第3話

「エゴサーチ」とは、自分自身に関する情報をインターネット上で検索する行為のことだ。アイドルたちもよく自分の名前を検索している。ファンからの反応や批評を見て、次のステップに進むためのヒントを得たり、ファンとの交流を深めたりするためだ。


 SNSの書き込みを見て、行動を決めている。それがナスカが人を殺そうとする原因か。ナスカには善悪の区別がない。彼女は、目立ちたいという目的を満たすためなら、人を殺しても平気なのだ。アイドルとして目立ちたい。でも、普通に好意的な評価を得るだけでは、他のアイドルに埋もれてしまう。だから、炎上を狙って注目を集めるのだろう。最悪の形で。


 そしてSNSは正の評価軸しか持たない。いいねだけ。ナスカの悪行を低評価し止める要素がない。彼女は、誰にも止められない暴走を続けるだろう。


 突然の轟音に驚いて、僕は外に飛び出した。遠くで交通事故が起きている音が聞こえた。野次馬の流れに乗って現場に近づくと、目の前には高架から落ちたタンクローリーがあり、地獄のような光景が広がっていた。道路は濁流になり、周囲は灰色の煙で覆われていた。人々はパニックに陥り、携帯電話で撮影する人、警察官や救急隊員の指示に従う人、無責任に近寄る人々がいた。僕はしばらくの間、ただ立ち尽くしていた。何かが起こったことを知っていたが、何をすればいいのかわからなかった。しかし、この現場を見て、ナスカの行動について思いを馳せた。


 SNSを見ると、同じような事故現場が多数アップロードされ、トレンドになっている。同時に、その盛り上がった投稿の片隅でまことしやかにナスカの噂が広がっている。私はその危険性に気が付いて、背筋が凍る思いがした。ナスカはSNSに踊らされているのか、SNSがナスカに踊らされているのか。不気味な予感が胸をよぎった。


「やめてくれ!」と叫びながら、人ごみの中をかき分ける。でも、野次馬たちは僕を気にも留めずに、スマホの画面に目を奪われていた。彼らにとって、今起きていることはただのショーで、その主役は自分たちではなく、悲劇の被害者でも加害者でもない。そんな彼らが、自分たちの存在価値をアピールするために、この現場を訪れる。彼らが撮影した映像が、今後SNSに投稿されることは間違いない。そして、その映像が、ナスカの次の犯行に繋がる。ただでさえ虚無感に包まれていた心に、冷や汗が流れた。


 野次馬たちは聞き入れてくれない。カメラを向ける先は事故現場から、僕にも向けられる。何を期待しているのだろうか。同情心など持っていないのだろうか。その目は、まるで獲物を求めるかのように、妙に冷たかった。


 一瞬何が起こっているのか理解できなかった。そして、自分がいかに危険な状況にあるのかに思い至り、振り払って逃げ出した。

 安藤に連絡を取ろうとスマホを手にすると、ナスカアプリのアップデート通知が画面に現れた。息を飲んで画面を覗き込むと、そこには『ナスカ』のロゴが浮かび上がっていた。足元から地獄が広がっていく。

 アプリはアンインストールしたはずなのに。


 戸惑いを感じる。しかし、再びの轟音に驚かされ、ナスカアプリに関する疑問が消えていく。

 車両と歩行者が激突していた。周囲には人々がパニックに陥り、救急車が駆けつけていた。僕は震えながら、自分に何ができるのかを考えた。しかし、次の瞬間、周囲の人々が携帯電話を取り出して、現場を撮影し始めた。この混乱の中、自分たちの安全よりもネット上で「いいね!」を集めることを優先してしまうのか? 私は彼らを見て、嫌悪感を覚えた。


 僕は目の前に広がる光景をただ見つめることしかできなかった。人々は自分たちの足で立っているのに、彼らは何かに取り憑かれたかのように、動かない。

 何か恐ろしい事態が起きていることを理解しているはずなのに、それを止めようとも逃げようともしない。

 そして彼らは事実、無意識とはいえ加担している。この現実が受け入れがたかった。僕たちはどこに向かっているのだろうか。そんなことを考えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る