第10話


 翌週の月曜日。


「部活かー」

 雅人は入部届を出した軽音部へと向かう。


 さて、僕は何の楽器を弾こうかな。

 雅人は様々な楽器を想像していた。


 軽音部に入る動機は曖昧だけど。

 向かう廊下で雅人は、軽音部の顧問である安達裕也(あだちゆうや)と出会った。


 裕也は細身の長身。学生時代はサッカー部。

 今は数学を担当している若い教師だ。


「あ、安達先生。一年の倉石雅人と言います。これからよろしくお願いします」

 これからお世話になる顧問の教師だ。雅人は自己紹介し一礼する。

 雅人の言葉に裕也は訳がわからない顔で静止していた。


「倉石・・・・・・。そのー、何をだ?」

 身に覚えが無い様に後ろ髪を掻きながら、裕也はめんどくさそうに言った。

「えっとー、軽音部に入部したので」

「入部・・・・・・? 一年の入部届には倉石、お前の名は無かったぞ?」

 腕を組み、思い出した顔で目を細める。


「――へ? えっ? ほんとですか?」

 雅人は口を半開きにして呆然としていた。


 僕は間違いなく、軽音部の箱に入部届を入れたはず。


 静止した様な世界。

 まるで、世界線が歪む様な感覚。


「――どうしたの、まーくん?」

 聞き覚えのある、透き通る高い声。

 雅人の後ろで白衣の女性がそう告げた。


 一瞬にして、その声は世界を歪みから解放する。


 白衣を着る柔らかい雰囲気をした包容力のある女性。

 雅人が良く知る人物だった。


「奈央さん・・・・・・?」

 目を見開き、雅人は驚く様に思い出した。


 なぜ、僕は忘れていたのか。

 この高校には、この人が働いていることに。


 白衣の女性の名は五十嵐奈央(いがらしなお)。

 二十六歳。養護教諭。雅人の叔母だった。


「久しぶりー。んー、二年ぶりかな?」

 抱きつく様に奈央は雅人に近づいていく。

 歩く度に揺れる豊かな胸。昔から変わらぬ光景だった。


「・・・・・・倉石、五十嵐とどう言う関係なんだ?」

 睨む様な目つき。裕也は驚愕の表情をしていた。


 奈央と裕也は学生時代からの友人であり、今は同僚の関係だった。


「あー、奈央さんは僕の叔母なんですよ」

「叔母・・・・・・五十嵐が?」

 信じられない顔で雅人を睨む。


「うん。そうだよ、安達くん。言ってなかった? 私には一回り年上のお姉ちゃんがいるの。まーくんはお姉ちゃんの息子なんだよー」

 両手を広げ、奈央は笑顔で頷いた。

「おっ、まじか」

「うん。で、まーくん。そんな顔してどうしたの?」

 陽気な雰囲気を漂わせ、奈央は無邪気に首を傾げる。


「えっと、軽音部に入部したはずなんですけど、それが入部してないらしくて」

「いやいや、入部届は無かったぞ?」

 どうしてか裕也は奈央に弁解する様に言う。


「それは・・・・・・そうだね」

 弁解する裕也に奈央は確信を得ている様な顔で頷いた。

「そうだね――って?」

 いったいどうして茉央さんはそんな顔をしているのだろうか。

「んー、えーとねー」

 少し困った顔で奈央は何か言うのを躊躇う。


 不思議と嫌な予感がした。

 困った顔をする奈央さんはろくなことが無い。


「――まーくん、うちの部に入部したじゃん?」

 少し不満げな顔で奈央は首を傾げた。


「・・・・・・へ?」

 思ってもいない言葉に雅人の声は裏返る。


 奈央さんの部に入部した――。

 いったいどうして。

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