第27話

「センパイ、センパイ。着きましたよ、水族館‼」

「言われなくても、見たら分かる……」


快速電車から降りて、改札口を抜ければ水族館の建物が見える。

水族館に向かう道中。駅の柱や街中の電柱など、そこら中に水族館のポスターが貼られてあった。


「センパイはどんな海洋生物が好きですか?」

「特にない」

「もぉ~、全然おもしろくなーい。ちゃんと真面目に答えてください‼」

「そもそも、あんま海洋生物好きじゃない」

「はい、それナシ。無くても適当に、意地でも答えてください‼」

「お前はそれでいいのか……?」


チケットを買うため、行列に並んでいる間。やたらとハイテンションでオレに絡んでくる。正直、面倒くさい。


「じゃあ、強いて言えばペンギン……かな」

「なんで、なんで⁉」

「キャリアセンターの職員さんからのアドバイスで“ファーストペンギン”を目指せってよく言われる」

「それビジネス用語ですよね?プライベートの時間と就活絡めないでください!」

「ファーストペンギンはリスクを顧みず、色んな事に挑戦する起業家。セカンドペンギンはリスクがないことを瞬時に判断して……」

「ハイハーイ‼ウチの声、聞こえますか~?今だけ就活を忘れてくださ~い」


脳が勝手に就活モードになりかけ、意識が遠のく。

「今、デート中ですよ」と真愛がオレの耳元で手を叩いてきた。音の衝撃でなんとか失いかけた意識を呼び戻す。


「日南はどんなのが好きなんだ?」

「そうですね……イルカとかアザラシとか色々いるんですけど、やっぱ一番はマグロさんかな~」

「ん?マグロ⁉食べるのが好きとか?」

「いえ。いち魚として好きなんです」


まさかの回答に驚いてしまった。

内から醸し出す雰囲気からマグロという厳ついワードは似つかわしい。そもそも食べる目的以外にマグロが好きなヤツを初めて見た気がする。


「マグロさんはずっと動いてないと死んじゃうでしょ?そういう所が可愛いなと思うし……、なんか共感できるんです」

「えっ、お前ってずっと動いてないと死ぬの?」

「さすがに死にはしませんけど、ウチも常に動いてないと不安で仕方ないというか……」

「もしかしてバイトたくさん掛け持ちして、忙しい自分に酔うタイプか⁉」

「それはちょっと違います……」


あれやこれやと話しているうちに前に並んでいた行列が空いていき、窓口でチケットを買う番となった。


「おっと、1500円あったかな……」

「センパイ違います。1500円は高校生までです。大人は2500円ですよ。しっかりしてください」

「えっ、マジかよ。高っ⁉」

「コラ‼センパイ‼お店の人の前でそういうこと言わない‼」

「あ、ああ……すみません」


ここの水族館に来たのは6年も前。うっかり当時と同じように高校生の料金を見ていた。

窓口の人が少し困惑した表情でこちらを見詰めている。


「センパイ、お金持ってます?」

「げっ……、ヤバい。財布の中、野口英世が一人しかいない」

「なにやってるんですか、まったく……。代わりにウチが出しときますよ」


真愛はポーチからピンクの財布を取り出し、万札一枚を受け皿に置いた。

窓口の人は受け皿に置かれた万札を手に取り、お釣りとチケット二枚を真愛に手渡す。


「あとでちゃんと金は返す」

「別にいいです。元々、金欠でしょ?」

「そりゃあ、今はバイト休んでるからな。でも後輩の女の子に奢られるのは性に合わん」

「そういや会計の時に、財布を出さない人間はキライだーとか言ってたような……」

「ああ、そうだ。だからオレはすぐに金を下して、意地でもお前に返す」

「もぉ~、はいはい。お好きにどうぞ。ウチはここで待ってますから」

「マジで、すまん……‼」


チケットを受け取る前に、たまたま近くにあったATMに駆け込む。

オレがお金を下ろしている間、真愛は手持ち無沙汰にチケットで顔を仰ぎつつ、入場口前のベンチに腰を下ろした。


■■■


「はい、これ。お返し」

「どうもでーす」


お金を無事返せて、チケットをゲット。さっそく入場口の方へ歩いて行く。


