第7話 軍師、治安を回復する

「この子、大丈夫かな?」


 銀髪の少女は、赤髪の女の子を心配そうに見つめる。


「薬を飲んで寝れば治ると思うよ。多分ただの風邪だ」


 アキトは銀髪の少女にそう答え、赤髪の女の子の上半身を少し起こして、薬を飲ませる。

 魔法医でも神官でもないアキトは、基本的な回復魔法しか抑えていないし、医学の知識があるわけでもない。だが、一応軍師学校では、疫病の見分け方等も学んでいた。


風邪でまちがいない…… 

 アキトは、銀髪の少女へこう訊ねる。


「この街に神官や魔法医……いや、回復魔法を使える人はいないのかい?」


 この程度なら、回復魔法とちょっとした薬があればすぐ治せるからだ。


「もちろんいるよ! 十人ちょっとぐらいかな。だけど皆すごい忙しくて、とても全員を診れないの」

「十人か……専門的な医者はもっと少ないってことだな」


 この街の人口をアキトは把握しているわけではない。


 だが、道中すれ違った人を見て、この街の人々の健康状態が悪いということは分かった。


 まずは帝都の市民のように太っている人間が、皆無だということ。


 ただそれだけなら珍しくない。だがアキトの前の赤髪の女の子、それに道中見かけた人は皆、病的なまでにやせ細っていた。


 アキトの隣にいる銀髪の少女も、そこまでではないが随分と細い。


 主食の小麦も獲れないのだろう。目抜き通りを通っても、パンの焼ける匂いが全くしなかったことを思い返す。


 加えて街道で見た人々が運んでいた物も、ほとんどが木の実や野草。それらがこのアルシュタットの人々の主食で、良くて魚が手に入るぐらいなのだろう。


「ところで、お兄さん……誰? この街の人じゃないよね?」

「ああ、ごめん。言い忘れていたね。俺はアキト。帝都からアルシュタート大公の軍師になるためにここに来たんだ」

「軍師? それ何?」

「何、と言われると難しいな」


 相手は子供。

 軍師とは、戦闘、内政等、幅広い分野で為政者に助言、献策し、場合によっては代行、指揮官を務める者。

 ……などと言っても通じる訳ない。


「そうだな……何でも屋さんって言えば分かるかな?」

「何でも屋さん? じゃあ、スーレの言うこと何でも聞いてくれるってことだね!」

「そういうことになるかな……ん、スーレ? そうだ、そのスーレさん、アルシュタート大公に会わせてくれるか?」

「スーレはわたしだよ!」

「え?」


 アキトは思わず声を漏らした。銀髪の少女は、アキトを見て不思議な顔をすると、大きく息を吸って。


「わたしこそがこのアルシュタットの領主にして、アルシュタート大公スーレ!」


 銀髪の少女は元気な声で自己紹介した。言い終わると少し恥ずかしそうにして、両手を腰に胸を張って続ける。


「……えっへん! 偉そうでしょ! お爺様達の真似だよ」


 アキトはそれを見て驚いた。まさかこんな小さな少女がアルシュタート大公だとは。


「き、君、何歳なの?」

「わたしは十歳だよ。アキトは?」

「俺は十五歳だけど……」


 自分も軍師としては相当に若い。だが目の前のスーレは、子供としか言いようがない年齢だ。

 お父さんは、と聞きそうになった。だが、先程の爺の言葉を思い出す。

 きっと何らかの理由で死んでしまっている。こんな小さな子にそれを聞くのは酷だ。


「スーレ。いや、大公殿下」

「スーレで良いよ! 何、アキト?」

「これから俺は……君の何でも屋さんだ」


 こうしてアキトは、スーレに仕えることになった。

 およそ主君と軍師のむつかしい契りとは思えない、この光景。

 だがこれが、後に繁栄を極めるアルスの運命を決めた出来事になったのである。


〜〜〜〜


 スーレはこの街の偉い人に会わせると言って、アキトを邸宅から連れ出していた。

 きっとスーレの後見人のような人だろうと、アキトは思った。


「こっちだよ! アキト、こっち!」

「待ってくれ!」


