるローザを目撃した。彼女とじっくり話し合うチャンスだと思い、彼女に声をかけ一番奥の休憩室に誘った。

 しかしローザとの話し合いは丸くおさまるどころか決裂し、


「私はあなたと結婚するつもりなんてないわ。子供の頃のおままごとを本気にしないで!」


と、ローザからこっぴどく振られ、逆上したダヴィットは彼女を背後から撲殺してしまった。

 凶器はやはり、騎士が標準携帯しているサーベルの鞘だった。

 ダヴィットはとんでもないことしてしまったと慄きながらも、取り急ぎ鞘に付着した血を布で拭き取り、ローザの遺体を慌ててクローゼットの中に隠した。

 衝動的な犯行だったため、ローザの遺体をどう処理するかまでは頭が回らず、半ばパニックに陥っていたらしい。


 南棟の警護をしながら、犯行現場の休憩室に誰も近づかないよう見張っていたダヴィットだが、舞踏会が終了に近づいた頃、マリアージュが一人で例の休憩室に向かっているのを見て、罪を擦り付ければいいのでは……と思いついた。

 後はマリアージュの推測通り、まずマリアージュが一人で部屋に入ったところで背後から殴り気絶させる。その後、ローザの死体をクローゼットの中から引っ張り出し、マリアージュが犯人であるかのように偽装工作した。


 真相が分かれば、実にお粗末な事件である。


 ローザの司法解剖後、王太子の住処である太陽宮に騎士全員が集められ、身体検査及び持ち物検査が行われた。ダヴィットは凶器のサーベルを処分してはおらず、事件後も帯刀していたため、魔道士による解析魔法によって、血液反応が確認された。

 身長180センチ以上の左利き――という犯人像とも合致するため、すぐさま個別尋問が行われ、ダヴィットは泣く泣く犯行を自供。

 こうして王宮内で起きた前代未聞の殺人事件は、一応の解決を見たのである。




           ×   ×   ×



 その日、王太子が住まう太陽宮の庭園には、いろどり鮮やかな花が咲き誇り、訪れた若い公爵令嬢を歓迎していた。噴水の水盤には風に飛ばされた花びらが落ち、ゆったりと優雅に流れている。

 マリアージュは目の前に出された紅茶を口に含み、心の中で長いため息をついていた。

 向かいに座るのは、あまり見たくもない王太子・金のルーク。

 その傍らには、仏頂面のオスカーの姿がある。


「今回の事件、マリアージュには大変な迷惑をかけてしまった。王家を代表してお詫びするよ」

「冤罪が晴れたなら結構ですわ。事実、あの状況ならばわたくしが犯人と疑われても仕方ありませんもの」


 努めて冷静に答えると、オスカーが辛そうに眉根を寄せ、丁重に頭を下げた。


「いえ、全ての責任は王宮の警護を統括していた自分にあります。マリアージュ=ドミストリ公爵令嬢。犯人の偽装工作を見抜けず、貴殿を容疑者扱いしたこと、心よりお詫び申し上げる」

「………、その謝罪、受け入れますわ」


 だからどうか顔をお上げになって、とマリアージュは懐の広さを示す。

 実際、事件が解決した後に大ダメージを負ったのは、マリアージュではなく聖騎士団の方だ。

 所属する騎士が犯人だったことにより、第3聖騎士団の団長と副団長は管理不行き届きの咎で更迭された。また騎士団全体の信頼も地に落ち、オスカーら各団長は事件関係者に謝罪行脚している有様だ。 

 マリアージュは今回の事件を思い返して、黙々と考察する。


(問題は今の捜査態勢にあるのよね。科学捜査が進んでいないこの時代、状況証拠や目撃証言が重視されるのは当たり前のこと。ぶっちゃけ「あいつが犯人だ!」と言ったもん勝ちの世界なんだわ……)


 例えるなら中世で行われた『魔女狩り』が、今回のケースに該当するように思う。

 カトリック教の教えの下、『魔女』として告発された異端者は、証拠の有無に関わらず問答無用で火あぶりの刑に処せられた。気に食わない人間を『魔女だ!』と告発すれば、それが叶ってしまう時代だったのだ。


(確か江戸時代の捜査もそんな感じだったらしいわね。犯人の自白が最も有力な証拠とされ、厳しい拷問が行われたって何かで読んだわ。つまり無実の人が拷問に耐え切れず、してもいない罪を自白し、極刑に処せられたケースも少なくなかったってこと……)


 要するにこの異世界、時代設定的に捜査方法は似たり寄ったりなのだ。

 実際、ローザの司法解剖は基本的なことしか行っていない。死後硬直や死斑の検査、胃の内容物の分析に凶器の形状の考察。最低限の解剖で、難なく犯人像を絞り込めた。逆に言えば、最低限の解剖で分かる真実さえ、今までは見過ごされてきたということなのだ。

 

「それにしても知の女神・メメーリヤの権能には恐れ入ったよ。マリアージュ、君が受けた祝福はこの世界の常識を根底から覆すかもしれない。これからは君の知識を大いに頼らせてもらうとするよ」

