§005 確かな温かみ

『ってことで私は早速ベッドにドーン!』


 ウィズの部屋に着くなり、私は思いっきりベッドにダイブする。

 すると、ベッドの柔らかさが私の身体を包み込んだ。


 お、ベッドはすり抜けないのか。これは大発見。

 どういう基準かわからないけど、地面を透過しないのと一緒で、下に置いてあるものは、床判定なのかな?


「あの、クルミ様。そこ、私のベッドなのですが」


『ん? 私は気にしないよ』


「私が気にするんです!」


 ベッドに寝転がってひらひらと手を振る私にウィズが語気を強める。

 そんなウィズに私は口を尖らせながら反論する。


『だってぇ~、この部屋にベッド一つしかないんだから仕方ないじゃん。ま、まさかウィズは私に床で寝ろと。なんて殺生な、よよよよよ』


「いや、そんなつもりはありませんが、一緒に寝るのはさすがに恥ずかしいというか……」


 もう、気にしいだな~。女の子同士なんだから別に一緒に寝るのもおかしくないと思うけど。


『ウィズ以外に私の姿は見えないんだから、ベッドを一つ追加してもらうのもおかしいでしょ? あ、もしかして、外で着ていた服のままベッドに入ったことを怒ってる感じ? 大丈夫大丈夫。私、幽霊だから汗もかかないし、汚れもしないからさ。でも、確かに服を着替えられないのはちょっと気分的に嫌だな~』


 そう私が口走った瞬間、ボンッと音を立てて、私の着ていた制服がピンク色のパジャマに変わった。


『おお~どういう原理かわからないけどラッキー。どう? 可愛い?』


 私はベッドの上に立ってくるりと回って見せる。

 それを見たウィズは呆れたように嘆息すると、さすがに観念したのか、困ったように微笑むと、私に向かって言う。


「もう何を言ってもダメそうですね。わかりました。今日のところは一緒に寝ましょう。着替えてきますので少しお待ちください」


 なんかその台詞はエロいな~なんてくだらないことを考えて数分。

 濃紺のパジャマに身を包んだウィズが部屋の灯りを消すと、私の横に潜りこんできた。


 私はウィズに視線を向ける。


 くるりと長い睫毛に、スッとした鼻先。

 遙かなる蒼天のような空色の髪は腰丈まで流れ、髪色よりも深い蒼色の瞳が清廉さを更に際立たせている。

 パジャマからちらりと覗く胸元は雪のように白く、思わず触れてしまいそうなほどに瑞々しい。


『ウィズは本当にお人形さんみたいだな~』


 私は素直な感想を述べると、ウィズの蒼色の瞳が私を射貫く。

 そして、ウィズはゆっくりと口を開いた。


「クルミ様は本当に幽霊なのですか?」


『何その質問~。私のは完全に褒め言葉だったのに』


「すみません。でも、こうやって一緒に布団に入っていると幽霊という感じがしなくて」


『そうだよ。私は純情なウィズに取り憑いてしまったわる~い幽霊。そんなに信じられないなら触ってみる?』


「……いいのですか?」


『変なところは触っちゃだめだよ』


 私の言葉に若干頬を赤らめたウィズだったが、コクリと生唾を飲み込むと、私の顔に向かってゆっくり腕を伸ばす。


 10センチ……。

 5センチ……。


 そして、ウィズの白い手が私の顔に触れ――すり抜けた。


「あっ」


 ウィズが吐息を漏らすと同時に、私に再度視線を向ける。


 ……そうだよね。ウィズでも私に触れることはできない。

 その事実に、ちょっぴりだけ心が痛むのがわかった。


「クルミ様もそういう顔をするんですね」


『え、』


 一体私はどんな顔をしていたのだろうか。

 ゆっくりと手を引いたウィズの瞳を、私は真っ直ぐに見つめる。


「今日、クルミ様と初めて出会って、明るくて、気さくで、ちょっとだけ破天荒な方だと思っていました。それもまたクルミ様の一面なのかもしれませんが、私は今、クルミ様の別の一面も見つけてしまいました」


『…………』


「辛い時は、私は泣いてもいいと思いますよ」


 その言葉に私の頬を一筋の涙が伝うのがわかった。


 自分でも自覚はしてなかったけど、意識だけ転生した誰も知らない世界。

 そんな状況を未だ18歳の少女が、受け入れられるはずがなかったのだ。


 私は涙混じりの声でウィズに言う。


『あれ、おかしいな。本当は私がウィズのことを励まそうと思ってたのに。今日は辛かったよね。よく頑張ったねって。それなのに、あれあれ、涙が止まらないよ』


 次の瞬間には、ウィズの豊満な胸が目の前にあった。

 私の身体を包み込むように、ウィズの手が私の背中に回される。


「触れずとも、抱きしめられずとも、私はクルミ様に出会えてよかったと思っていますよ。だから今日は難しいことは考えず、私の腕の中で眠ってください。私はどこへも行きませんから」


 私はそんなウィズの言葉にゆっくりと目を閉じた。


 そうだよね、私はウィズに出会えた。

 誰にも見つけてもらえない世界でウィズに出会えた。

 これは私にとっての幸いで、まさに運命なのだと思う。


 だから今日はお言葉に甘えて眠らせてもらおう。

 この優しく包み込むような温かさを胸に刻みながら。


「おやすみ、ウィズ」

「おやすみなさい、クルミ」




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