第3話 軍師、師駒石を手に入れる

「行け! ……そうだ!」


 師駒が待機する侍人棟の隣、師駒を鍛錬する訓練場に、アキトの声が響く。


 青空の下、指示を受けて小さく青い身体を動かすのは、数日前にアキトの師駒となったスライムであった。


 スライムは機敏に動き、藁で出来た的に体当たりを繰り出す。


 しぶとく立っていた的は、ついにスライムによって倒された。


「だいぶ早くなったじゃないか、リーン」


 アキトはスライムを褒める。


 リーンというのは、このスライムの名だ。いい名前がないかとアキトが悩んでいる時、アキトの友人リヒトが、自身の名リーンハルトから一部を与えてくれたのだ。


 リーンは、ぴょんぴょんと跳ねてアキトの元に駆け寄る。


「よくやったな、リーン」


 リーンは何も言わず、アキトの頬に身を擦り付ける。

 何も言わないというよりは、何も言えないのが正しいだろう。


「おいおい。そんなにくっつかないでくれよ」


 プルプルとした感触、ひんやりとしたリーンの体。


 アキトもまんざらではない様子だ。


 リーンを片手で抱きかかえながら、アキトは師杖で机の上にある紙に触れ、浮かび上がる文字に目を通す。


「……どれどれ。おお、少し体力が上がってるぞ! やったなリーン!」


 リーンは更に喜び、アキトの腕の中で小躍りした。


 師駒を訓練させることで、その能力を上げたり、新たな能力を得ることができる。


 だが、人間同様に成長の限界があるし、成長する速度も個体差がある。


 また、師駒石を消費することで、鍛錬なしでも大幅に成長させることができる。もしくは、成長の限界を超えさせたり、技能を獲得させることも出来る。


 リーンはF級のポーン。技能はなく、その能力は他の師駒と比べても、最底辺であった。


 それでも、アキトは嘆かない。こうして数日間、放課後はずっとリーンと鍛錬に励んでいるのだ。


 だが、リーンの成長する速度は牛歩と言っていい。人間のような戦闘力を得るには、今日のような鍛錬を二年は繰り返さなければいけないだろうと、アキトは予想した。


 他の軍師学校の生徒ならば、匙を投げるところだ。


 しかし、アキトにとってそれは苦ではなかった。これまでも師駒が得られない分、自身の鍛錬、勉学に励んできた。

 俺がリーンを一人前にする、そうアキトは意気込んでいた。


 しかし、そのアキトの耳に嘲笑が響く。アキトを気に入らない者達が、今日もこの練兵場にやってきた。


「ちょっと!! またスライムがいるわよ!!」


 そう言い放ったのは、エルゼだった。

 取り巻きの女子生徒二人はその言葉に応えて、「気持ちが悪い」とか、「有り得ない」などと声を上げる。


 リーンはアキトの胸から飛び降りると、威嚇するようにエルゼの前で体を震わせた。

 アキトはなだめるように、再びリーンを抱き寄せる。


「やめとけ、リーン! ……エルゼ、放っておいてくれないか? もうリーンはお前の師駒じゃないだろ?」

「当たり前でしょ! そんな魔物が駒なんて、有り得ないもの。というか、リーンだなんて魔物のくせに生意気ね。まさか、あんたがつけたんじゃないでしょうね?」

「お前には関係ないことだ」

「質問に答えなさい、この底辺野郎!!」

「はあ……俺の友人が自分の名前を分けてくれたんだ。リーンハルトがな」

「り、リーンハルト様のお名前から?!  ……ああ、何ということ。かくも尊いお方の名からだとは」


 エルゼはその場で頭を抱えだす。他の取り巻きも驚きを隠せないようだ。


 頭を抱えたいのはこちらのほうだ。大声で叫ばれる身にもなってほしい。


 アキトはため息を吐くと、リーンに言った。


「行こう、リーン。少し休憩してからまた訓練だ

 アキトの言葉に、身を動かして頷くリーン。


「待ちなさい!」


 エルゼは去ろうとするアキトを呼び止めた。

 アキトは、もう勘弁してくれといった顔で答える。


「まだ、何か用?」

「私と勝負しなさい!」

「何で?」

「ムカつくあんたと、そのくそ生意気な魔物をぶちのめしたいからよ」

