第2話


 放課後。

 体育館。


「うわー、多い」

 中へ入ると入場者を囲む様にテーブルが設置され、

 各部が部活紹介の張り紙を掲示していた。


 緊張しているのか、各部へおろおろとした足取りで向かう新入生たち。

 雅人は呆然とした様に体育館の出入り口でその光景を眺めていた。


「どれにしようかな・・・・・・」


 どれ――。

 選択肢の内訳はと聞かれたら無いけれども。


 体育館を見渡す中、軽音部の前にいた生徒に目が入る。

 彼らは雅人のクラスメイトだ。


 軽音部のコーナーの前。

 部長と思われる細身の眼鏡を掛けた男性がエレキギターを持って、リズムギターをしていた。

 あの様子だとアンプに繋げれば、テクニカルな音が出るに違いない。

 雅人は頭の中でその光景に自然と音色を加えていた。


 クラスメイトたちの手には入部届。

 彼らは入部する決意があった。


「軽音部に入るのかー」

 その他の部活紹介を見て回ることなく、雅人は体育館から出て行った。

 彼らと仲良くなるなら、軽音部に入ることが得策だろう。

 しかし、彼らの様子だと皆でバンドをするために入部する様だ。


 無論、その中には入ることは出来ないだろう――けど、会話のネタとしては良いネタになるのは間違いない。

 

 それに昔、ギターとピアノが弾けたから今も少しは弾けるはずだ。

 無論、あの頃の感覚が今の僕に残っていれば――だけど。


「なら僕も入るかー」


 動機は単純明快。

 自身の決意が揺らぐ前に。


 雅人は入部届を出すために職員室へと向かった。


 職員室へ入ると、入り口には上部に口が開いた段ボール箱が幾つか置いてある。

 その前に各部の名が記載されたカード立てがあった。


 雅人は入部届に必要事項を記載する。

 軽音部のカード立ての後方の段ボール。

 間違いなく段ボール箱に投函する。


「ん・・・・・・? よろず部?」


 投函したその横の段ボール。

 段ボールの前には『よろず部』と書かれたカード立て。

 ここにあると言うことは部活の一つだろうけど、いったい何をする部活なのだろうか。


 部活紹介にも、この部活名を見た記憶が無かった。

 全部見たわけでは無いけど。


 まあ、僕が入るのは軽音部だから、関係無い話――だけど。


「しかしな・・・・・・」

 職員室を出て、ひと息大きく息を吐いた。


 よろず部。おそらく、よろずは万と言う意味だろう。

 雅人には見覚えがあった。


 それもそのはずか。

 かつて、大人は僕を『万者』と呼んでいた。

 理由はただ単純に僕が何でも出来たから。


 しかし、今は違った。


 万者と呼ばれてから二年。

 気がつくと、秀でたものは無くなってしまう。

 必然的に大人たちは僕に興味を持たなくなった。

 今思えば、どうしてあそこまで出来たのか。自分でも不思議だった。


「まあ、もう僕にはその名を語る資格は無いけど」


 その名はもう僕には関係無い。

 いつまでも過去の栄光にすがる訳にはいかなかった。


 今の僕は何者でも無い、平凡な高校生なのだ。


「僕は軽音部に入って。クラスメイトたちと仲良くギターを弾くんだ」


 上手下手ではなく、皆で楽しく弾く。

 そんな楽しい日々を想像する。


 ――これから僕の部活は始まるのだ。


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