アルマ

 デビアンが去って二週間ほどが経つ。最近はここに長く幽閉されることになりそうな私を気遣ったメイド達が、雑誌やら新聞やらを届けてくれるようになった。まぁ少しの期間で済みそうと思われていた引きこもり生活の終わりが全く見えないのだから、対応が変わってくるのも当然と言える。これ以上ただ閉じ込められていたら、知らず知らずの内に心が病んでそうだったし。

 ちなみに、デビアンの話が落ち着いてきたのはここ数日のこと。メイド達の話によると、何を隠そう、デビアンも失踪した。まぁ優勝商品が姫なんて、女性のデビアンにとっては何のメリットもない話だし、下手に留まって周囲の人間にあれこれ言われるのも面倒だろうし、分かるんだけど。それでも私は去り際の「また来る」を真に受けていたものだから、わりとショックが大きかった。嘘つきって、思ったりした。

 父は再び心変わりを見せた。女心と秋の空、なんてことわざがある国が存在するようだけど、父の心はそれ以上にコロコロと変わる。女子より女子してる父。結構イヤ。しかもその心変わりというのが、明らかに誰かの入れ知恵か、何かのニュースや読み物の影響を受けたとしか思えないものだったから、今回は本当にげんなりしている。

 父のくれた手紙の後半にはこうあった。


 ――強さとは信仰だ


 普段神の名を口にしない父が言うと、知ったかぶっているだけに聞こえてしまうけれども、国の成り立ちを考えると我が国らしい方向性ではある。何度も言うけど、父が自分でこう言うなんて私には信じられないので、おそらくは大臣あたりの入れ知恵だと思う。

 我が国の成り立ちというのは、この辺はかつてマニーラ教という宗教の聖地だったことにある。それは既に滅んでしまった宗教だけど、現存するいくつかの宗教の元にもなっていて、今でも名前だけは廃れていない。というか陸続きでいくつもの国が連なっているので、いつのまにか教えが混ざってしまったというのが定説だったりする。

 この国の至るところにマニーラ教の遺跡があり、どれも大変価値のあるものとして知られている。観光資源として有効活用すべきだろうけど、そういった歴史のあるものを利用することを歴代の王達は避けている。まぁ、感覚的に理解できなくはない。私も彼らと同じ血筋だから、当然なのかもしれないけど。

 偶然だったとしても、父にしてはいい着地点を見つけた。そう評価しているにも関わらず、私の心が晴れないのは、父の手紙の最後の一文のせいだ。


 ――とりあえず会うだけ会ってみて欲しい


 セントもデビアンも、大会の優勝者ということで選出されており、父自らの人選ではない。次の人は、父、というか王室関係者達が直々に選定した人物らしい。よく考えてみれば、信仰心を競うってかなり意味不明だから、当然の成り行きとも思える。


 ドアのノックが響いたのは、父の手紙から三日後のことだった。珍しく窓の外ではなく、テーブルに座って読書をしていた私は、どうぞと慎ましやかに告げる。ドアの向こうの人物は私よりも洗練された声色で「失礼します」と応えた。

 私はというと、その時点で戦慄した。声で察した。三度目になると、もうあまり驚かなくなる。嘘、かなり驚いている。なんで直々の人選でこうなるの。


「はじめまして、フェドラ様。わたくし、アルマと申します」

「あ、うん、よろしくね。……ごめん、うちのパパついに狂った?」


 問わずには居られなかった。セントは、もういい。デビアンも、かなり無理があるけど、性別不詳だったのだろうとなんとか納得することができる。だけど、アルマと名乗った女性は法衣に身を包んだ、見目麗しい女性だった。黒くて長い髪に、少し下がった目元。全ての人を受け入れてくれそうな表情からは、母性が溢れていた。あと胸がすごく大きい。服の上から分かるんだから、相当なはずだ。こんな女性を私の相手として選んだと聞けば、じゃあ父が狂ったんだなと思わずにはいられない。


