§017 私の知らない未来

『うぉ! 見て見てウィズ~! 火攻めが完璧にハマってるみたいだよ! もうあれなら艦隊が沈むのも時間の問題だよ!』


 水平線から立ち上がる黒煙を見て、私は興奮気味にウィズに話しかける。

 しかし、ウィズは眉を顰め、何とも言えない表情をしていた。


『あ、そうだよね。ウィズが目指すところは『戦場で一滴の血も流さない』ことだから、喩え敵とは言え、大勢の人が死ぬのは不本意なんだよね……』


 私はウィズの心中を察して、少しだけ声のトーンを落とす。


「いえ、戦争を仕掛けてきたのはサマルトリアです。ですので、兵が死ぬのは致し方ないことだと思いますし、結果として、エディンビアラの兵の命が助かるのであれば、喜ぶべきだとわかっています。でも……死にゆく方々にも大切な人がいるのだと思うと……どうにもやりきれない気持ちになってしまうのです」


 その言葉には私も思うところがあった。


 わかっているつもりだった。戦争に勝つことは屍の上に立つことだと言うことを。

 ただ、頭ではわかっていても、真の意味では理解していなかったのだ。

 私が今いるこの世界が、「ゲームの世界」ではなく、「現実の世界」であるということを。


 そう。今、あの艦隊に乗っている兵士はゲームのキャラじゃない。

 家族がいて、友がいる、命ある人間なのだ。


 私は軽く瞑目して言う。


『……ウィズはずっとこの重圧と戦ってきたんだね』


 私は素直な感想を述べる。

 私が「ウィズは」と言ったのは他でもない。

 私が感じている心理的な負担とウィズが感じている心理的負担は比べものにならないという意味だ。


 私はどこまでいっても異世界人であり、死んだ人間。

 結局、私はこの世界をどこまでもゲームの延長戦上でしか見れていないのだ。


 そう考えると、幾ばくかの寂しさを感じてしまった。


 そんな浮かない表情をしていると、ウィズは歓喜の瞬間に水を差してしまったと思ったのか、表情を改め、笑みを湛えながら口の端を上げて言う。


「すみません。私がこのような性格のもので、クルミにも気を遣わせてしまって。でも、これだけは言わせてください。クルミの軍略、本当に素晴らしかったです。本来であれば、大敗を喫する戦いをその知謀一つで覆してみせたのです。まだ勝利が確定したわけではありませんが、海洋艦隊の壊滅によりサマルトリア陸軍はほどなく敗走するでしょう。このような結果に至れたのは、全てクルミのおかげです。本当にありがとうございました」


 そう言ってウィズは頭を下げる。


「……ウィズ」


 そうだよね。

 私がいつまでも暗い顔をしていたら更にウィズに気を遣わせてしまう。

 現実だとか、ゲームだとか、難しいことはひとまず置いておくとして、私とウィズはたったの二人(+私兵さんたち)でサマルトリアに勝ったんだから、私は私らしく、笑顔でウィズを讃えようと思う。


『ありがとう。でもこれは私だけの力じゃないよ。氷魔法も単眼境も地形の計算も全てウィズがいなければ出来なかったこと。だからこれは二人の勝利だよ。でも、まだ完全に終わったわけじゃない。ウィズの言うとおり、ほどなくしてサマルトリア軍は敗走すると思う。そのときのために私達は山を下りよう?』


「山を下りるですか? どうしてです?」


 ウィズは私の発言の意図が読み取れず、ぽかんとした表情を見せる。

 そこで、私はお得意のドヤ顔ニヤリをしてみせる。


『ウィズはあのバカ王子のところに行ってこう言うんだよ。『アーデル様の指示により、私が率いていた伏兵でサマルトリアの海洋艦隊を壊滅させました。私を国家軍師から罷免したと見せかける演技、敵が海から攻めてくることを見切った御慧眼。見事でございました』ってね。そうしたらあのバカ王子はウィズの武勲を認めざるを得ない。そうして、ウィズは晴れて国家軍師に返り咲けるよ』