「……馬鹿馬鹿しい。じゃあな」


 去ろうとするアキト。しかし、エルゼの取り巻きが行く手を阻む。

 エルゼは振り返るアキトに、ニヤリと笑う。


「父上からは許可をもらっているわ。アキト、これは学長命令よ」


 アキトはため息を吐いた。


「……勝負というからには、正々堂々戦ってくれるんだろうな?」

「もちろんよ。今日の放課後、戦闘盤ボードで待ってるわ。いい? 逃げずに来るのよ。でないと、あんたは退学よ」


 エルゼは取り巻きと笑いながら、「ま、そのほうが好都合だけどね!」と言い残していった。


 それに怒るかのようにリーンは、アキトの胸を飛び出し、身を震わせる。

 だが、それを見たエルゼ達はむしろ笑い声を大きくするだけだ。

 アキトはリーンを再び抱きかかえ、訓練場を後にした。


~~~~


 軍師学校の校庭に、真っ黒い石材が敷き詰められた場所がある。


 数千人が整列できるようなこの場所は、戦闘盤ボードと呼ばれる魔法装置であった。


 この戦闘盤は、盤上に兵士型の幻影を召喚できるようにできている。


 幻影は、幻影相手にしか攻撃できない。また、耐久性も低く、四、五回の攻撃で消えてしまう。


 なので、人間や師駒にダメージを与えられるような力は、一切持っていないのだ。


 戦闘盤の目的は、この幻影を用いて、兵を指揮する訓練に使うこと。基本は二つの軍勢に分かれ、幻影を戦わせる。つまりは、小さな戦場だ。


 だが、軍師学校の生徒の間では、大きな盤上ゲームとして、決闘や賭け事にも用いられていた。


 また、師駒に幻影のみを倒せる武器を与え、師駒も参加させることが盛んに行われている。

 アキトとリーンは、エルゼとの約束通り、この戦闘盤の上に来ていた。


 そして今、エルゼも戦闘盤へと歩みを進めている。


 その後方には、エルゼの取り巻き十数人と、セケムがいた。


 戦闘盤に上るエルゼとセケム。そしてそれぞれの師駒が一体ずつ、戦闘盤へ足を踏み入れ、アキトと話せる距離で止まる。


 エルゼは口を開いた。


「約束通り来たようね」

「やあ、アキト。君をぼこぼこに出来るって聞いて、一緒に来たんだ」


 セケムはニヤニヤと笑っていた。

 アキトは当然のように訊ねる。


「何でセケムがいるんだ?」

「これも学長命令よ」


 エルゼは、アキトの質問にただ一言そう答える。


 元々、アキトは勝とうなどとは思っていない。このゲームは誰も傷つかないし、エルゼのわがままを解消できればそれでいいのだから、セケムがいても問題はない。だが、皮肉の一つも返したくなる。


「正々堂々の勝負なのに、二対一で戦えっていうのか?」

「うるさいわね……幻影がいるんだから良いじゃない。いいから始めるわよ」


 聞く耳を持たないエルゼに、アキトはため息を吐く。その時だった。


「二対一は卑怯だ。俺が、アキト側に加わろう」


 アキトはその声の方向に振り向く。


「……リヒト」


 そこにはリヒトと、その少し後ろで心配そうに見つめるアリティアの姿があった。


「……ちょっと二人とも、やめときなさいって」


 アリティアのその小声は、リヒトには届かない。

 リヒトはそのまま、自分の師駒ルッツと共にアキトの隣へと歩いていく。


「リーンハルトの野郎!」

「り、リーンハルト様……」


 セケムは不快な顔で、エルゼは額に汗を流して、リヒトの顔を見る。

 エルゼの取り巻きや野次馬も、リヒトの登場にざわついているようだ。


「へ! いい機会だ! お前もぼこぼこにしっ」


 セケムは言葉の途中で、エルゼに押しのけられる。


「リーンハルト様! 何故、こんな男……魔物の肩を持つのですか?!」

「アキトは俺の盟友。リーンは俺の名前を分けた者。それを害そうとするのは、俺に対する挑戦でもある」 

「い、いくらリーンハルト様と言えど、今の言葉は聞き捨てなりません! 魔物に名前を与えるなんて! 撤回を!」


 エルゼは声を震わせながら、呟いた。


 若くしてロードス選帝侯でもあるリヒトを、エルゼは敵に回したくなかった。あわよくば将来の夫としたかったのだ。