「これまでの経緯は簡単に聞かされました。実力者として選ばれた二人が忽然と姿を消し、私が選ばれたと」

「色々省くけど、アルマのどこを見て男だと勘違いしたのかしら、父は」


 あの二人が一応男性として選ばれたこととか、ツッコみたいところは色々とあるんだけど、まずはアルマについて訊くべきだと思った。


「ご説明しても、よろしいでしょうか」

「ま、まぁ……あ、入って。適当に掛けて」


 アルマを部屋に招き入れると向かいに座らせる。椅子に座る、ただそれだけの所作が美しかった。そして彼女は、この部屋のドアをノックするまでの経緯を説明してくれた。

 明らかに女性であるという理由で、父は彼女を候補から除外しようとしたらしい。まずはそれを聞けて良かった。父のこと、嫌いにならずに済みそう。


「フェドラ様の婿選びの条件は、かなり厳しいものでした」

「そうなんだ?」

「えぇ。位はもちろん、教養、家柄などもその審査の対象となっておりました」

「まぁ、それは、分かるけど……」


 父の立場で考えれば、大事な一人娘の将来、ひいては国の将来がかかっているのだ。それくらいの条件を付けることは想定内と言える。


「さらに、五名以上の教会従事者の推薦が必須となっており、ライバルはそんなに多くありませんでした」

「推薦した奴連れてきてくれる?」


 何をやっているんだ。女性を推薦するな。

 私の正論とも言える指摘も虚しく、そこから更にアルマは話を続けた。彼女はかなり高位のシスターであるらしく、人望も厚かったため、推薦を得るのは容易だったらしい。狂ってるでしょ。この国の未来を憂いていたアルマは、自分で良ければと喜んでその身を捧げる覚悟を決めたらしい。これじゃ私の方が子供産ませる側みたいだけど違うからね。

 そうして書類審査をくぐり抜けた彼女だったけど、当然ひと目見て落選を告げられたそうだ。まぁまさか女性が立候補してくるとは思わないから、そこで初めて彼女の性別が発覚するのは良しとする。そこで父もちゃんとお断りしようとしたらしいし。

 しかしアルマは父の他、大臣も同席する場で言ってのけたらしい、「世継ぎが欲しいのですよね? 可能ですが?」、と。立ち会った信者の視線が痛かった父達は、「そこまで言うなら」と、アルマを私の待つ部屋に送ることにしたんだとか。


「一応訊くけど……可能なの?」

「特別な力はありません。しかし、信仰心だけは誰にも負けません。祈りましょう、二人の子供が欲しいと」


 ふざけているのかと思ったけど、アルマは祈ればどうにかなると思っているようだ。表情から、本気だということが分かる。なるほどね。


「無理だよ。祈ってどうにかなるなら難病で苦しむ人は消えるんだよ」

「言われてみればその通りですね、やめましょう」

「この人さほど信仰心無いでしょホントは」


 やめるんかい。なんなの、この人。手を組んだり、パッと解いてニコッと笑ったり、忙しい人だ。

 ただ、アルマの気持ちは嬉しかった。国のために本気で身を捧げようとしてくれる人がいるなんて、私の国も捨てたものじゃないのでは、なんて思える。


「フェドラ様との世継ぎは作れなかったと、報告する義務がありますね、わたくしには」

「まぁ、そうね」


 それはそうだと思う。大真面目に彼女をここに送り込んだ王室なんだ。何も告げなければ「子作りは順調らしい」と勝手に解釈する可能性がある。頭が痛い話だけど。


「でも、お話できて嬉しかったです。実は前にも一度お会いしたことがあるの、ご存知ですか?」

「え? でも、さっき、はじめましてって……」

「個人的にお話するのは初めてでしたから。フェドラ様は、二年前にわたくしの所属する修道院に来てくださったことがあるのです」

「あー……あのときの」


 修道院に足を運んだことは覚えている。遺跡の修復や保全、孤児の保護、その他様々な慈善活動を行う、シスターの鑑であり、憧れの的となっている……そうか、アルマはそこの人だったんだ。だとすれば、高位のシスターであるという主張にも納得がいく。


「一度、お話してみたいと思っていたのです。こんな形で叶うとは思っていませんでしたが」

「話してみたかったからって婿探しに立候補するの、大分おかしいけどね」

「一応弁明しますが、世継ぎの話は後でされたんです」

「婿にはなりたかったんだ」


 私がそう言うと、アルマは口元を押さえてクスクスと笑った。どういう意味なんだろう。意図が分からないまま、私は楽しげに笑う彼女の横顔を眺めることしかできなかった。




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