ミス・コネクション(短編集その11)

渡貫とゐち

ミス・コネクション【第一話 A】

「ねえねえタチバナちゃん、仕事なんか後回しにして遊びにいこうよ、金ならあるからさ――オレ、美味しい肉料理のレストラン知ってるんだよね。この前、大物司会者に教えてもらったんだぜ」


「はあ、そうですか。どうでもいいですけど。そんなことよりも早く仕事をしてください。これまでに二回も締め切りを伸ばしているんですからね、これ以上は伸ばせませんよ――あたしが困ります」


 尖った耳が特徴的な二人だった。

 この国では珍しくもないエルフ族である。


 男の方はファッションカタログのモデルがそのまま出てきたような、爽やかな印象を与える容姿をしている。

 女の方は、あえて地味な格好と、すっぴんに近い薄い化粧をすることで抑えるように意識しているが、それでも素材の良さは隠せていなかった。


 肩で揃えたエメラルドグリーン色の髪。

 メガネをかけているのはファッションではなく、本来の用途として、だ。

 単純に目が悪い。悪くなったのだ。色々と、目を酷使することが多い仕事だ。


「締め切り、締め切り、ねえ……そうやって追い詰められるとこっちは書けないんだけどなあ……。もっと自由に、伸び伸びと書かせてもらえないのかな?」


「伸び伸びと書かせた結果、あなたは長めに設定した締め切りすら守らないじゃないですか。時間を与えるとすぐに遊ぶくせに……。最悪、会社にカンヅメすることも考えていますからね?」


「それじゃあ尚更書けねえよ? そろそろオレの扱い方を学んだ方がいいんじゃねえの、タチバナちゃん? オレを思い通りに操りたかったら、一緒に食事をした方が早いぜ。そしてベッドの上で優しく囁いてくれればいいんだ――『面白い作品を期待していますよ』ってな」


「そうまでしないと書けない作家って、どうなんですか? こっちから契約解除ですよ」


「できるの? このオレを他のレーベルに取られて、オレの代わりになる後釜をすぐに見つけられるのかなあ?」


 痛いところを突く。

 確かに、彼の後釜を見つける、もしくは育てるとなると、簡単ではないだろう……。仕事を滅多にしない作家だが、それでもひとたび完成させてしまえば、これまでの失点を全て取り返すパワーがある作品を生み出してくれる。

 傾いた会社を立て直して、かつ、さらに飛躍させる作品が出てくることが分かっているなら、ぞんざいに扱うこともできない作家だ。

 どうしてこんなやつにこんな才能が……と、悪態をつきたくなるものだ。


 こんなクズでも看板である。

 立ち上げて三年目の新レーベル「ファンタズム:ノベルス」でも、人気と売り上げ、共に三本の指には入る作家である。会社の中でも優先度はかなり高い……。


 どうしたって、後回しにはできないのだ。


「オレ、知ってるんだぜ? なかなか下が育たないんだってな? それってつまり、タチバナちゃんの後輩が育っていないってこともであるよなあ――新卒入社が多いんだっけ? スパルタだとすぐに辞めちゃうし、だけど甘やかしたら育たない……、難しいところだよねえ」


「……もしかして、あなた、早速うちの後輩に手を出してますか……?」

「手は出してないよ、唾はつけたけど」


 社会に出て一年目の少女だ、看板作家であるがゆえに金持ちで、見た目だけなら整っている爽やかなイケメンにアカウントを聞かれたら、教えてしまうだろう……、既に味見をされている……?


 この男、作品を作る時間を削って、女と遊ぶ時間を捻出していたのか……っ!?


「そう怒らないでよ、タチバナちゃん。そもそも、色々な女の子と遊ぶことは取材なんだぜ? 魅力的なキャラを書くためにはどうすればいい? 想像じゃあ無理だ、少なくともオレは、実体験を元にしないと書けない――可愛い女の子と遊ぶことが、つまりオレにとっての執筆作業になるわけだな」


「あなたの作品はがっつりバトルでしょ。ラブコメ要素なんてありましたか?」

「スパイスとして入れてるけどな。ま、評判は良くないみたいだが」


 肩をすくめる男だった。

 シリアスバトルの合間に挟まるラブコメは、ミスマッチというだけで、単体で読めばそこまで質は悪くない。


 彼の意見も、大間違い、というわけではないのだ……。女の子と遊ぶことで、血肉にはなっている……が、締め切りを破ってまで優先することではないはずだ。


「…………はぁ、もういいです。好きに遊んでください。ただし、映像化した時のチェックはサボらずにお願いしますよ?」


「え、いいの? じゃあ、一緒に食事にいってくれる?」


「いきませんよ、あたしは会社に戻って仕事です。あなたが締め切りを破るなら、交渉しないといけませんからね――あたしはあなたの作品の『面白さ』をアピールして交渉しています、人間性に期待はしていませんが、作品への期待は裏切らないでくださいね」


 はーい、なんて軽い返事で、男はスマホをいじり始めた。

 また、連絡先を交換した可愛い女の子と遊びにいくのだろう……。

 取材、らしいけど、それがついでだろう。純粋に楽しく遊ぶだけだ。


 創作を手段にしか思っていない作家は、目的のものを手に入れてしまえば活動をしなくなる――かと言ってお金を制限をするというのは、干渉し過ぎだ。

 高いものを買わせても、彼は既にある程度のものなら持っている。


 つい最近、「タチバナちゃんにマンションを買ってあげる」――なんて言われた時は引いたものだ……、冷静に考えれば玉の輿だが、冷静になってしまえばあんなクズとプライベートで関係性を持ちたくなかった……――仕事でなかったら喋りもしたくない人種である。