 しかし、リヒトはエルゼを無視して、アキトへこう声を掛ける。


「俺はルッツを出す。これなら、あの二人のナイトとも互角に戦えるだろう」

「リヒト……いいのか?」

「気にするな。かつて俺を助けてくれたように、俺も君を助ける」

「そうか……すまないな、リヒト」


 申し訳なさそうにするアキトの肩を、リヒトはポンと叩く。

 そんな時、セケムが叫ぶ。


「ああ、もう! さっさと戦いを始めるぞ!」


 エルゼは、リヒトと戦うことを嫌がっている。 

 しかし、セケムの方はやる気満々だったのだ。


「いいだろう。ルールは、幻影が先に指揮者に触れた方が勝者、または先に全滅した方が敗北でいいな?」


 アキトは確認するように、そう訊ねた。


「もちろんだ! ……だが、その前にこちらの要求を伝えさせてもらう!」


 面倒くさい話と思いつつも、アキトはセケムに返答する。


「……何が望みだ?」

「貴様らが敗北した場合、リヒトの師駒を一体俺に寄こすこと!」


 無茶苦茶な要求だから断るとアキトは答えようとしたが、リヒトが先に口を開く。


「いいだろう! では、こちらの要求だ。俺達が勝利した場合、アキトへ師駒石を 渡せ。そうだな……俺の師駒を賭けるのなら、最低でも黄色の石を出してもらおうか」

「ふん! いいだろう」


 セケムはニヤリと笑った。


「おい、リヒト! 何を馬鹿な事を!」

「何を怒っているアキト。俺達が負けることはない。そうだろ?」


 リヒトはアキトへ笑ってみせた。アキトはいつもと変わらないリヒトの様子に、ため息を吐くしかなかった。


 アキトとリヒト、それにエルゼとセケムのチームが離れていく。


 十分に距離をとったことを確認すると、お互いが「召喚!」と叫んだ。

 すると、戦闘盤からは兵士の形をした幻影が、両陣営にそれぞれ三百体ずつ現れた。

 幻影達は、互いに睨みあう。

 リヒトはアキトへ訊ねた。


「アキト、何か策はあるか?」

「……相手の師駒はどちらもナイト。単体でも強く、恐らくは幻影の攻撃力を上げることもできるだろう。そう考えれば、俺達の幻影は二、三発の攻撃でやられてしまう。ここはルッツとリーンの力で、幻影を敵指揮官の元に、一刻も早く導くべきだろう」

「敵指揮官への急襲か。しかし、敵はそれを何としても妨害するだろうな」

「ああ。だが、ルッツとリーンがいれば、それは容易だ。これは〝戦争〟じゃないからな」

「そうだな。戦争のように、被害を考慮する必要がない。ではアキト、始めようか」


 アキトはリヒトに頷き、幻影と師駒に指示を送り始めた。

 それを見たセケムも、自分達の師駒と幻影を前進させる。


「こっちにはナイトが二体もいるんだ! 捻りつぶしてしまえ!」


 ナイトという力に優れた師駒を先頭に、幻影達は横隊を組んで突撃してくる。


「よし、こちらも単縦陣を取れ!」


 アキトの命令通り、幻影達は敵と同じ横隊を組んだ。

 セケム達の幻影が迫ると、アキトは次の指示を送る。


「中央の幻影は後退! 敵を引き込むんだ!」


 つまりは敵を反包囲するための策であった。

 セケムは笑って、命令を下す。


「馬鹿め! そんな手には乗るか! ナイト達よ、二手に分かれ、敵の両翼を叩け!」


 中央にはナイトを突っ込ませず、両翼へ攻撃を集中させる。そして破った両翼から、アキト達に幻影を送り出す。


 これがセケムの策であった。

 アキトとセケム、双方の幻影が衝突する。早速アキト達の幻影は、旗色が悪くなっているようだ。セケムとエルゼのナイトは、幻影の攻撃力を上げる技能を持っていたからである。


 十分に乱戦になったことを確認すると、アキトは指示を出す。


「ルッツ、今だ!」

「へい!」


 リヒトの師駒ルッツはそう答え、中央の幻影達と共に、攻撃を加えていく。


 ルッツはナイトであったが、速度に優れる一方力は劣っていた。

 しかし、幻影ぐらいであれば、容易に倒すことができる。加えて、中央のセケムの幻影は反包囲されていたから、易々やすやすと突破できた。


