第7話 精霊の愛し子

 神殿の中も白い石で作られて素朴なもので、装飾なんて何一つない。唯一あるのが、中央の床から生えているように存在する白い大きな甕だ。その甕の中には、緑とも青ともいえないエメラルドグリーンの水がなみなみと注がれている。

 神殿の天井は屋根もなく開いているから、温かい陽の光が水面を照らしキラキラと宝石のように輝いているのが幻想的で美しい。

 精霊たちにゲシゲシと足蹴にされている神官が言うには、「甕の底から水が湧き出ている泉だ。この神殿で最も神聖な場所だ」そうだ。

 精霊たちの声は聞こえないけれど、「その場所を、お前が汚しているんだよ」くらい言っているのは容易に想像がつく。


 青や緑や水色や藍色といった様々な色に見えるエメラルドグリーンの泉は、穏やかで清廉で美しい。

 儀式の方法は、この泉の清らかな水を両手ですくうこと。

 愛し子に選ばれると手にある水が、精霊と同じ色で光るのだ。

 火の精霊・水の精霊水色・風の精霊・土の精霊・光の精霊金色・闇の精霊銀色といった具合に光る。


 順番に一人ずつ行っていくが、誰の水も光らない。

 精霊に守られし国を謳い文句にしているのに、愛し子が減少しているのは国力に関わる問題だ。神聖な神殿の中に、欲にまみれた重苦しい空気が立ち込めていく。

 滞ることなくどんどんと順番が進み、ついに一番最後のアレイシアの番が来た。ここまでくると神官にも落胆と疲労がはっきりと出ていて、さっさと終わらせて欲しいのがよく分かる。

 アレイシアは何だか申し訳ない気持ちで、甕に手を入れる。




 アレイシアの小さな手が甕の中に入る。

 水は冷たいのに心地良く、身体中の毒素が一気に抜け去ったような爽快感。軽くなった身体が浮き上がるような浮遊感。

 そんな未知なる体験をしたアレイシアの手にある水が、光った。

 だが、どの色でもない……。

 アレイシアの小さな手から、長方形の真っ黒な鏡みたいなものが浮き上がった。アレイシアがポカンと長方形の物体を見上げていると、急に明かりがついたみたいに光った……。

 アレイシアも神官も両親も度肝を抜かれている中、その光った長方形の物体を掴み取った者がいる。


「ちょっと、どうして私のスマホがここに飛んでいくのよ! あのお爺ちゃんのせいね!」


 そう言ってスマホとやらを手にしている女性は、泉の上に立っている。泉の上に立てるなんて人間のはずがないのだから、彼女は精霊なのだろう。今までアレイシアが見てきた精霊達とは、明らかに姿形が違い過ぎるけど……。


 精霊といえば、手のひらサイズで、人型で、精霊ごとに色が違うツルンとした身体で、金色の目を持っている。それが精霊の定番なのかは分からないけど、アレイシアはそういう精霊しか見たことがない。例外はヒューライルの精霊だけど、大きさや品格が異なるだけで見た目に自体に大きな違いはなかった。

 アレイシアの目の前にいるのは、黒目黒髪でちょっと小太りな大人の女性だ。アレイシアの母親より年上で、四十代くらい、だろうか……?

 服は白地に青のボーダーの長袖Tシャツとダボッとしたチノパンに、オレンジ色のエプロンをしている。黒髪を頭の上お団子状にまとめた女性が、スマホ片手にポカンとアレイシアと見つめ合っている。


 一番最初に意識が戻ったのが神官だ。「……精霊に間違いないのだろうが、白銀色とは初めて見た色だ」と驚きを隠せず呟いた。


(白銀色?)


 スマホはアレイシア以外には見えていない。神官や両親には、眩いほどの白銀色の光にしか見えなかった。


 宙に浮いている精霊はスマホをエプロンのポケットに入れると、人差し指でポリポリと頬をかいた。限界まで下がった両眉を見れば、精霊だって混乱していることがよく分かる。


「私もよく分かんないんだけど、偉そうな爺ちゃんに『智の精霊』って言われたのよね~」


 そう呟いた声が聞こえたのは、アレイシアだけだ。誰も精霊のことが見えていないし、声も聞こえていない。


「……『智の精霊』?」


 今まで精霊の姿を見ることはできたけど、声は一度だって聞いたことがなかった。それなのに、驚くほどはっきりと言葉が聞き取れてしまう。それに、この精霊とどこかで会ったような気がして、落ち着かない。

 動揺するあまりアレイシアは、精霊の言葉を繰り返してしまった。

 それを聞いて目も口も開き切った神官の顔が、ゆっくりとアレイシアに向けられる。


「……まさか、精霊の声が聞こえるのか?」


 神官とは思えない商品を値踏みするような視線を感じたアレイシアは、「聞こえたというか、水をすくった時に感じたような気がします。今は何も聞こえません!」と必死に誤魔化した。


「今まで見たことのな白銀色の精霊だからな……。そういうことも、あるかもしれん」


 隙あらばアレイシアを利用しようと考えている神官は、そう言って自分を納得させている。

 白銀色の精霊の正体が分からなければ、報告の際に困るのはこの神官だ。親切な精霊が名乗ってくれたのであれば、それに越したことはない。

 精霊とは本来見えないものだ。普通に考えれば、アレイシアが精霊を見ることができ、精霊と喋れるなんて結論には行き当らない。

 それより何より、この異常事態を王城でどう報告をどうしようかということで頭が一杯の神官に、余計なことを考える余裕なんてない。


 そんな混乱中の神官の前に、アレイシアの両親は掴みかかるように立ちはだかった。そして、「私達の娘は、精霊からどんな力を授かった?」と言って詰め寄った……。


(嘘でしょ? 今まで私のことは無視してたのに……。娘だなんて思ったことも言ったこともないのに……)


 神官は初めて見聞きする精霊なので調べてみないと分からないと説明しているが、アレイシアに利用価値を見い出した両親はしつこいぐらいに食い下がる。

 それを冷たい目で見下ろしていた精霊は、アレイシアの隣に立つとため息をついた。


「貴方が今までどんな風に生きてきたかは、見せられたから全部知ってる」


 その言葉に驚いたアレイシアは思わず隣を見上げてしまってから、慌てて神官と両親を確認した。アレイシアを利用しようとしか考えていない両親は、当のアレイシアには興味がなくアレイシアの行動など見ていない。神官も両親に迫られて、それどころではない。

 精霊が見えていると気づかれず、アレイシアは一安心だ。


「精霊の気持ちって分からないけど、母親の立場から言わせてもらうと、あなたの両親ってクズね」


 アレイシアの両親に怒りを向けている『智の精霊』は、そう吐き捨てた……。







◆◇◆◇◆◇◆◇◆


読んでいただき、ありがとうございました。

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