第11話

 花爺に見守られながら、気に入った花をいくつか選んでいく。残念ながら花言葉に精通しているわけではないため、心の思うままに選んでいく。カルラは白系統の花を多く選び、差し色にと黄色系の花を選んだ。アンは色々と悩んだ末にカルラのように単色で編むのではなく、色々色の花を混ぜ合わせることにしたようだった。

 二人は花冠を編むのに十分の花を選ぶと立ち上がった。そして目線より少し下にいる花爺と同じ目線になるように頭を下げてお礼を言う。

「ありがとうございます。大切な花を分けてくださり」

「あ、ありがとうございます!」

「ほっほっほ。花もこんなに美しいお嬢さん方を飾る一役を担えるのじゃ、喜ぶことはあっても嫌がることはなかろう」

 朗らかに笑う花爺に二人も自然と笑顔になる。

「それじゃあ、そろそろいきましょうか」

 話がひと段落ついたことを確認したユーミンがカルラとアンに声をかける。二人はもう一度花爺に感謝の言葉を伝えたあと、ユーミンとステラに続いて花畑から離れた。

 次に向かったのはステラの家だった。なんでも花冠を一から編むと時間がかかるため、編むのが苦手な人のために作ってあったリースを使って花冠を作ることになった。そしてそのリースがステラの家にまだ余っているとのことでステラの家に行くことになった。

「ユーミンはそろそろ舞の準備に行かないと」

 ステラの家の近くに着く頃にはもともと傾いていた太陽が地平線の向こうに消え、辺りは段々と夜に近づいていた。

 ユーミンはステラに指摘され、今思い出したようにポンと手を打った。

「確かにそろそろ準備しなくちゃいけない時間だわ。……最後までご一緒できなくて残念だけれど、私は一旦ここで離れさせてもらいますわ」

 そう言ってひらりと舞うようにお辞儀をした。所作の端々から感じていたが、ユーミンはとても優雅で一つ一つの動きに無駄がなく美しかった。ステラがユーミンのことを村一番だと太鼓判を押すのも納得だった。

「ユーミンの舞をとても楽しみにしているわ」

 ユーミンにそう言うと彼女はにっこりと笑った。そして軽やかにその場を離れていった。

「狭い家で申し訳ないが、中に入ろう」

 ユーミンを見送ったあと、三人はステラの家の中へと入った。一般的な庶民の家らしく、部屋の中央には木製の机が置かれており、椅子が四つ備え付けられていた。入り口から一番遠いところには台所があり、さまざまな調理器具や水瓶、食材が吊るされていた。机の側には鉄製のストーブが置いてあり、ステラはそのストーブに薪を入れて火をつける。

「汚い部屋ですまない。今更だが、ここが嫌だったら外で作ることもできるけど、どうしたい?」

「気にしないで。私は全然平気だから。生活があっていい部屋だと思うわ。豪華絢爛なだけのつまらない部屋より温かみがあるわ」

「はは。あんたはちょっと変わったお貴族様なんだな」

「そうかしら?」

「そうだと思う。……じゃあ好きなところに座っててくれ。リースの方を持ってくるから」

 小さく笑いながら空いている椅子を指差す。そしてステラは入り口横にある階段から二階へと姿を消した。

 カルラとアンは隣同士で座り、ステラが戻ってくるのを待った。火の勢いがついてきたのか、パチパチと薪が燃える音が静かな部屋の中に響く。

「そういえば、アンは誰に花を贈るの?」

「えっ?わ、私ですか……!?」

 机の上に置かれた色とりどりの花を見ながらアンに尋ねる。話しかけられたアンは驚いた表情でカルラを見ていた。

「私は……お嬢様がよろしければ、お嬢様にこの花を受け取っていただきたいです」

「私に?」

「はい!……私、ウォーカー家の使用人になってまだ日が浅い方なのですが、なんでもできて、しっかりとしているお嬢様を心から尊敬しているんです」

「……アン」

 カルラとアンは屋敷の中でも接点が多い方ではなかった。アンは本人の言うとおり屋敷に仕え始めて日が浅く、外回りの仕事を任されることが多かった。そのため、カルラとは屋敷の中でもたまにすれ違う程度の関係だった。今回の同行者としてアンが選ばれたのは、純粋にカルラと歳が最も近かったからだ。