 ルッツは幻影を率いて、セケムの方へと向かっていく。自身も早いが、周りの者の速度を上昇させる技能スキルを持っているため、アキトの幻影達も相当な速さで進んでいく。


 これを見たセケムは、冷や汗をかいた。


「な、ナイト達よ! 敵の師駒を抑えろ!」


 その命令に、セケムとエルゼのナイトは幻影を率いて、ルッツの方へ向かう。

 ナイト達はまだセケム達に近い両翼側にいたので、即座に対応できた。

 このままでは、ルッツはナイト達に追いつかれるだろう。


 ルッツは走りながら、自身の肩に乗せていたスライムのリーンを、後方へ振り降ろす。


 リーンは着地するなり、すぐさま地面に体を広げた。

 ナイト達はとっさのことで、リーンに足を取られてしまう。


「ば、馬鹿者、さっさとその魔物を殺せ!」


 セケムの命令に、ナイト達は足元に剣を振るが、効果はない。戦闘盤に持ち込んでいい武器では、幻影以外傷つけることができないのだ。


 ルッツ率いる幻影が、セケムに肉薄する。


「わあっ! わああ!」


 幻影と言えど目の前に剣を振り上げた者が迫っていることにセケムは恐怖し、その迫力に尻餅をつき、エルゼの足元へとすがった。


「セケム、ちょっ! 気持ち悪いって!」

「いやだあぁ! や、やめろおお!」


 叫ぶセケムを切りつける、幻影の剣。


 だが、セケムには傷一つ付かない。


 試合の勝敗は決した。戦闘盤からは、幻影が姿を消していく。


 勝負の行方に、観衆達は言葉を失った。圧倒的な力を持つナイトを二体持つセケム側が、魔物のいる方に敗北する。それは奇しくも最近のアンサルスの敗戦を思わせるのであった。


「勝ったな。それにしても、あっけない」


 リヒトは呆れたような顔で、自分の師駒ルッツの方へと歩いていく。

 アキトもまた、自らの師駒であるリーンの元へと進んでいった。

 リーンは、まだナイト達の足を引き留めているようだ。


「リーン。もういい」


 リーンはそれに応えるかのように、直ちにナイトを解放する。

 ナイト達は、こんな魔物に負けたのかと恥ずかしくなり、セケムとエルゼの元へ一目散に戻っていった。


「よくやってくれた、リーン」


 アキトの言葉に、リーンは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。 


「それにルッツも。助けてくれて、ありがとう」


 アキトは戻ってくるルッツとリヒトに、そう声を掛けた。


「旦那の大の親友アキト様のためとあれば、このルッツ何でもしやすぜ!」

「ルッツ……お前は俺の師駒なのだぞ」

「そりゃそうですが、旦那、いつもアキト様のことばっか……んっ!」


 リヒトは、すぐにルッツの口を無理やり塞ぐ。


「何はともあれ、俺達は勝利した。……セケム! おい、セケム!」


 リヒトの声に一言も答えないセケム。どうやら、立ち上がれないようだ。

 しかし、ナイト達の助けで何とか立つことができた。


「こ、これは負けではない! そんな卑怯な罠を、帝国人は用いない!」

「御託はいい。さっさと師駒石を残して、失せろ」


 言い返そうとするセケムであったが、観衆の目もあって、約束を違えることはできなかった。「畜生!」と吐き捨てて、胸ポケットから黄色い師駒石を放り投げる。そしてエルゼと共に、戦闘盤から逃げるように去っていった。


「さて……アキトよ、受け取れ」 


 リヒトは、セケムが残した師駒石をアキトに渡す。


「いや、リヒト。君がルッツを連れてきてくれたから、勝てたんだ。これは君が」

「馬鹿を言うな。君の策で、勝ったんだ。それに、君にはこれからも強くなってもらわなければ困る。君は将来、俺とアリティアの軍師になるのだからな」

「リヒト……」


 リヒトはこれまで何度も、アキトへ師駒石を渡そうとしていた。


 しかし、自分の実力でないからとアキトは固辞していたのだ。


 だが、今回アキトは自分の策で勝った。何より、黄色の師駒石など、リヒトには珍しいものではなかった。


 アキトは、静かに頷く。


