第3話 回答 のんびりした切れ者おっさん

 ペルセウス座に属する準惑星フェラガモ・チオール11、この星系の金融市場の中心となっており『天上の台所』という異名を持つ。


 乱立する超高層ビル群には、まるで毛細血管のように縦横無尽に移動用チューブ『アルティメットループ』が張り巡らされている。

 アルティメットループは、西暦2013年頃に計画されたハイパーループなるものを改良に改良を重ねた現行モデルだ。

 各惑星内の都市間での移動がメインとなっているが、大都市内部でも小型のアルティメットループが採用されている。


 アルティメットループによって瞬時に移動可能となっており、1秒単位でのスケジュールが刻まれているエリートビジネスマンたちが現在も赤血球のごとく忙しなく利用している。

 ちなみに、上役ビッグベンのオフィスの入っている支社はこの星にある。


 私は自社のオフィスビルから地面の上に降り立った。

 ここは金融市場の中心ではあるが、地上は意外にも人気はない。

 ビジネスマンたちは働きアリのように時間に追われ、地面を踏みしめるという余裕すら無いからだ。

 

 私はこの緩やかな時間があるからこそ、心に余裕ができて良い考えが浮かぶと思っている。

 今回の取り立て先に行くにはアルティメットループを使えば瞬時に到着できるが、ビッグベンの助言を噛みしめるために頭の中を整理しようと考えたからだ。


「ありゃ? 関川はんでないでっか! 地上で会うなんて奇遇でんなぁ」

「え? あ、あなたは……」


 不意を突かれた私は思考が停止してしまった。

 これからまさに取り立てに行くはずだった相手、鴻池・ロスチャ・徳八だったのだ。


 信楽焼のたぬきのようなひょうきんな容貌をしているが、ビッグベンの話を聞いてしまった後だと狡猾なタヌキオヤジに見えてしまう。

 気を引き締め、余計な話をせずに本題へと入ろう。


「鴻池さん、返済の期限を過ぎましたので、元金と変態細胞核の返済をお願いします」

「何やねん、関川はん? そない他人行儀な態度せんといてや。こないだ一緒に飲みに行った仲やないけ?」


 感情を排してマニュアル通りに仕事をこなそうとする私を鴻池は笑い飛ばす。

 こちらが真面目に仕事に徹しようとしても、気がつけばこの男のペースに乗せられている。

 以前の回収の際にも、気がつけば飲み屋で鴻池に仕事の愚痴をこぼし、なぜか私の奢りなっていたのだ。


「しかしですね、今回で完済の予定です。元金はもちろんのこと、利子である変態細胞核のモニタリングと成果、変態細胞核の返済も完済時の契約となっておりますので」

「……はぁ、契約かぁ。ほなしゃあないな。ほい、元金やで」


 鴻池が大太鼓のような腹のある胸ポケットから現金の札束を取り出すと、私に差し出してきた。

 私は用心しながら受け取ったが、特に何もされることもなく現金が偽札ということもなかった。

 この時代、電子マネーが主流だが、犯罪も巧妙化しているので現金の方が逆に安全と近年利用者が戻ってきている。

 鴻池も現金の信望者のようだ。


「……では、元金は間違いなく完済、ですね。では、次は変態細胞核の回収ですが、こちらの研究所で……」

「いえ、ここからは私が引き継ぎましょう」

「え?! し、支社長?」


 私の背後から現れたのは上役ビッグベンだった。

 顔に貼り付けられた謎のモザイク、顔は分からないがビッグベン以外にそのような特徴のある者はこの世に存在しない。


「いや、しかしですね、支社長のお手を煩わすなど……」

「いえいえ、彼は特に手を焼かされた債務者でしたので、私が最後を見届けたいと思いましてね」

「……うーむ、そこまでおっしゃるのであれば……」


 私は渋々ビッグベンに鴻池を引き渡し、踵を返そうとしたところだった。


「「ちょっと待った!」」


 物陰から姿を現したのは、人型に変形したSARAとホログラムの体のケイだった。

 ビッグベンは振り返り、全身から威圧的なオーラを漂わせる。


「……ふむ、部下である関川君の手駒程度の貴様らがこの私に意見でも?」

「クッ?! お、落ち着いてください、支社長! ふ、二人共、一体どうしたんだ?」

「どうした、ではありませんよ、ご主人様。コレはあの嫌味なビチグソ上司ではありません。偽者です!」


 SARAにビシッと指を差されると、ビッグベンは怒りを爆発させたのか、会社幹部のみに与えられる特別な変態細胞核が発動し、ビッグベンの両腕は触手と化した。


「本社長であるあの御方直々に授かったイソギンチャクの変態細胞核を前にしても同じことを言えるのか、ポンコツ? クックック、まあ良い、ちょうど良い機会だ。今ココでスクラップにしてくれるわ!」


