悪役令嬢マリアージュの異世界法医学ファイル

相模六花

王宮舞踏会殺人事件

第1話 悪役令嬢、詰む



「きゃあああああーーーー!」


 その日、ヴァイカス王国の王宮に、甲高い悲鳴が響き渡った。

 舞踏会もいよいよお開きという時刻、ダンスに疲れた貴婦人達は談笑しながら饗宴の場から離れた。向かうは大広間より少し離れた位置にある、休憩室である。

 だが最奥の部屋に足を踏み入れた瞬間、彼女達の視界に衝撃的な映像が飛び込んできた。


「いやあぁぁぁーーー!」

「きゃああああーーーっ!!」

「いかがなされた!?」

 

 貴婦人達の悲鳴を聞きつけ、素早く現場に駆け付けたのは王宮の警護を担う第一聖騎士団。その中には騎士団団長であるオスカー=ルンドマルクの姿もあった。


「こ、これは……!?」


 室内は異様な雰囲気だった。

 クリスタルの小シャンデリアが煌々と輝く中、ベルベッドの絨毯の上に広がるのは真っ赤な血だまり。さらにその近くには二人の令嬢が、意識を失ったまま倒れている。


 愛らしい黄色のドレスを纏うのは、子爵令嬢・ローザ=サスキア。

 そしてもう一人は――


「うっ……」


 かすかに意識を取り戻し身を起こしたのは、公爵令嬢・マリアージュ=ドミストリ。華奢な右手には凶器と思われる、血まみれの彫像が握られていた。




        ×   ×   ×



 二人が聖騎士団に発見されてより一時間後、正式にローザ=サスキア子爵令嬢の死亡が確認された。

 前代未聞の殺人事件発生により、すぐさま王宮内に緘口令が敷かれ、事件のあらましは王にも告げられる。

 第一容疑者は凶器と思われる血まみれの彫像を握っていたマリアージュ=ドミストリ。それを尋問するのは第一聖騎士団団長・オスカーだ。


「ではもう一度お伺いする。マリアージュ殿、あなたにローザ嬢を殴った記憶などない……と?」

「何度も何度もしつこいですわ。ありませんったら、ありません! それにわたくしの腫れた後頭部をご覧になって? わたくしもあの部屋に入るなり、背後から誰かに殴られて気を失ったのです。わたくしを殴った人物こそが、真犯人ですわ!」


 鼻息荒く、己の無実を訴えるのは黒髪の公爵令嬢。やや釣り目がちな瞳は、彼女の勝気な性格をよく表している。

 対するオスカーは、マリアージュの身体こそ拘束してはいないものの、ソファに座る彼女を冷たく見下ろしていた。普通の貴族ならば公爵令嬢の傲慢な態度に臆してしまう所だが、任務に忠実なクソ真面目男に公爵家の威光は通じない。


「ですがこちらには多数の目撃証言があるのです。晩餐会が始まる直前、あなたは会場に見えたローザ嬢と諍いになったらしいですね? しかもあなたが一方的にローザ嬢を貶めるような発言をしていたとか。お心当たりはございますか?」

「(ある! メッチャありますっっ!)」


 オスカーの質問に、マリアージュは思わず生唾を飲み込んだ。

 大きなたんこぶのせいで物理的に頭が痛むというのに、別の意味でも頭が痛い。

 確かにマリアージュは醜い嫉妬心から、ローザ嬢に冷たく当たった。

 


「ええ、確かに認めますわ。『子爵という低い身分で、公爵家のドミストリと張り合おうなんて図々しい』『どのような色目を使って殿下を誑し込んだのですか』『鏡を見て出直してらっしゃい』――そのようなことをローザ嬢に申し上げました」

「………」

「それからこれも調べればわかってしまうことですから白状致しますが、ローザ嬢を冷たい池に突き落としたり、お茶会でわざと仲間はずれにしたり、彼女のドレスをビリビリに破いたり、散々な嫌がらせも致しましたわ!」

「………。マリアージュ殿、あなたという方は……」


 マリアージュの告白に、オスカーだけでなく、取り調べに同席する騎士達も一斉に呆れた。チクチクと刺さる軽蔑の視線に、マリアージュの脳内は羞恥心でいっぱいになる。


(わかってます! マリアージュが最低な性格だって言うの私が一番よくわかっています。だからそんな目で見るのはやめて下さい……!)


 マリアージュは体を小刻みに震わせながら、これから自分がどうすべきかを必死に考えた。ちらりと頭上を盗み見れば、オスカーの冷ややかな蒼の双眸が自分をまっすぐに射抜いている。


(全く、さすが攻略対象なだけあって、恐ろしいほどのイケメンね……。銀のオスカー、金のルークとはよく言ったものだわ。でもまさかそれを今このタイミングで思い出すなんて……!)


