第11話 屋敷からの追放

 アレイシアに限らず精霊の愛し子は、他の人と比べて大きな力を持っている訳ではない。

 かつては精霊の力を借りて火をつけたり、川から水を運んだり、人の傷を癒したりとできたらしいが、それは遠い昔の話だ。

 今はほんの少しだけ精霊の力を借りられるにすぎないのは、この国の誰もが知っている。普通の人より火起こしが早かったり、普通の人より水がある場所が分かる程度の微力な力だ。

 たったそれだけの力なのに、生涯国に仕えるなんて割に合わない。望まない仕事をさせられるなら、「愛し子になりたくない」と考える者の方が多いのが現実だ。

 特に女性は働かせられる上に、全く望まない婚姻が結ばれることがある。そのため、場合によっては神官を買収して、愛し子であることを隠すこともあるとかないとか……。


 そんな訳で、王家から以外は期待されていないのが、精霊の愛し子だ。

 それなのに、オンズロー家は恐ろしいほど、アレイシアに期待している……。

 散々「魔女の生まれ変わりだ」「オンズロー家に災いをもたらす」と言って貶め、アレイシアは存在しない者として扱ってきたのに。今では「オンズロー家に富をもたらす」「オンズロー家を豊かにする方法を考えるはずだ」と言ってはばからない……。

 賢者? であるアレイシアの手を借りて、一儲けしようと躍起になっているのが誰の目にも明らかで、五歳児だって引くほどだ。紗和子に至っては両親に痛い目を見せる方法がないか、スマホで検索しすぎて自分の目と肩が痛いそうだ。

 あまりにも手のひらを返したその態度に、領民達も眉をひそめていて、アレイシアに同情的なのが唯一の救いだ。




「シアの両親は、やっぱりクズよね。どうして私には、あいつらに罰を与える力がないんだろう? 悔しい!」


 本当に悔しそうに叫ぶ紗和子の顔には、殺意さえうかがえる。

 全くもって同意見のアレイシアも似たような顔をしている。

 二人がどうしてこんな顔をしているかと言えば、屋敷を追い出されたからだ。

 屋敷を追い出されただけなら、アレイシアは喜んだ。だが、この追い出しは、どう考えても喜べない……。


「あいつら絶対に頭おかしいって! 五歳の娘に『金儲けの方法を考えろ』って言うこと自体が、頭の中爛れているからね。その上、『領地のことは領地で学べ!』とか言って、五歳の娘を領地にある家に放り出すってあり得ない! これ、虐待だからね! 児童相談所に通報されるよ?」


 紗和子の話は多少何を言っているか分からないところもあるけど、アレイシアは大分慣れた。それに、アレイシアのことを思って怒ってくれている。

 今までアレイシアのために怒ってくれる人なんていなかったのだから、嬉しくないはずがない。今は喜んでいる場合ではないけど……。


 信じられないけど、本当に金儲けの方法を実地で学んで考えろということらしい。五歳児に一人暮らしは酷だと思ってくれたのか、一応通いのメイドは雇ってくれたけど……。


「オンズローの屋敷にあるアレイシアの部屋も、部屋んて呼べるものじゃなかった! でも、ここは家とは呼べない! こんなの、廃屋じゃない!」


 紗和子の意見の通りだ。通いのメイドも目を見張って「ここに、住むのですか?」と確認してくるくらいの、荒れ果てた廃屋だ。

 掃除だけで暫くかかるだろう……。唯一の救いが、寝室とキッチンしかないことだ。これだけ狭ければ、何とか暮らせるよう修復するのも可能だろう。


 まぁ、何を取ってもあり得ないのだけれど、あの家にいるよりはましなのではないかと思えてしまうのだから、今までが本当に酷すぎた。

 正直なところアレイシアにとってオンズロー家にいる意味は、図書館の本だけ。古代語の勉強に必要なめぼしい本に関しては、こっそり持ち出してきているので問題はない。となれば、あの家にいる意味はない。


 アレイシアが暮らすことになったイシュは、大きな貿易都市でもありイグネルト国との国境都市でもある。同盟国だけあって行き来もしやすいことから、イグネルトの文化が多く取り入れられている街だ。