 アキトはスーレを追う。

 足には自信が有ったアキトだが、スーレには追いつけない。

 痩せているのに何という健脚だ……この山がちなアルシュタットを同じぐらいの背丈の女の子を背負って歩けるのだから、それもそうかと納得する。


「アキト様、私に乗っていかれますか?」


 アキトの少し前にいたリーンが、青い身体をプルプルと震わせ、体の一部をアキトの手に伸ばす。


「ありがとう、リーン。俺は大丈夫だ。俺よりベンケーが……」


 アキトが後ろを振り向くと、地鳴りのような音を響かせてその巨体を動かすベンケーの姿があった。


 道行く人たちは皆、自分たちの三倍も背丈が高いベンケーを見上げて驚いている。

 小さい子供達はそんなベンケーに興味津々なのか、後ろから群を成して付いていっているようだ。


「ベンケー! ゆっくりでいいからな!!」


 アキトの声にベンケーは大きく手を上げて応える。

 後ろの子供たちはそれを見て、「おお」という声を上げる。

 少し広いところに出たら、子供達と遊ばせてやろう。アキトはそう考え付く。

 引き続き、スーレを追うアキト。少し小高い場所を登ったところにあったのは、大きな広場だった。


 白い柱の並んだ神殿から放射状に広がる広場。この場所こそ、ここアルシュタットの中央広場だった。


 だがその美しい広場に広がるのは、横たわる人々であった。

 神殿の神官や、修道女が順番に回復魔法をかけたり薬を与えているようだ。


「大司教様! あの子、ベッドで寝かせてきたよ!」

「おお、大公閣下。ご協力感謝いたします」


 スーレにそう答えたのは、立派な白髭を生やした大司教だった。


「うん? そちらの男の方はどなたかな?」

「アキトだよ! わたしの何でも屋さんなんだ!」

「ほう……」


 アキトは頭を下げて大司教に挨拶した。


「アキトと申します。帝都の軍師学校から参りました」

「ほう、それでは大公閣下の軍師に……ワシは、アルシュタート大司教、マヌエル。申し訳ございません、リボット商会の私兵かと思いまして、睨んでしまいましたわい」

「……リボット商会?」

「ええ、この街に本拠を構える奴隷商人、いや、くずどもで……噂をすれば来たようです」


 大司教は広場で大声を上げる者達の方を向く。


 騒いでいるのは槍を持った傭兵達だった。十人ほどで親子らしき一人の女性と一人の女の子を囲んでいる。女性と女の子は体を震わせていた。


 禿げ頭の傭兵が女性を怒鳴りつける。


「……払えないって言うなら、体で払ってもらおうか!!」

「勘弁してください。もうお金はお返したじゃないですか! そんな膨大な利息を払う契約を結んだ覚えはありません!」


 どうやら借金の問題らしい。

 どちらに非があるかは分からない。だが暴力沙汰は防がねばいけない。


「リーン、奴らが手を出そうとしたら妨害を頼む」

「かしこまりました、アキト様!」


 リーンはアキトの言葉に応え、するりと移動する。アキトも傭兵に向かって歩き出した。

 大司教がそれを見て、アキトを止めようとする。


「あ、アキト殿! やつらはリボット商会の手先。下手に手出しは……」


 アキトは刀の鞘に手をかけた。


「大司教。治安の維持も軍師の務めです。衛兵がいないようですので、お任せを。スーレ、行ってくるよ」

「うん……でも、気を付けてねアキト」

「もちろん。任せてくれ」


 アキトは不安そうなスーレに笑って答え、傭兵の元へ歩き出す。


「アキト殿……」


 住民達も、傭兵に向かうアキトに視線を向けた。

 誰もが口答え出来なかったリボット商会の傭兵。それに逆らうとは、と驚きを隠せないようだ。


「……ぐだぐだとうるせえ! 口答えするんじゃねえぞ! 払えねえならその子供を売ってもらおうじゃねえか!」


 禿げ頭の傭兵は、他の傭兵達と一緒に女の子を引き離そうとする。


「待て」

「な、なんだてめえ?!」