 美しい銀髪の聖騎士は、乙女ゲープレイヤーの人気投票で第二位を獲得するほどの人気キャラだった。かつての姪が、彼が最推しだと熱く語っていたのをぼんやりと思い出す。




 ――そう、悪役令嬢マリアージュは一時間前、暴漢に襲われたことで、魂の奥底に眠っていた記憶が呼び覚まされた。

 前世、日本という国で暮らしていたこと。

 今生きるこの世界が、とある乙女ゲーと全く同じ舞台であるということを――




         ×   ×   ×




『叔母ちゃん、このアプリとても面白いんだよ! 暇な時に遊んでみて!』


 ある日、中学生の姪が目を輝かせて紹介してくれたのが、スマホアプリの【CODE:アイリス】だった。

 いわゆる乙女ゲーと呼ばれるジャンルのゲームで、最初なぜ自分にこれが薦められているのか意味がわからなかった。


『下らないゲームをプレイしている時間なんか叔母ちゃんにはないのよ』


 そう言いたいところをぐっと堪える。

 当時、仕事に熱中するあまりに婚期を逃し、アラサーどころかアラフォーに手が届きそうだったマリアージュにとって、可愛い姪との交流は、心の癒しになっていた。たまにしか会えない彼女の機嫌を損ねたくなくて、苦笑しながらゲームをプレイしてみる。


『そうねぇ、これはどんなふうに遊んだらいいの?』

『あのね、あのね、まずはスタート画面で自分の名前と誕生日を入力してぇ……』

 

 そしてプレイしてみれば……なるほど、と思わないこともない。【CODE:アイリス】は乙女ゲーでありながら、サスペンス&ラブが売りのストーリーだったのだ。


 魔法を万能に使いこなす主人公・アイリスの周りでは、国家規模の陰謀が渦巻く。アイリスは王太子・ルークや聖騎士団・オスカー、その他多くのイケメン攻略キャラ達と出会い、絆を深め合いながら難事件に挑んでいく。


 隣国の外交大使の変死事件。

 とある伯爵令嬢と舞台役者の心中事件。

 王弟毒殺未遂事件から始まる連続殺人事件。

 

 とにかくこの乙女ゲーは周りの人物が死ぬ。モブキャラほどよく死ぬ。

 サスペンス要素がいい刺激になって、このゲームの人気を支えていたのかもしれない。

 そして多くの事件の黒幕として、真っ先に疑いの目を向けられていたのが――



 王太子・ルークの婚約者であり、公爵令嬢であるマリアージュ=ドミストリ。



 そう、悪役令嬢の名にふさわしい設定を与えられた彼女は、わがままな性格と傍若無人な気位の高さから、多くの事件に関わった。

 王太子に近づくヒロイン・アイリスや、その他の女を排除しようと、あの手この手の犯罪を計画し、実行する。


 だが天網恢恢疎にして漏らさず。

 物語の最後には彼女は悪役令嬢らしくお決まりの破滅フラグを踏みまくり、その結果、処刑EDを迎えた。

 まさに勧善懲悪。日本人が好きそうな王道パターン。

 当時、ゲームをプレイしながら思ったものだ。


 何が悲しくて、プロの自分がこんな乙女ゲーをプレイしているのか……。

 可愛い姪と親睦を図るためとはいえ、あまりにも空しすぎる……。




         ×   ×   ×




「……どの……、マリ……ジュ殿! 一体どうした、マリアージュ殿!」

「っ!」


 次の瞬間、マリアージュは刹那の回想から浮上して、現実世界に戻った。

 オスカーと部下の聖騎士達は、急に黙り込んだマリアージュを訝しんでか、皆そろって仏頂面だ。


(お願い、誰か、これは悪い夢だと言って……)


 そんな中、マリアージュはきつく眉根を寄せ、今にも泣きだしたいのを必死に我慢していた。つい小一時間ほど前に思い出した前世の記憶の渦に翻弄され、呼吸することさえままならない。


 急に記憶を取り戻したきっかけは、背後から頭部を強く強打されたことで間違いない。

 だがなぜ、今この状況でを思い出すのか。

 しかもよりにもよって愚かな悪役令嬢・マリアージュに生まれ変わってしまうなんて……。


(あ、こりゃだめだ。人生、詰んだ……)


 かつて日本の、とある大学の法医学教室に勤めていた女助教授は、早くも今生の運命を悟り、ひとり白目を剥くのだった。



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