第5話 軍師、村を救う

 アキトとリーンが連れてこられたフェンデル村は、小さな家が三十軒程の村だ。人々は狩猟と木こりで生計を立てていた。


 アルシュタート大公の領地ではあるが、大公の兵ではなく、帝国兵が駐屯していた。というのも、この村は州都アルシュタットからは遠く、第八軍団の本部の方が近いからだ。


 また、大公の兵は少なく、このフェンデル村を最後にアルシュタットまでの街道沿いに人の住む村はないという。


 守備兵は隊長エリックを筆頭に、わずか十人。また、村人は百人ほどで戦えそうなのは漁師や木こり十名ほど。


 それに対し、隊長の話によれば、魔物の数は三十体以上だという。


 ゴブリン達は、つい先日近くの洞穴に拠点を作っていた。皆、石の槍と投石で戦うという。


 アキトは作戦を練り始める。


 まずは、落とし穴を掘るという手を考えた。だが、魔物はいつ襲ってくるか分からない。 

 設置が間に合わない恐れがあった。


 では、家に籠り、窓から攻撃をするか。それも駄目だとアキトは首を振る。


 東部の村は林業が盛んなこともあって、住民の家はどれも燃えやすい木造だ。ゴブリンに焼き討ちされる可能性があった。


……何にしろ、兵が少なすぎる。敵の虚を突くにしても、戦力を少しでも増強できないか?


