第19話 立派なお嫁さんになりたいな

「旦那様、お帰りなさい!」


 夕暮れ時、門の開く音がした。庭掃除をしていた蒼葉はきっと行雲だろうと思い、箒を持ったまま出迎える。


 姿勢良く歩いて来るのは間違いなく行雲だが、隣にはもう一人、栗のような髪色をした青年――惣田がいた。元気そうだが、彼の右腕には包帯がぐるぐる巻かれ、固定されている。


「何故また働いている」


 蒼葉を見た行雲は眉をひそめ、不可解そうに言う。


 屋敷に帰ってきた日の朝から今日の朝まで、行雲の部屋でたっぷり眠ってしまった蒼葉に「大人しくここで過ごせ」と言って彼は仕事に出て行った。


(きっと折角気遣ってやったのに、って思ってるよね)


 蒼葉も最初はすろーらいふの幕開けだ! と喜んだ。しかし、しばらくごろごろ過ごしてみたところ何だか物足りなさを覚え、そして気づいてしまったのだ。


「やっぱり私、立派なお嫁さんになってお義母様に認めてもらいたいんです!」


 まだお義母様に認めてられていない。甘辛い卵焼きを作れるようにもなっていない。 

 

「無理だろう。あの人は俺が誰と結婚してもどうせ文句を言う」

「簡単に諦めちゃ駄目ですよ。私、これまで以上に頑張ります!」


 仕事に一生懸命な行雲に相応しい、立派なお嫁さんになりたい。

 蒼葉はそう思い、行雲の部屋を飛び出したのだった。


 本当は炊事場の手伝いをしたかったのだが、お義母様に「お前は何もするな、顔も見たくない」と追い出されてしまったので、仕方なく庭掃除をしている。


「ふぅん、この子が行雲のお嫁さんね。なるほど、なるほど。そういうことかぁ〜」


 行雲の肩ごしににゅっと首を突き出した惣田は、蒼葉の頭のてっぺんからつま先までを見てにやにや笑う。


「惣田、間違いないな」

「うん、そうだね」

「言いたいことは分かるが、余計な口出しはするなよ」

「分かってるって」


 軍服姿の男たちは小声で会話する。どうも蒼葉のことを言っているようだが、何のことだか分からない。


「あの……私が何か……?」


 品定めでもされているのだろうか。不安になって蒼葉は尋ねる。


「ごめんね。行雲が急に結婚するって言うからびっくりしてどんな子なのか見に来たんだ」


 惣田はにこりと笑い蒼葉の前まで歩み出ると、自由な方の手を差し出した。


「はじめまして、行雲の同僚の惣田兼次そうだかねつぐです」

「あっ! はじめまして、蒼葉です」


 狸の時に干し芋をもらったことで、すっかり知り合い認定をしていたが、人間姿で会うのは初めてのことだ。


(危ない、危ない)


 蒼葉は冷や汗をかきながら握手をする。


「蒼葉ちゃん可愛いね。行雲はちょっと幼い感じの子が好みだったかぁ……いでっ!!」


 行雲は真顔のまま、容赦なく惣田の足を踏んだ。


「余計なことを言うなと言ったばかりだが」

「怪我人相手に少しくらい手加減しろよ〜」

 

 蒼葉は楽しそうに喧嘩をする二人を見て微笑ましく思った。どうやら行雲にもちゃんと友達がいるらしい。


「惣田さんも夕食を食べていかれますか? 私、炊事場に伝えに行ってきます」

「俺は戻って食べるから大丈夫。また色々話そう。行雲がどんな風にデレるのか、とか聞きたいし」


 惣田はパチリと片目を瞑ってみせる。それを横で見ていた行雲は不機嫌そうに彼の名前を呼んだ。


「はいはい、じゃあ用無しは帰りますよ」


 本当に蒼葉を一目見にきただけなのか、惣田はあっさり来た道を引き返していった。

 怪我人なのだからもう少し労った方が良いのではと思ったが、行雲は知らんぷりだ。


「旦那様。惣田さん、帰っちゃいましたよ」

「そうだな」

「怪我してるのに大丈夫なんですか?」

「痛いというわりに大して痛みを感じてない男だ。歩く程度なら問題ない。それよりポン太を見かけなかったか?」


 蒼葉は瞬きを繰り返す。

 狸に何の用だろう。もしや美味しいお土産か。いや、妖はやっぱり切っておこうと思い直したのかもしれない。


「見てないですけど……」

「頼みたいことがある」

(何だろう? 洋燈らんぷ代わりになってほしいとか?)


 とにかく恐ろしい話ではなさそうだ。


「分かりました。仕事が終わったら探してみます」


◇◆◇


 日がとっぷり暮れた頃、蒼葉は茂みの中で狸に化け、こそこそ行雲の部屋に向かう。

 夏帆にでも見つかったら大変だ。きっと容赦なく包丁が飛んでくる。


(わー!! 今日はさつまいもだ!!)


 蒼葉は縁側に置かれた皿を真っ先に確認した。干し芋も美味しいが、生のさつまいもは狸にとってのご馳走である。


「軍の配給品だ。美味いか?」

(とっても美味しいです〜)


 部屋の中から顔を出した行雲に向かってこくこく頷く。


「ポン太はもしかしたら妖の気配を察知できるるのか?」

(はい、できますね)


 むしゃむしゃ口を動かしながら、行雲の問いかけに再び頷く。


「惣田が怪我でしばらく復帰できない。本人は問題ないと言うが医者が止めた」

(骨が折れてたらそりゃ止めるでしょうね)


 本当は出歩くことも控えて、安静にしているべきではないのだろうか。


「俺は妖気を察知できない。このままでは通常の討伐業務にも支障が出る」

(なんと、それは困りました)


 いつもは惣田が気配を読んで行雲に伝えていたのだろう。相方なしに妖狩りに出るのは危険だ。


「頼みたいことなんだが……俺に同行してくれないか? 礼として美味しいものをたくさん準備しよう」


 あまり多くを語らない行雲が、今日はやたらと熱心に喋っている。余程困っているのかもしれない。


(同行するのは構いませんけど……お義母様たちに何て言おう)


 蒼葉がポン太として過ごす時間、人間の蒼葉は消失状態となってしまう。

 顔を見たくないと言われているので、家にいない時間が増えた方が彼女たちは嬉しいのかもしれないが。


 色々考えてみたものの、複雑すぎてどうにもならず、人間姿の蒼葉から後でそれとなく行雲に相談してみようと思うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る