§014 開戦

 僕、アーデルヴァルト・フォン・エディンビアラは、マリングラードに到達していた。

 現在はマリングラード内に設置された本陣にて陣頭指揮をとっている。


 本陣の目の前には、都市を取り囲むように建てられた堅牢な防壁。

 右手には雄大に広がるアゼル―湾。今日は満潮のためか大きな波飛沫が次々と上がり、船着き場に停泊しているキャラベルを揺らしている。

 左手には悠然とそびえ立つレイムヤブルム山。その岩肌はゴツゴツと隆起して反り立っており、とても登れる類いの山ではない。山というよりはむしろ壁に近い印象だ。


 そんな川、海、山に囲まれ、更には防壁による鉄壁の守りを固めるマリングラード。

 僕はこの街には初めて来たのだが、噂に違わぬ要塞都市のようだ。


 これほどまでに堅牢な都市であれば、陥落するという可能性は万に一つもないであろう。


 僕はこの日のために準備をしてきた。


 武器も大量に用意させた。

 兵糧攻めに備えて糧量も大量に備蓄した。

 貿易路の断絶を防ぐために、軍の一部をミシリッチ川に派遣した。

 進軍スピードの問題を改善するために、本陣以外の野営地は、防壁の外に設置した。


 僕の勇猛さと、ウィズリーゼの知謀を合わせた作戦。


 これで何も四角はない。

 あとはサマルトリアが攻め入ってくるのを待つだけだ。


 そんなことを考えていると、僕の横に立つゴルシが言う。


「準備も万端ですな。一つ懸念なのが、我が一万の兵を見たサマルトリアが尻尾を巻いて逃げ出してしまうことですが、それはそれで殿下の武勇となりましょう。はっはっは」


「逃げるだけの知恵があるのであれば、まだ救いようがあるというものだ。引き際をわきまえてこそ一流の君主であるからな。まあ、サマルトリアには我が初陣の贄となってもらう」


 そんな会話をしていると、伝令が本陣へと駆け込んできた。


「アーデル将軍に伝令。先ほどマリングラードから5キロの距離に敵影を確認。その数は三千。分隊からの連絡はありませんので、ミシリッチ川の防衛は成功した模様です」


 その報告を聞いて、僕はニヤリと笑う。

 なるほど。貿易路も守りきれたか。二千の兵では些か不安ではあったが、これで長期戦に持ち込まれる心配も無くなった。

 あとは、一万の兵をもってサマルトリア軍を蹂躙すれば、この戦は終わりだ。


 ん、でも、待てよ……。


 ウィズリーゼがサマルトリアは多用する戦法として「伏兵」を挙げていた記憶がある。

 元々サマルトリアの兵力は五千の予想だった。

 あのウィズリーゼが敵兵力の計算を誤るとはとても思えない。

 となると、残り二千の伏兵がどこかに潜んでいる可能性があるのではないか……。


「敵影が三千とのことだが、こちらの試算よりも随分少ない。どこかに伏兵が潜んでいるのではないか?」


「マリングラードからミシリッチ川に至る街路は見晴らしのいい平野になっております。多少身を隠せる地形はございますが、さすがに二千もの伏兵を潜ませる場所はございません」


 そうか。それであるならば……。


「アーデルヴァルト・フォン・エディンビアラが通達する!――我が一万の兵をもってサマルトリア軍を蹂躙せよ! 圧倒的な力で叩き潰すのだ! それこそが大国エディンビアラの矜持である!」


 そうして、本陣にひしめいていた各指揮官が各分隊に触れ回ろうとしたところで、急遽、更なる伝令が走り込んできた。


「失礼いたします! アーデル将軍に緊急の伝令でございます!」


「何事だ! 既に命は下した! 敵影が確認された報なら既に受けている!」


 僕はせっかくの檄に水を差された気分になり、睨み付けるように伝令を見つめる。


「いえ、その件とは別の報告にございます。実は……アゼル―湾より船が接近しているとの情報が入りました。掲げられている国旗からサマルトリア王国のものと思われます」


「ふ、船だと?」


 ゴルシを初め、僕を取り囲んでいた指揮官が一斉にざわめきの声を上げる。


「サマルトリアは船など持ち出して何をする気なのか?」

「戦争では勝てないと踏んで、今更貿易でもしようって腹でしょうか」

「いずれにせよ特に気にかける必要はないものかと……」


 指揮官達は口々に感想を述べる。

 その意見には僕も同意するところだった。


 船は積み荷を運搬するためのものだ。

 船の製造には莫大な資金が必要になるため、所有しているのは基本的に大商人。

 となると……その船は此度の戦争とは関係ない?

 でも、この絶妙のタイミングは……。


 そこまで考えたところで、僕の額から一滴の汗がしたたり落ちるのがわかった。


 ……まさか。サマルトリアは船を軍事利用しようというのか。


「数は? 数はいかほどだ!」


 僕は動揺を隠しきれず、目を見開いて、伝令に飛びかかるように言う。


「――確認できた船は十隻。その全てが……大砲を搭載した巨大ガレオン船です」


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