「センパイは元カノさんと何回ぐらいここに来たことあるんですか?」

「この水族館は三回ぐらい。他の水族館も合わせるとだいたい十回かな」

「行き過ぎでしょ。水族館マニアですか?」

「えっ、皆このぐらい行くっしょ?」

「センパイ、キモッ。調子乗るな」

「いきなり辛辣過ぎない⁉」


入場口を抜けると一面に青い景色。

トンネル型のアクアラインが真っ直ぐ続き、海の中を泳いでいるような感覚に襲われる。


「センパイ、センパイ‼いっぱい魚がいますよ、魚‼」

「いるに決まってるだろ。なに当たり前なこと言ってんだ」


水槽と対面するや否や、真愛は隣で大騒ぎ。年甲斐もなく、水槽の中で泳ぐ魚達を指差す。


「あの魚はなんて言うんですか?」

「エイかなにか」

「じゃあ、あの魚は?」

「タコかイカか……足が多いヤツ全般」

「あれは、あれは⁉」

「サメらしき物体」

「センパイ。なんかテキトー」


いい加減に答えると真愛は拗ねてしまった。

例のごとく、あざとく頬を含ませてこちらを睨んでくる。


「あっ。隣に大きなフグはっけーん」


オレは何の気なしに膨らんだ頬を突いて、萎ませた。

口の隙間からプシューと弱々しく空気が抜ける音が漏れ出る。


「センパイ、今の行動は流石に引きます。虫唾が走りました」

「えっ⁉突いたらダメだったヤツ⁉」

「ダメとまでは言いませんが……その……」


真愛の顔を引き攣らせて、下に視線を向ける。

オレは後頭部に手を当て苦笑い。悪いことをしたと少しだけ反省する。


「センパイ」

「なんだ?」

「今日の水族館デート楽しくないですか?」

「普通に楽しいけど」

「元カノさんとデートした時と比べてどうですか?」

「そりゃあ、元カノと行った時の方が楽しい」

「そうハッキリ言われると傷つきます」

「オレもハッキリ気持ち悪いって言われて傷付いた。これでおあいこだな」


真愛は「ゴメンなさーい」と素っ気なく謝って、再び水槽の中に目を向ける。


「テンションが低いので楽しくないのかと不安になりまして……」

「お前がはしゃぎ過ぎなだけ。オレのテンションは普通だ。疑似デートの時と変わんらん」

「いつもより胸がドキドキして興奮しませんか?」

「全然。オレの心臓は今日も平常運転だ。謎の高揚感とかもない」

「ウチと居ても何も思いませんか?」

「いいや、何も思わないわけじゃない。お前といると安心できる」

「それはどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だが」

「はぁ……」

「なんだよ、その溜息」

「ウチへの認識は所詮、その程度かと呆れたんです」


アクアラインを抜けた先にある大きな水槽。

中では大人のペンギン達が優雅に泳いでいた。


「ほら、あそこにセンパイの同族が泳いでますよ」

「いつの間にオレはペンギンになったんだ」

「そっか。ペンギンとセンパイを一緒にしたらペンギンが可哀想だ!」

「軽口は程々にしてくれ」


ペンギンの水槽の前で益体もない会話を繰り広げていると、館内アナウンスが流れる。

どうやら十分後にイルカショーが始まるらしい。

周りにいた家族連れやカップルはぞろぞろとイルカショーが開催される会場へ移動する。


「ウチらも行きますか?」

「そうだな」


■■■


簡潔に言えば、イルカショーは散々だった。

オレ達は間違えて前列の席に座ってしまい、イルカの水飛沫をもろに受けてしまった。

一応、念の為にカッパを着ていたが役に立たず終い。カッパの隙間から容赦なく水が入ってきて、ワイシャツがびしょ濡れだ。


「センパイ、どのくらい濡れましたか?」

「全身ビショビショ」

「うわっ。えっぐ」


真愛はオレの全身を見て酷く驚いていた。

だが彼女もオレと同じくらい濡れていて、中の下着が透けて見える。

なんとなく周囲の視線がオレ達の方に集まり、居心地が悪い。


「上、着るか?」

「はい?」

「てか、早く着てくれ」


暑くて脱いでいて、スーツのジャケットを彼女に差し出す。

カバンの中に入れてあったため、水飛沫の被害は受けていない。