 決して深い関係とは言えないのに、アンにそこまで想ってもらえているとは思わず、こそばゆいような気持ちになる。

「今回のご結婚は、お嬢様にとっては意図せぬものだったと聞いております。それでも、私はお嬢様の未来が明るく、素敵なものであることを祈りたいのです」

 優しく微笑みながらアンはそう言った。アンの様子からそれらの言葉が上辺だけのものではなく、心から想って言っていることがわかった。

 カルラは屋敷を出てからずっと強張っていた肩の力をふっと抜いた。望んでいない結婚にずっと頑なだった心の壁が、アンの優しさで溶かされるようだった。

「ありがとう、アン。アンが祈ってくれれば百人力よ」

「そ、そうでしょうか?」

 カルラがアンの手を取り、しっかりと目を合わせて言うと、アンは照れたように笑う。

「仲がいいんだな」

 声をかけられてアンの手を握ったまま階段の方を振り返る。ステラがリースを持って降りてきたところだった?

「私なんかがお嬢様と仲がいいだなんて……!」

 ステラの言葉を否定するようにアンが慌てる。カルラは少しだけ悪戯心が生まれ、悲しそうに眉尻を下げてアンに向き直る。

「私と、仲良くなるのは嫌かしら?」

 そう言うとアンは明らかに言葉を詰まらせる。カルラはダメ押しと言わんばかりに上目遣いでアンの瞳をじっと見つめる。

「そ、そんなこと……ありません……」

 逃げられないと悟ったアンの言葉は最後には消えてしまいそうだった。言質を取ったカルラはパッとアンの手を離し、楽しそうに笑った。主人の言葉に否を言えないとわかっていて言った言葉は少しだけ卑怯だったかもしれない。

 そんなことを考えていると二人の反対側に腰を下ろしたステラがおかしそうに笑った。

「二人は仲がいいよ。いや、相性が良さそうって言った方がいいかもしれないな」

「うぅ……このお話はもう終わりにしてくださいぃ……」

 泣きそうな声でアンが懇願する。ステラとカルラは弱々しいアンの様子にまた声を出して笑った。

「まぁ、そうだな。時間があるわけじゃないし、そろそろ作ろうか」

 一頻り笑ったあとステラがリースを二人に渡した。柔らかい枯れ木を土台に造られた頭に乗せるためか小さめなリースだった。もっと簡素なものを想像していたが、そのリースは意外にもしっかりとした造りだった。

「リースから作るなら作り方があるんだが、リースに花を編み込むだけなら決まった作り方があるわけじゃない。強いて言うなら相手のことを考えて思うままに作れってよく言われるかな」

「相手のことを……」

「そう。相手における花は女神様が祝福を授ける時の目印にするものなんだ。だから、より想いのこもったものが良いとされているんだ」

 ステラの説明をアンは頷きながら真剣に聞いている。そして真剣な表情のままリースにどのように花を編み込むのか考え始める。

 一方カルラもステラの話を聞いて納得しながらアンと同じように花を選び始める。

 カルラはこの花を出会ったばかりだがよくしてくれたステラやユーミンに贈ろうかと思ったが、やはりここまでついてきてくれたアンに贈ろうと考え直した。

 贈る相手が決まれば花冠はすんなりと造ることができた。カルラの選んだ花は白色が多かったが、差し色で選んだ黄色の花が良い塩梅になっており、初めてにしては形の良い花冠が出来たと言えるだろう。

 色とりどりの花を選んだアンはどの色をどこに編み込むかを悩みながらもなんとか花冠を完成させていた。

「二人ともとても綺麗な花冠だな」

 真剣に造る二人に時折アドバイスをしてくれたステラが微笑む。

「一から造ったわけじゃないからね。元があるものに編み込むだけだったから予想よりは簡単にできたわ」

「それでも、二人とも花の扱い方も丁寧だったし、花を配置するセンスも十分あると思うよ」

 出来上がった二つの花冠を見比べながら満足そう頷く。ステラに褒められたアンは恥ずかしそうに首の後ろをかいていた。

「それじゃあ、これをアンにあげるわね」

「あ、ありがとうございます!……わ、私のものもお嬢様に……」

 お互いに出来上がったばかりの花冠を贈り合う。そして受け取った鼻冠を頭に乗せる。

「私なんかが造ったもので申し訳ないのですが……でも!とってもお似合いです!」

 頬を綻ばせながら笑うアンに自然とカルラも笑顔になる。今回の旅路でカルラについてきてくれたのがアンで良かったと改めて思う。そして同時に、アンに女神の祝福がありますようにと心の中で祈る。

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