 ビッグベンの触手が鞭のようにしなり、SARAとケイに襲いかかる。

 が、ホログラムであるケイには実体がないので効かない。

 そして、SARAの体もすり抜けていった。


のろい、残像だ」


 神速を超えた超神速、SARAの目にも映らない手刀がビッグベンの首を跳ね飛ばした。

 首を刎ねられたビッグベンの体は、粘液のようにドロドロに溶けていった。

 その様を見て、鴻池はガタガタと震えて膝をついた。


「な?! ば、バカな。ワイのアメーバの変態細胞核のコピー能力は完璧なはずやで。ビッグベンの実力も本物と同じはずや!」

「簡単な話だ。わたくしの実力があのゲロフンよりも上なだけだ」


 凛と佇むSARAの姿に、私の胸がキュンと高鳴る。

 変態細胞核の返済の踏み倒しを画策していた鴻池はガックリと肩を落としてうなだれている。


「も、もうこれで観念するしかないんか。しゃあない、腹くくって連れてってくれや、関川はん」

「ええ、それで良いと思いますよ。ボクも変態細胞核の踏み倒しをしようとして酷い目に遭いましたので、間違いなく返済した方が身のためです」

「ほ、ほうかい。坊っちゃんも苦労しはったんやなぁ」

「はい、オジサンがコロニー中に隠していたコピーたちも、ボクとSARAさんですでに回収済みなので、これで無事に完済ですよ」


 無邪気な天使のように微笑むケイに、鴻池は血の気がなくなったようにガタガタと震えた。


「う、嘘やろ? ほ、ホンマに回収しよったん?」

「ええ、SARAさんの量子コンピューターを超えた暗黒物質コンピューターのお陰で、このコロニーのAI監視カメラを一時的に支配しました。ボクが補助でオジサンのコピーを見つけ、SARAさんに捕まえてもらいましたので」


 油断のならない曲者鴻池もSARAとケイの無敵コンビの前には無力だったようだ。

 保険の保険をかけてまで用意周到に踏み倒しの準備をしていた鴻池もこれで万策尽きたようだった。


「い、嫌や! 嫌や、嫌や! ワイはこの力返したくな……」

「黙れ!」


 往生際悪く暴れる鴻池は、SARAの一撃で昏倒した。

 私は、大人しくなった鴻池を会社の実験室に連れていき、変態細胞核の回収は完了した。


 後日談


 鴻池はアメーバの変態細胞核を悪用し、様々な人物になりすましていたことが判明した。

 そのなりすましは、主に株式投資のインサイダー取引に使われ、鴻池は莫大な資産を裏で築いていたのだった。


 しかし、この事件は会社によって闇に葬られた。

 この変態細胞核の実験データに関心を持った政府機関や裏の組織が喉から手が出るほど欲しがったからだった。


 このアメーバの変態細胞核が今後どのように使われていくのか、最早私の預かり知るところではない。


「SARA、ありがとう。君にはいつも助けられるよ」

「うふふ、当然ですわ。ご主人様のためですもの」


 私が小型シャトルになったSARAの内部で語りかけた。

 SARAのホログラムが操縦席に現れ、私に抱きついてくる。


「はいはい、いつもお熱いですね」


 ケイのホログラムが呆れ顔で肩をすくめる。

 私はそんなケイにニッと笑いかける。


「ケイもありがとうな。頼りになるよ」

「ボ、ボクも関川さんのためなら、どんなことでも頑張るよ」


 ケイは照れたようにそっぽを向いた。

 私は操縦桿を握り、力が漲ってくる。


「さあて、今回の任務も完了! バケーションにくり出すぜい!」

「「おおーう!!」」


 天の川に今日も綺羅星が流れる。

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