「リヒト、ありがとう」


 師駒石を受け取ったアキトに、リヒトは微笑んだ。


「ははは。それにしても、これはいい師駒石の供給源が出来たな。もう一回セケムを煽って、賭けをさせれば……」

「それはさすがに可哀そうだぞ、リヒト」

「ふっ。君は、いつもそんなんだな。あんな男も気遣うとは」

「お前がいつも容赦ないだけだ」


 お互いに肩を小突き合うアキトとリヒト。


「もう二人とも! これ以上エレンフリートの機嫌を損ねたらどうなるか……」


 二人に割って入るのは、アリティアであった。


 アキトは一言「ごめん」と、リヒトは「奴らがいけないんだ」と答える。

 三人は、またしばらくの間、いつものように口論をするのであった。

 

 だがそんな時、校舎から歩いてきた教師が言う。


「アキト君。学長があなたをお呼びだわ」


〜〜〜〜


 アキトは学長室に呼び出された。


 大きな窓を背に、机に肘をつきながら椅子に掛ける学長エレンフリート。


 不機嫌そうな顔で、エレンフリートが尋ねる。


「さて、アキト君。なぜこの場に呼び出されたか分かるかな?」

「申し訳ございません、エレンフリート学長。皆目見当がつきません」

「……そうか。今日呼び出したのは、君のあの汚らわしい魔物のことだ」

「学長、リーンは俺の立派な師駒です。今の言葉は取り消していただきたい」


 アキトの言葉に、エレンフリートは目を見開いて声を荒げる。


「リーンだと? 魔物ごときに帝国人の名前をつけたのか?!」

「学長、お言葉ですが、魔物はすでに我々帝国人とそう変わりません」

「魔物と我らが同等だというのか?!」

「はい、この前のアンサルスの戦い、学長も」


 アキトの言葉の途中で、エレンフリートは机に拳を振り下げた。


 エレンフリート自身が組み立てた作戦と誇りにしていた戦術。それを引っ提げ自信満々で挑んだアンサルスの戦いは、帝国軍の大敗北で終わった。


 そのアンサルスの戦いという言葉が、自身の策に異を唱えた男の口から出たのだ。エレンフリートは怒りを抑えられなかった。


「貴様は……アンサルスの戦い、自分の策が正しかったと言いたいのか?!」

「そんなことはありません。ただ、魔物を過小評価したり除外することは」

「ええい、聞きたくない!! 貴様は退学だ!! この第二次南戦役の英雄、エレンフリートを侮辱するなど!!」

「学長! 待ってください! そんな権限は、あなたにないはずだ!!」


 退学、という言葉にアキトも思わず声を荒げた。

 いかに学長と言えど、その一存で生徒の進退は決められない。他の教員と会議で検討されることなのだ。 

 エレンフリートは少し息を落ち着かせて、こう告げた。


「……普通であればな。だが、本日この帝都で魔物の追放令が施行された! 汚らしい魔物共は、この帝都にはもはやおれぬ!」


 その言葉にアキトは愕然とする。


 帝国には、帝国の保護を受ける魔物も住んでいた。帝都にも少数が住んでいる。


 諜報目的で滞在する魔物対策のための法案であることは、アキトも理解できた。だが、このままでは味方が離れていくだけだ。


 アキトが表情を変えたことに気を良くしたのか、エレンフリートはニヤリと笑みを浮かべ、続ける。


「貴様があのスライムとの主従関係を放棄しなければ、貴様もこの帝都より追放だ。退学どころの話ではない」

「俺は……」


 アキトは言葉に詰まる。


 アキトの故郷はこの帝国のある大陸の東の海、大陸や島を超えた場所にある。

 帝都とそこまでの海路はただでさえ荒れているし、近年は海賊活動も活発だ。当然、船賃は膨大なものとなる。


 稼ぎもなく、仕送りもないアキトは、帰りの船賃すら用意できないのだ。加えて、学校を出るということは、住処も食事もなくなるということ。


 しかし、アキトはリーンを失いたくなかった。


「俺はリーンを捨てません……」


 アキトはこうして軍師学校と帝都を出ていかなければならなくなった。

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