「人身売買とは聞き捨てならないな。魔物を取引するのも許可証が必要だし、そもそも人間を取引するのは帝国法で禁止されているはずだが?」

「は、はあ?! お前、俺達が誰だか分かってんのか?!」

「くずの奴隷商人、その金魚の糞ってことはな」

「ぅんだとぉっ! おい!」


 傭兵が十人ばかり、アキトに槍を向ける。


「市街地で暴力沙汰を起こすのは、処罰の対象だぞ?」

「ごちゃごちゃとうるせえんだよ! やっちまえ!」


 禿げ頭の傭兵の声で、三人の傭兵がアキトを攻撃する。

 アキトは刀を抜くと、その穂先を切り捨てた。


「こ、こいつ! 剣に覚えがあるのか。おい、全員でかかるぞ!」


 槍を斬られた傭兵は剣を抜き、他の槍を持った傭兵と共に、アキトとの距離を詰める。

 だが一人、いや二人三人と足を滑らせる。


「な、なんだ足がぬめぬめして! 隊長、動けません!」

「何をふざけている! ええい、不甲斐ない奴らめ!」


 禿げ頭の傭兵はそう言って、アキトに突っ込んできた。


 アキトは刀の峰を向け、禿げ頭の傭兵の腕、足、頬と打撃を喰らわせる。

 禿げ頭の傭兵は打たれた頬を手で押さえ、涙声を上げている。


やはり、兵などと呼ぶのがおこがましいぐらいに、弱い者達だ。そこらの山賊の方がまだ強いだろう。このままでは防衛戦力としては、まるで役に立たない……。 


 傭兵とは名ばかりでおそらくはただのゴロツキ。アキトはいずれ来る南魔王軍との戦いを憂い、肩を落とした。


「い、いてえっ!!!」

「傭兵のくせに殴られたこともないのか? 人を殴るのは慣れているようだが?」

「き、貴様あ! 殺せ! こいつを殺せ!!」


 禿げ頭の傭兵の声に応じて、五人が一斉にアキトへ迫る。 

 だが、リーンがアキトを支援するように傭兵の足を止める。

 おかげでアキトは、敵の武器を狙って落とすことが容易になった。

 傭兵が大勢でかかっても、アキトを倒せない。


「た、隊長。こいつは俺らが倒せる相手じゃ」

「っ! 弱音を吐くんじゃない! 相手は一人だ!!」


 禿げ頭の傭兵が一喝したその時、頭上を巨大な影が通り過ぎる。


「え?」


 思わず冷や汗をかく禿げ頭の傭兵。

 岩が砕ける音が、傭兵たちの背後に響いた。


「ベンケー、むやみに投げるんじゃない!!」


 アキトはそう叫んで、後ろを振り返った。

 アキトの言葉に申し訳なさそうに頭を下げるベンケー。だが、先程から付いてきている子供達は、ベンケーの腕力に歓声をあげる。

 ベンケーは、照れ臭そうに岩の頭を掻きだした。


「お、おい、何だよあれ?!」


 傭兵の一人がそう言って、ベンケーを指さした。

 傭兵だけじゃない。広場の人も皆ゴーレムを見て、驚いている。


「隊長……さすがに」

「ああ、撤退だ! あんなの勝てっこねえ! 屋敷まで撤退だ!」


 禿げ頭の隊長の言葉に、傭兵たちは皆、逃げようとする。

 だが、次々と転ぶ傭兵たち。そして、皆上手く立ち上がれない。ぬめぬめとした足場で皆、何度も滑っている。


 広場の人達はそれを見て、皆、笑い出した。

 傭兵は恥ずかしさで、更に焦って立ち上がろうとするも、すぐに滑ってしまう。


「リーン、もういい。それぐらいにしとけ」

「かしこまりました、アキト様!」


 リーンはそう言って、地面に広げていた体を一つに戻した。

 アキトは傭兵達にこう告げる。


「アルシュタート大公の軍師として、貴様らに命ずる。今後、この街で商売を行いたいのなら、俺との会談に必ず応ずるようにと頭目に伝えよ。来なければ、軍師としてリボット商会は不法商会と、元老院へ訴え出る。俺はこの広場で待っているぞ」


 やっと立ち上がることができた傭兵たちは皆、そそくさと広場の外へ逃げていく。


「お、覚えてろよぉ!!」


 捨て台詞を吐いて去っていく傭兵達を、広場の人々は笑いながら見送るのであった。

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