「ぶほっ!」


 マリアージュが深い思惟に沈み込んでいると、突然傍らからルークのストレート球が飛んできた。軽く咳き込みながら、マリアージュはルークに冷たい視線を投げかける。


「お褒めにあずかり光栄ですわ。ですが私を頼る前に、殿下には深く反省して頂きたいですわね」

「ん?」

「今回の事件、元はと言えば殿下の女癖の悪さが招いた事件ではなくて? 殿下と恋仲になりさえしなければ、ローザ嬢もダヴィットに殺されずに済んだのでは?」

「おやおや、これは手厳しい」


 またまたいたずらっ子のように、ルークは肩をすくめて苦笑した。

 事件後、容疑者扱いされたマリアージュには多くの者から同情が寄せられ、名誉が失墜することはなかった。

 だが殺されたローザの評判は散々なものだ。色恋沙汰の末に殺されたため、ローザはルークとダヴィットを二股にかけていたのではないか?という無責任な噂が流れたのだ。


 真偽は定かではない。

 ローザが本当に二股をかける悪女だったのか。

 もしくは健気にルークに恋する純粋な乙女だったのか。

 ダヴィットが一方的にローザに懸想し、ストーカー化していた可能性だってある。

 

 けれどもうローザは、無責任な噂や憶測に対して何一つ反論できない。

 尊い命は――無残にも奪われてしまったのだから。


「私から殿下にお願いしたいことは一つですわ。今後いかような事件が起きようとも、被害者の尊厳が他者に踏みにじられるようなことがあってはなりません。その体制作りにご尽力下さいな」

「………」

「メメーリヤ様の祝福は、死体から真実を読み解く力があります。でも人の心だけは、決して完全に解き明かすことができないのですわ……」

「……。なるほど、肝に銘じておくよ」


 それでは……とマリアージュは早々に話を打ち切り、席を立ち上がった。そもそも今日はルークとオスカーの謝罪を受けるためだけに呼ばれたお茶会なのだ。用が済んだならさっさと退出するに限る。


「では御前を失礼致します。ルーク殿下、オスカー殿、ごきげんよう」

「ああ、またね」


 にっこりと笑うルークに対して、マリアージュは心の中で舌を出す。


(――次なんてあるわけないでしょ、この女ったらしが!)


 一年後、彼から婚約破棄されることが分かっている身としては、破滅EDを避けるために極力ルークとは関わりたくない。

 高ぶる気持ちを抑えきれず、淑女らしからぬ大股で早々に太陽宮から退出していくマリアージュだった。













「いいのか、ルーク。マリアージュ殿の誤解を解かなくて」

「んん?」


 マリアージュが去った後、テラスに残っていたオスカーは親友であり主人でもあるルークに気まずそうに尋ねた。周りに誰もいない時、敬語は使わなくていい――というのは、二人の間では暗黙の了解である。


「誤解……誤解ねぇ……?」

「実際ローザ嬢と噂になったのは、かの令嬢が一方的にお前に迫っていたからだろう」

「そうだね。モテる男は辛いよね」

「……ルーク」

 

 いつもの軽い態度で茶化そうとする友を、オスカーは低い声で諫めた。

 口元に微笑を浮かべつつも、エメラルドの瞳の奥底が冷え切ったままでいるのを見透かした上でのことだ。


「人は自らが信じたい事実しか信じない。今のマリアージュには何を言っても無駄じゃないかな」

「彼女はお前の婚約者だろう」

「もちろんだとも。政略という鎖で繋がれた形式だけの……ね」


 ルークは軽く目を閉じ、瞼の裏にマリアージュの姿を思い浮かべる。


「それよりもオスカーはどう思った?」

「………」

「今までのマリアージュとは、まるで別人」

「――」

「のようでいて、時折彼女本来の気性の激しさも見せる。いやはや、まるで二つの人格が一つに混ざっているみたいじゃないか!」

「………………」


 ルークはパンッと手を叩き、愉快気に笑った。

 

 王宮舞踏会殺人事件が起きる直前まで、ルークにベタ惚れだったマリアージュ。

 しかし彼女は事件を境に、彼に対する態度を一変させている。


 時には王太子に向けて、皮肉や嫌味な言動を繰り返し。

 剰え、煽りでも試し行動でもなく、本心から彼を嫌っている。

 あそこまで完璧に嫌われると悲しいと感じるよりも先に、いっそ新鮮に感じてしまうほどだ。

 今まで王太子である自分に対し、あそこまでひどい態度をとる者はいなかった。

 だからこそ逆に興味がそそられてしまう。


「マリアージュ殿の変化は、メメーリヤ様の祝福を受けたせいではないのか?」

「うーん、その割には彼女からは相変わらず何の魔力も感じられないんだよねぇ? 本当に女神からの祝福を受けたなら、エーテルの変化がありそうなもんだけれど」


 ルークは長い髪を一房取り、指先でくるくると回す。

 オスカーはうんざりした。

 これはルークが良からぬことを企んでいる時の癖なのだ。


「お前、ついこの間までマリアージュ殿には興味のきの字もなかったくせに……」

「フフフ、僕は面白いものが大好きなんだよ、オスカー。知ってるだろう?」

「………」


 ――よく知っている。

 おもむろに頷き、オスカーは肺の中の空気全部を吐き出すような長いため息をついた。


(マリアージュ殿、もしかしたらあなたは知らず知らずの内に、眠れる獅子の目を覚ましてしまったかもしれません……)







 ――それは……フラグ。

 マリアージュが最も危惧していた破滅EDフラグが消え、別のルートが現れた兆し。



 だがあいにくとマリアージュ本人だけが、すでに運命の岐路の一つを通り過ぎていることに……気づいていなかった。

 




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