「暑いし、ダサいから要らないです」

「そんなつれないこと言うな。そのままだと身体冷えて、風邪引くぞ」

「ウチはそんな柔じゃないです!これくらいヘーキで……へっ、へっくしょん‼」


肩を震わせながら虚勢を張るも、堪らず綺麗なくしゃみ。同時に鼻水をすする音が聞こえてくる。

「ほら見たことか」とオレは鼻で笑ってやった。


「センパイ、マジでウザい」

「なんとでも言え。取り敢えず着ろ」

「はいはい、分かりましたよ……」


真愛は嫌々ジャケットを受け取り、上から羽織る。サイズが大きいせいか、どんなに可愛くてスタイルが良くても服に着せらている感が否めない。


「これって彼シャツみたいで……意外とアリかも」

「なにバカなこと言ってるんだか」


萌え袖をオレに見せつけ、ニヤニヤ笑う。

渋ったくせにジャケットを着た途端、機嫌が戻った。

まったく、どいつもこいつも情緒が不安定過ぎて乙女心が読めない。


「やっば……」

「センパイ、どうしたんです?」

「漏らしそう」


突然、ギュルルルと腹の虫が断末魔を上げる。一緒に痛みも伴い、強烈な便意が襲ってきた。

オレの方が先に身体を冷やしてしまい、お腹を壊してしまったようだ。


「ゴメン、近くのトイレに籠るから暫くここで待ってて」

「あっ、はい‼」


今はもう便座の上に座ることしか考えてない。

真愛を置いてトイレがある方向へ駆け出す。


■■■


個室に籠ること約五分。案外そこまで重症ではなく、予想より早く便意が治まってくれた。

個室から飛び出し、急いで真愛が待つ場所まで走る。


「おーい日南、ちょっと待たせたな。デートに続きすんぞ……って、ん?」


真愛の背中が少し見えた所で声を掛けたが、お取込み中のようだ。彼女の周りに三人の女性が集まっていて、談笑していた。


「大学の友達か……」


三人とも派手目な化粧と服装で、いかにも陽キャといった感じ。ゲラゲラ下品な笑い声が聞こえてくる。

あまり人の友達を悪く言いたくないが、見るからに頭が悪そうだ。


「——アンタ、こんなとこに一人で何しに来たの?」

「ひ、ひとりじゃない。ちゃんと友達もいるし……」

「彼氏っしょ?」

「今日は違う」

「ええ〜、絶対ウソだ 〜」


薄っすら彼女達の話し声が聞こえてきた。

三人とも妙にトゲトゲしい喋り口調だ。

真愛は表情を曇らせ、地面をただ見詰める。


「アンタさ、大学でも色んな男引っ搔き回してんの?」

「ええっと、それは……」

「高校の時みたいにいっぱい色目使ってるんでしょ?」

「ち、ちがう……‼」

「は?何が違うわけ?」


ドスの効いた声が辺りに響く。

周りが騒がしいため、そこまで目立ってないが、あれはどう見ても痴話喧嘩だ。

あの四人の間にある空気が淀んで見える。


「ちょっと、すみません。どちら様でしょうか?」

「は⁉アンタ誰?」


オレはヌルッと四人の間に割って入る。

三人の視線が真愛からオレの方へ移った。


「オレはコイツのバ先の先輩で、数少ない友達です」


隣で背を丸める真愛を指差し、軽く自己紹介。

三人の顔が一斉に歪む。


「じゃあ、アンタはその子の彼ピ?」

「“彼ピ”ではなくただの“友達”です。ちゃんとオレの話聞いてました?」

「冴えない顔でウケる」

「おい、そこの女。急にディスんな」


オレの話は聞くに値しないのか、全くコミュニケーションが取れない。各々好き勝手に喋りやがる。

こういうヤツと相手するのは、頗る面倒くさい。


「絶対彼ピっしょ?」

「そこまで疑うなら、彼ピで結構。ほら行くぞ、日南!」

「えっ!!センパイ!?」


これ以上話しても埒が明かない。

真愛の手を取り、彼女達から離れる。


「センパイ、いつの間にウチの彼ピになったんですか!?しかも、なんか大胆……」

「バカ言ってないで、早く上の階に移動すんぞ」


上のフロアは確かフードコートだったはず。

後ろからアイツらが来てないか確認しつつ、エスカレーターまで彼女の手を引いた。




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