06


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夜半からの雨に、濡れた真新しいアスファルトに警察車両の赤灯が反射している。

提携している法務機関各所に連絡を終えた西崎は、立ち入り禁止の黄色いテープバリケードを隔てて佇みながらタバコに火をつけた。

ソラの情報提供により現場に向かった警察官の手で、被害者・葉山裕一の遺体は路地裏のゴミ捨て場から回収された。

水色のポリバケツの底一杯に溜まった一面の赤。赤。赤黒。


「う、うわ…」


「せい…のっ」


「損傷が激しいから、あんまり振動を与えるなよ」


まるで轢死体の如く細切れで、しかも身体からごっそり零れ落ちた内臓が殆んど別物になった凄惨な遺体を前に、駆けつけた警官の誰もが顔を顰めていた。

異臭による嘔吐を訴え、鼻を押さえる仕種をする者など対応は様々だが……まあ結局のところ、文音さえ無事なら他はどうでもいい。


「例の遺体の収容、終わりました」


「ん、ああ…御苦労さん」


人間の人畜によらない死、つまり堕落者アン·シーリーが人命を奪う度に、自分達は然るべき部署-警察に要請を出している。

しかし、はっきりと言って彼らとの相性は最悪最低もいいところ。

いざという時は助けを求めて来るその癖、用が済めば腫れ物扱いをするのだから、まったく腹立たしい。

それに、人の目に触れぬ非科学的な存在を対処する自分達のような呪術師を彼らは蔑称で“マル精”と呼んでいる事もしっかり調査済みである。

文音は勿論のこと、局員の誰もが彼らの事が嫌いである。


「ああ、もう行っていいぞ」


「し、失礼します!」


提携しているだけの──しかもあまり仲が宜しくない機関の人間にまでわざわざ報告に来なくてもいいのだが、彼「も」あくまで己の職務を完遂しただけ。

内心でぼやきながら、西崎は小さく溜息を吐いて若い警察官を見送った。

例えそいつがどんな人格であれ、所詮は金で雇われた人間なのだし、興味など更々ない。

生活のためとはいえ──多額の年棒に目が眩んで文音の「おもり」を所長から引受けた自分が言えた義理ではないが…。


「…待たせたな、帰るぞ」


「うヲっ!?」


降りしきる雨音に紛れ音も気配もなく背後に現れた待人に、西崎は一瞬心臓を握り取られたかのような錯覚に陥る。

本当に、何もない場所に降って湧いたような出現だった。


「お、驚かせんな…っ。……ん? 文音、そいつ…」


「ああ、帰り道で拾った。なかなか、かわいいだろう? なんだ、腑に落ちない顔だな」


大人しく抱かれている黒猫を見た西崎は、ますます有り得ない光景に眉をひそめた。


「い、いや……お前、動物嫌いだろうが…。本当にどうした?」


再び西崎は疑念に駆られた。なぜなら、文音は自他ともに認める動物嫌いで、それらが視界に入り込むことすら嫌がる程だったのに。

───明らかに、おかしい。

まるで、文音の姿をしているだけの別の“なにか”を相手にしている違和感が都度都度纏わりついて、西崎は内心で警戒を強めた。


「まあ、好みが急に変わることだってある。気にするな」


蒼白な顔で唇を引き結ぶ強面な部下を振り向いて、ソラはその胸元に缶コーヒー(ブラック)を押し当てた。


「やる」


「…あ、りがとうございます。…隊長、例の本星は、もしやまだ…?」


押し当てられた缶の冷たさに冷静を取戻し、西崎は黒猫の背中を撫でる上司に指示を仰いだ。


「思い出すのも腹立たしいが、ヤツめ…張りぼてを身代わりにして逃げやがった。真犯人は相当アタマが回るようだから、注意を怠らんよう他の隊員にも連携しておいてくれ」


抱いていた黒猫を地面に下ろしながら、ソラは立ち竦む西崎を置いて帰路とは逆方面に歩き出した。


「お…おい、帰らないのか?」


「嫌な予感がしてな。少し巡回してから帰るよ。お前は先に帰りなさい」


言付けだけを遺して走り去ってしまったリーダーの背中を、西崎は呆然と見送る。

冷たい雨のなか、一つの凄惨な事件の幕が閉じた。

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