 アキトは頭を捻る。


「……そうだ」


 何かを思いついたようにアキトは口を開くと、自分の胸ポケットにしまっていた黄色い石を取り出した。


 セケムとエルゼとの決闘にリヒトと共に勝利し、得た石であった。

 これで自分の師駒を増やせば、とりあえずの戦力増強になる。

 隊長が興味深そうに訊ねた。


「アキト君、それは?」

「師駒石です。これで仲間を召喚できるんです」

「へえ? 噂には聞いてたけど、軍師は面白いものを使うんだねえ。そこのスライムも君が召喚したのかい?」

「え、リーンは……まあ、そんなところです」


 アキトは、隣にいたリーンを撫でてそう答えた。


 そして早速その師駒石を、自分の師杖である刀で叩こうとした。 


 こうやってアキトが師駒石を使うのは、入学式のあの日以来。だがその日、師駒石は偽物なのか、使用済みなのか、師駒を召喚できなかった。 


 師駒を召喚して、その出会いを喜ぶ軍師学校の生徒達。アキトはただそれを見ているしかなかった。


 アキトには今リーンという師駒がいる。それでも、師駒石は貴重品。自身が行う初召喚とあって、身の引き締まる思いがした。


 アキトが、ゆっくりと刀で師駒石を叩くと、目の前に光の柱が現れる。


 しかし随分と大きい光であった。アキトの背丈の三倍はある。光が収まると、アキトは思わず顔を上げた。


「師魔石だったか。ゴーレム……それにしても、でかいな」


 師駒石は、魔物が召喚される師魔石であった。

 セケムは勝負に負けた時、自分が使いたくない師魔石をアキトに渡したのだ。


 変なところは賢いというか……まあ、魔物を召喚できたことは俺にとっては歓迎すべきことだ。それに──


 そしてアキトが召喚したのはゴーレムだった。それも通常のゴーレムよりも巨体の。

 隊長や兵士、村の者達はその威容に思わず目を見張った。


「で、でかいね」


 隊長は、相手が魔物ということもあり、襲ってこないか心配のようだ。


「魔物であっても、師駒は人を襲わないので大丈夫です。今から情報を見てみます」


 アキトはすぐに手帳を開き、白紙のページにゴーレムの情報を写しだす。


「D級のルーク……すごい技能ばかりだ」


 ルーク。能力的には、ポーンをより防御重視にしたクラスだ。防御能力だけに限れば、格上のナイトに匹敵する例も珍しくなかった。


「周りの腕力を上げたり、石工術にも長けているようだな」


 戦闘も内政もこなせる強力なゴーレム。アキトは強い味方を得たと喜ぶ。


「俺はアキトって言うんだ。よろしくな、ゴーレム。……いや、ゴーレムは失礼だな。名前は少し考えさせてくれ」


 アキトの声に、ゴーレムは大きく腕を上げた。

 まさか怒っている? とアキトは不安になるが、ゴーレムは、腕で自分の胸を叩く。言葉がつかえないので身振りで応えただけだった。


「このゴーレムがいれば、小さなゴブリンなど一捻りだ!」


 隊長は上機嫌だが、アキトはまだ戦略が固まらない。


「このゴーレムなら、確かにゴブリンの攻撃も防ぐでしょう。ですが、非常に足が遅く、村の皆さんを守るには機敏さがない……守り手が少ないことには変わらないのです」


 ──あと何か一つ、強みが欲しい。


アキトは村を見渡した。


村には大量の丸太が積まれている。ここは林業で生計を立てているようだった。


「丸太……これは使えそうだ」

「アキト君、良い考えが浮かんだみたいだね?」

「ええ。早速、提案させてください」


 アキトと隊長は、兵や村人を集め、すぐに作戦会議を行うのであった。


~~~~

 

 ゴブリンたちの襲撃は、意外にも早くやってきた。


アキトが村に来て、次の日の昼頃だ。

 三十体程のゴブリンが、我先にとフェンデル村へ押し寄せる。皆、ばらばらに進んでおり、統率は取れていないようだった。


 そのゴブリン達に、十数本の矢が突如浴びせられる。


 だが、この攻撃で殺されるゴブリンはいなかった。


 ゴブリンの隊長は、果敢に進めと命令しているようで、ゴブリン達の速度は落ちない。


 しかし、行く手を阻むように、丸太と岩が積まれた塁壁が現れた。人の背丈ほどの高さの壁を、ゴブリン達が必死に登る。


 やっと登ったゴブリンの頭上に、村人達が容赦なく矢を浴びせかける。猟師からすれば動きの鈍い標的を射止めることは容易であった。


「どんどん撃て! これなら、鹿よりも狙いやすいぞ!」


 村人の一人がそう言って、他の者達に攻撃を促した。


 何とか射撃を逃れたゴブリンは、アキトの師駒になったゴーレムが腕で塁壁の外へ吹き飛ばした。


 このゴーレムは石や丸太を軽々と持ち上げることができ、周りの者の腕力を上げる技能を有していた。加えて、ゴーレムは人間と違い睡眠や休憩の必要がない。この一夜で築かれた塁壁は、ゴーレムの働きによるものだった。


 これを受けて、ゴブリン達は何とか壁を登ろうとする者、どこか入り口を探そうとする方の二手に分かれる。


 十体程のゴブリンが、ちょうど村の裏側で塁壁の切れ目を見つけ、そこからなだれ込もうとした。


 そこに、帝国兵の隊長エリックの声が響く。


「今だ! ゴブリンどもを挟み込め!」


 ゴブリン達は入り口に踏み入った瞬間、両側の塁壁に隠れていた帝国兵に挟まれてしまった。


 何とか応戦するが、三方を囲まれては分が悪い。


 アキトとリーンも加勢すると、残り三体となったゴブリン達は、這う這う(ほうほう)の体で村の外へと逃げていくのであった。


「よし、このまま村の表側に回り、壁を登るゴブリンを掃討するぞ!」

「おう!!」


 皆、隊長の声に応え、その後へ続く。戦いは半時と掛からず終わった。


 ゴブリン達は、二十体以上の死者を出して敗走。一方のフェンデル村の住民と兵達は、負傷者こそ出たが、誰一人死ななかったのだ。


 塁壁の外と内側で被害を確認したアキトは、戦果に胸を撫で下ろす。


 隊長はそんなアキトの肩を、後ろからポンと叩いた。


「アキト君、やった! やつらを追い返したぞ!」

「はい! ここまで上手くいくとは、思ってもいませんでしたよ」


 振り返ったアキトも、喜びを露にする。

 自分の戦術で、村を救えたことがこの上なく嬉しかったのだ。

 そこに一人の帝国兵がやってきた。


「隊長! 敵のゴブリンの一隊が、死んだ後に姿を消しまして……こんな綺麗な石が残っていたのです」

「うん? 何か宝石かな? あ、これはもしかしてアキト君がさっき持ってた」


 アキトは頷く。


「そうですね、魔物の師駒が遺す師魔石で間違いないでしょう」

「そうか……じゃあ、これは君がもらってくれ」

「え? でも、師駒石程ではないにしても、それなりに売れる物ですし……」

「いや、これは君が受け取るべきだ。君みたいな人がこれを受け取ってくれたら、また誰かを助けてくれるかもしれないだろ?」


 隊長はそう言ってにっこりと笑う。軍師はそうあるべきだと言われたようにアキトは感じた。


 ……この村みたいにアルシュタートには困っている人がたくさんいるだろう。そういう人々を助けるためにも俺には師駒が必要だ。


アキトは頷き師駒石を受け取る。


「ありがとうございます。これは、誰かの役に立つため、使わせてもらいます」

「うんうん、それがいい! 村の人達も、君に感謝の言葉を伝えたいらしい。すでに祝宴の準備をしているらしいから、僕たちも行こうじゃないか」

「はい!」


 日が暮れる中、アキトは自分の師駒と共に、

村人と祝宴に参加するのであった。