「え、クルミはそんなことまで考えていらしたんですか? でも、私はクルミさえいれば国家軍師の任など……」


『なに言ってるの。ウィズはエディンビアラの国家軍師であるべき人なの。このチャンスをみすみす見逃すわけにはいかないよ。今回特に大変だったのはウィズがエディンビアラ軍を自由に使えないことだったんだから、次は私にも楽させてよ。二人で世界最強の軍師を目指すんだからさ』


 そこまで言うとウィズも不本意ながら納得してくれたのか笑顔を見せてくれる。


「わかりました。嘘をつくのはあまり快くありませんが、クルミが私のことをそこまで慮ってくださるのであれば私はその役目を演じきってみせましょう。それでは早速山を下り……」


(バサッ!)


 その瞬間、私達の、何かが通過した。


「「え」」


 私とウィズは声を漏らすと同時に天を仰ぐ。


 私達の視界に映ったもの。


 硬い鱗に覆われた巨大な体躯。

 痛烈な風を巻き起こす黒光りする翼。

 まるで炎でも吐き出しそうなほどに大きく開かれた口。


 それは正に私が前世のゲーム世界でよく目にしていた災害の象徴――


『ド、ドラゴン!?』


 ――私は思わずその名を口にしていた。


 だが、予想外の出来事に頭の中の処理が追いつかない。


 私が知るKCOにはドラゴンは存在しなかった。

 だから、サマルトリア戦にドラゴンが出現するなんて未来、私は知らなかった。


 幸い、ドラゴンは私達には気付かなかったのだろう。

 いや、気付いていたのかもしれないが、を得られる場所に向かったのかもしれない。


 そう。ドラゴンが向かう先。

 それは――エディンビアラ軍とサマルトリア軍が衝突している戦場のど真ん中だった。


『ウィズ! まずい! ドラゴンが戦場に向かってる!』


 私はウィズに向かって大声で叫ぶ。

 しかし、ウィズは顔面蒼白で地面にへたりこんでしまっていた。


『ちょっとウィズ! しっかりして!』


「……クルミ、早く全軍に避難指示を。ドラゴンは災害の象徴。人間の手に負えるものではありません。ドラゴンは人や家畜を喰らい、時には街一つを壊滅させることができる力を持ちます」


 私はこの世界のドラゴンの強さを知らない。

 けれど、ウィズの反応を見る限り、人間では太刀打ちができるレベルではない化け物らしい。

 さすがは伝説上で最強の生き物だ。


 私はこの予期せぬ事態に唇を噛みしめる。


 ドラゴンがこの場に現れることは、神でも無い限り、予測は不可能だっただろう。

 でも、この世界にドラゴンのようなものが存在することを前提に、情報収集に努めておくことはできた。


 この世界はKCOの世界に似てはいるが、異なる点も少なからずある。


 例えば、『魔法』がいい例だ。

 魔法はKCOの世界には存在しなかったものだが、ウィズの力を見る限り、魔法という存在は現在の戦争体系を一変させるほどの力を秘めていると私は思う。


 つまり、私はこの状況を予測まではできないまでも、対処法を考える知識を得ておくことはできたのだ。


 しかし、今、自分の無知を嘆いていても仕方がない。

 このままではサマルトリア軍だけでなく、エディンビアラ軍も全滅する。


 そのために私が今出来ることは……。


 ううん、幽霊の私に出来ることは限られている。

 それは知略を尽くすことだ。

 考えて、考えて、考え抜く。

 今の私にはそれしかできないのだから。


 そうして、私は茫然自失となってしまっているウィズの肩を揺らすように言う。


『ウィズ、この世界のドラゴンのことを教えて! 可能な限り詳しく!』


「……ドラゴンのこと……ですか?」


『うん! 今から考えるんだよ! ドラゴンを倒す方法を!』






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