 ……同じエルフなのに。同じエルフだからこそ、遠慮もいらなかった。


「……では、アカバネ先生、また来週きますので」


「オッケーオッケー、じゃあ駅前で待ち合わせねー、よろしく――っす、と、ん? タチバナちゃん、なんか言った?」


 気づけば通話していた男に、タチバナは冷たい視線を投げ、


「刺されればいいのに」

「急になに!? あっ、嫉妬……?」


「先生。敵は目前ですよ」

「タチバナちゃんが刺すの!?」


 最悪。

 そういう手段も、ありだろう。


 〇


 ここはエンタメの国。

 あらゆるエンターテインメントを集めた、年中お祭り騒ぎで、日々、日進月歩であらゆるコンテンツが進化し、生まれ、なくなっていく回転の早い国だ。


 音楽、映像、ゲーム、魔法――派手な演出で盛り上がる、よく目立ち、注目されるコンテンツとは違い、『物語』を文字で読むという『ノベル』は、やはり地味に見えてしまう。


 もちろん、『ノベル』の界隈では毎年毎月、大盛り上がりなのだが……。


 お祭りの舞台に立って騒いでいるところを見てしまうと、なんだか自分たちがいる界隈は隔絶されているように感じてしまう……、まあ、それは『ノベル』に限った話でもないが。


 なにがエンタメになるか分からない。

 だからなんでもエンタメになる。


 当然、中には大衆には理解されないものもあり……、それを切り捨てることなく表現し、発表できる舞台があるのが、この国だ。


 全てを拾い上げ、整える――パッケージ化してしまう。


 エンタメの国の総支配人――通称『星姫ほしひめ』の意向であった。


 あらゆるエンタメが集まれば、あらゆる種族が集まる。

 多種多様な種族が入り混じる国は珍しいことでもないが、小人から巨人族、人魚から天使まで、多種多様の幅が最も広いのは、エンタメの国だけだろう……外国嫌いで有名な刀の国から、『侍』が訪れているのも、エンタメの力なのだろう。


 魅力が人を惹きつける。

 惹きつけた人材に火を点け、新たなエンタメを発明させ、発展させる。

 そうして力をつけていった国なのだ。


 世界中からエンタメを奪ったようなものである。

 だったら当然、多くの人が集まるわけだ。


 〇


「タチバナ、ただいま戻りました」


 会社に戻ったタチバナは、まず上司に報告をした。

 いつも通りの連絡であるが、いつも通りでは困る、というのが実情である。


 アカバネ先生は書く気がないそうです、と言われて喜ぶ編集者はいない。


「すいません、きしさん、あたしの力不足です……」


「いや、彼は仕方ない、歴代の担当編集者の全員が苦戦しているからな……。男が担当だったらもっと書いていないぞ。それでも、彼が書く気になって書いた作品は爆売れするから、手離したくはない作家なんだよ……」


 無精ひげを生やした三十代の男。彼は会社では珍しいヒューマンである。

 最近鍛え始めたらしく、日々上半身が大きくなっている……。


 彼はストレス発散のために筋トレをしていると語っていたが、結果が出ているということは、それだけストレスが溜まっているということで――……昇進するとやはり大変らしい。


 そのせいか、最近の新人は昇進欲求がないようで、彼も困っているのだ……。

 もしかしたら、昇進に欲があるのはタチバナで最後かもしれない……。


 タチバナは、レーベル立ち上げ初月から務めていた三年目の編集者である。


 昇給は経験したけど、まだ昇進は経験していない――そろそろしてもいい頃合いでは?

 しかしできていないのは、あいつのせいだ――そう、アカバネ先生。


 何度も締め切りを落としていることによって、タチバナの評価も落ちている……。

 上司の岸は、事情を知っているので責めはしないが。同情はしているらしいけど……。

 同情するなら昇進をさせてくれ。


「どうしたらいいですか?」

「正直、手はない。彼の気まぐれに頼るしかないな――」


 編集者にできることはなにもない、と言われて、しかし引き下がれるタチバナではなかった。


「でもっ、」


「おっと、すまん、メールだけ確認させてくれ」


 上司の目線がパソコンへ移動したことで、タチバナも一度、呼吸を整える。

 ……これは八つ当たりだった。厄介な作家であることは知っていた、理不尽に押しつけられたわけではない。最初は人気作家の担当になれて喜んだものだったが……、中身が『あれ』では歴戦の編集でも苦労するだろう。


 ベテランでも音を上げるのだ、新人が担当して上手くいくわけがない。

 ……順応すればいいのに、上手くいかずに焦っているのはタチバナだ――抱く焦りが、もしかしたら状況を悪化させているのかもしれない……。


(食事、くらい、いけばよかったの……? ベッドの上で囁くだけで、書いてくれるなら――……あたしのこの身、一つで。……こんなものでも差し出して、やる気になってくれるなら……)


 守るほど、高貴な純潔ではないだろう。


 テレビでは、お昼のワイドショーが流れていた。


 大物司会者と肉体関係を持ったことで売れた、アイドルのスキャンダルが取り上げられていた。


 正規の方法ではない手段を使って成功しても(もしくは前へ進んでも)、自分が納得できるのか?


 目的地にただ辿り着けばいいってものじゃない――その過程で、なにを学び、なにを得たのか……それが大事なのではないか?


 編集者としてステップアップしなければ。

 本当の意味で作家を助けられる編集者にはなれないだろう。




 第一話 B へつづく

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