~~~~

 

 ゴブリンを退けた次の日、アキトとその師駒達は、フェンデル村を出る準備をしていた。


 アキトは、机に置かれた師駒石に目を移す。これからの道中も魔物がいるかも分からない。ここはもう一体師駒を召喚しようかと迷っていたのだ。


 だが、アキトは師駒石のもう一つ使い道を思い出す。


 それは師駒石を消費して、師駒に新たな技能を獲得させたり、能力を向上させること。もちろん、無限に強化できるわけではなく、必ず技能を獲得できるとも限らない。だが、最初の強化では必ずと言っていいほど、何かしらの技能を獲得する事が知られていた。


 鍛錬や経験を重ねることでも師駒は能力を上げていくが、技能となるとなかなか難しい。だから、リーンかゴーレムに師駒石を使うのもいいかもしれない。


 それに、アキトは師駒を使い捨ての駒ではなく、大事な仲間と考えていた。だからこそ、師駒達の働きに何かの形で恩を返したいと思っていたのである。


「よし……リーン、こっち来てくれ」


 アキトはリーンの体の上に師駒石を置いて、師杖をかざした。


 ゴーレムとどちらに師駒石を使うか迷ったアキトだが、技能を一つも持ち合わせていないリーンに使うことを決めた。


 アキトが師杖で師駒石を叩くと、小さく光が弾けた。


「成功だな。早速、能力を見てみよう」


 アキトが師杖で手帳の一ページに触れると、手帳にはリーンの情報が浮き出てきた。技能の欄には、帝国文字ではないぐにゃぐにゃの単語が二つ追加されている。


「見たことない文字だな? 魔族特有の能力で、人語に翻訳できないのか」

「リーン?」

「はい、アキト様!」

「え?! リーン、お前喋れるようになったのか?」

「はい! アキト様と同じように、言葉を喋れるみたいです!」

「なるほど……魔族の技能には、言語関係もあるのか」


 アキトは手帳の文字を見直した。


「こうしてリーンとは話してみたかったんだ。これからも、よろしくな!」

「はい、アキト様! 命に代えても、アキト様をお守りします!」


 リーンは人語を操る技能を得た。それにより、もう一つの技能は変身と分かった。


 これならば魔物と交渉できる──できる限り戦闘を避けたいアキトにとっても嬉しい技能だった。変身もまた諜報に使えると。


 アキト達がフェンデル村の入り口に到着すると、隊長はじめ村人が総出で見送りに来てくれた。


 祝宴では、ずっとこの村に居てくれればいいのにとも言われたが、アキトはアルシュタート大公の軍師になる旨を伝え、丁重に断った。


 隊長と村人達は改めて村を救ってくれたこと、塁壁を残してくれたことに感謝の言葉を送ると、笑顔でアキト一行を見送った。


「アキト君、大公閣下の軍師、頑張れよ!!」


 この村の為にも、自分はアルシュタート大公の元、軍師として精一杯働こう。アキトはその決意を胸に、州都アルシュタットを目指すのであった。

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