第9話 新たな出会い
猛暑のピークは過ぎたとは言え、まだ暑い日が続いている。夏の女装は何かと苦労が多い。露出が多いのでムダ毛の処理も大変だし、涼感タイプとはいえそれでも暑いストッキングを履く必要もある。
服装選びも気を使う、男としては華奢な体形とは言え、女性に比べると筋肉質な肩や二の腕を隠さないといけない。ノースリブのワンピースを涼し気に着ている女性の姿を見ると、羨ましく感じてしまう。
とはいえ、スーツにネクタイよりははるかにましなので、女装して働けるようになって良かったとも感じている。
今日のコーデは、袖の素材がオーガンジーの7分袖のトップスに、レースのタイトスカートを合わせてみた。最近流行り始めた透け感素材は、こんな時役に立つ。
もう少し気温が下がれば、半袖にカーディガンを合わせることもでき、コーデの幅も広がるので、あともうちょっとの辛抱だ。
「接待費の領収書です。お願いします」
営業課の山崎さんが交際費申請書と領収書を持ってきた。領収書の日付からすると、昨日の接待に使った経費の精算のようだ。
交際費申請は3か月以内という社内ルールがあるにもかかわらず、期日が過ぎて申請してきたり、書類にも不備が目立つことの多い営業部にして珍しく、山崎さんはきちんと申請してくれるので経理としては有難い存在だ。
「今日の服、可愛いですね。袖のところが透けていて、涼し気で夏らしくていいですね」
山崎さんが去り際に褒めてくれた。女装を始めてから山崎さんは経費の精算に来るたびに、何かしら褒めてくれるようになった。
課長や総務の白井さんに用事があるときにも、同じようにしているので自分だけというわけではないが、それでも褒められるとちょっと嬉しい。
お昼過ぎ、気分良く伝票の入力をしていると、山崎さんが再びやってきた。
「取引先の新メニューで、女性の感想を聞かせて欲しいって頼まれたのでお願いします」
課長や白井さんにプリンとアンケート用紙を配り終えた後、こちらへと近づいてきた。
「朝日さんも、お願いします」
「えっ、女性じゃないですよ」
「気にしなくていいですよ。たくさん貰ったし、食べてください」
そう言ってプリンとアンケート用紙を置いていった。返すのも変なので、素直に頂いてアンケートを書くことにした。
プリンは、ほろ苦なキャラメルがプリンの甘さを引き立たせて美味しかった。
◇ ◇ ◇
仕事を終え、エレベータを待っていると山崎さんがやってきた。
「お疲れ様です。山崎さんも今日は終わりですか?」
「昨日接待で夜遅かったんで、今日は帰ることにします」
山崎さんはネクタイを緩めながら言った。
「あっ、プリンありがとうございました。アンケート明日持っていきますね」
「急がなくていいですよ、持っていくの来週なんで。それより、今日暑かったんで帰りにビール飲んでいきませんか?」
「でもさっき、昨日遅かったから今日は帰るって言いませんでした?」
「一杯だけですよ。駅前の立ち飲み屋知ってます?あそこの串カツ美味しいですよ」
断るタイミングを逃し、いつの間にか飲みに行くことになってしまった。さすが営業部だけあって、誘い方が上手だ。それに暑い日にビールと串カツに、心惹かれている自分がいる。
山崎さんに案内されながらお店へと向かった。駅前といっても普段利用している乗り場とは逆の方なので、このお店は知らなかった。立ち飲み屋に入ると、まだ日が明るいのに店内は混雑していた。
「じゃ、私がビールと串カツ買ってくるんで、席とっておいてください」
店に入った途端、山崎さんからそう言って山崎さんは食券の販売機の方に向かった。言われたとおり、混雑している店内で空きスペースを見つけ待つことにした。数分後、山崎さんがビールを両手に持ってやってきた。
「あと、串カツもってきますね」
ビール代は山崎さんが先に立て替えてくれたみたいだ。山崎さんが串カツの盛り合わせの皿を持って戻ってきた。鞄から財布を取り出そうとしたが、山崎さんに手で制された。
「私が誘ったから、いいですよ。それより、串カツ冷める前に食べましょ」
「すみません。ごちそうになります」
「いいですって、それより乾杯!」
グラスを重ねて乾杯した後、ビールに口を付けた。仕事終わりのビールは美味しい。串カツとの相性も抜群だ。
「串カツ、美味しいですね」
「こんな親父臭いお店に誘うのはちょっと気が引けたけど、気に入ってもらえたようで良かった」
「こんな格好してますけど、一応男なんで気にしないですよ」
そういうと山崎さんは笑ってくれた。ビール一杯だけの予定だったが、ハイボールも美味しいですよと、勧められるがままにお代わりすることになった。
山崎さんは営業部のエースと呼ばれるだけあって、次々に面白い話題を提供してくれて会話も弾んだ。
「今日はありがとうございました」
お代わりの分も払ってもらった山崎さんに、お店を出たところで改めてお礼を言った。
「気にしなくていいですよ、それよりまた飲みに行きましょ」
バスで帰るという山崎さんとは駅で別れた。帰りの電車の中で、男性に女性扱いされたのが嬉しくて、何度も山崎さんとの会話を思い出していた。
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