 イグネルト国は大国で、芸術や文化に秀でている。歴史に関してもカレイド国より深く掘り下げられ、研究が進んでいる。言語も同じだから、古代に使われていた言葉も同じ。

 カレイド国とイグネルト国の文化が融合しているイシュの街にある図書館は、イグネルト国の本や資料も多く置かれている。イグネルト国から送られた蔵書が保管された図書館に行き放題という環境は、アレイシアにとって幸せでしかない。

 アレイシアの気持ちが分かっているから、紗和子はもう何も言わない。いや、何か妙なことを言い出した。


「シアは一応高位貴族なのよね……。辺境伯家の令嬢と言えば、悪役令嬢の可能性が高い!」

「えー、またよく分からない話? それ、重要?」


 紗和子のする日本の話は、アレイシアには理解できないことが多い。そして、紗和子の話は、重要じゃないことが多い……。


「ちょっと、その台詞! 旦那や息子達にもよく言われてた! 重要じゃなくたって、会話って必要でしょ? 家庭円満の潤滑剤こそ、会話よ! それに、今から話すことは、シアの運命を左右しかねない!」


 運命を左右すると言われれば、シアだって居住まいを正して聞こうとする。


「これから先の未来の話よ」

「紗和子さんは、未来は分からないって言ってなかった?」

「未来視の話じゃなく、可能性の話よ。日本の出版界では一大ブームを巻き起こした話だから、可能性は限りなく高いはず!」

「………………」


 またよく分からない話だけど、可能性が高いのならば黙って聞くしかない。


「この先、アレイシアには、親が決めた婚約者ができる」

「えっ? 女性の愛し子の結婚相手は、王家に勝手に決められてしまうんだよ。王族の血を引く人が多いみたい。すっごい年の離れたおじさんってことも多いらしいよ」

「えー、最悪……。でも、王族ってオジサマでもイケオジというか、年を重ねたいい男ってパターンよね?」

「全然! 王族って、呪いがかかったみたいに酷い容姿なの。王族に嫁入りするなんて、地獄でしかない! だから、私は魔女でいいの! 王家が魔女の関係者を嫁にしようとは思わないでしょう?」

「……シアは魔女の関係者でも何でもないのに否定しないのは、そういう意図があったんだ。五歳児なのに、ちょっと怖い……」


 紗和子の驚いた顔もアレイシアは気にしない。

 アレイシアの将来の夢は、闇の精霊が悪ではないとを証明すること。その後は、できればフィンライル親子と一緒に壁画や遺跡を巡る旅に出たい。

 フィンライル親子なら紗和子もきっと大好きになるはずだ。今だって二人のことを伝えたいけど、秘密にする約束だから話ができないのが残念でならない。


 願望としか言えない夢だけど、紗和子は「シアが未来を夢を持ってくれて嬉しい」と喜んでいる。


(夢じゃなくて現実にしたいよ。フィン親子と紗和子さんと遺跡を巡って、ずっと一緒にいたい! でも、紗和子さんは、それで幸せかな?)




 アレイシアと出会ってから、紗和子はいつも元気だ。だけど、アレイシアは見た。

 夜に一人スマホで家族の写真を見ていた紗和子が、声をこらえて泣いていたところを……。


 ずっと元気でアレイシアのために笑ったり怒ったりしてくれていたから、日本でのことは割り切っているのかと思っていた。だけど、そんなはずがない。

 会ったばかりのアレイシアを家族と言って守り助けてくれる紗和子が、本当の家族のことを忘れてしまえるはずがない。家族に虐げられ傷ついたアレイシアを安心させたくて、本当の家族のことは割り切った振りをしている。必要以上に話題に出さないのも、そのためだ。


 なら、紗和子を日本に帰す?

 そんな方法は全く見当もつかない。大体、精霊王が連れて来たらしい人を、人間のアレイシアがどうこうできるはずがない。

 なにより、紗和子がいなくなってしまったら、アレイシアの毎日は暗闇の底に逆戻りだ。


(光を知らない時は、暗闇なんて当たり前だったのに……。光を知った今は、一人で暗闇に戻るのが怖いよ)


 自分の幸せは紗和子の不幸の上にあるのかもしれないと思いつつ、「紗和子は精霊なんだから、精霊として幸せに生きることが一番だ」と思うことが今のアレイシアの精一杯だ。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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